2010年03月09日

粗忽人生まっしぐら

 きょうは所得税の確定申告をだしにいこうかとおもったけれど、雪がふっていてたので先のばしにする。気温は昼間でも4度くらいで、真冬の寒さだった。湿った大つぶの雪はいまもふりつづいていて、うっすらとつもっている。夕刻、確定申告の書類だけは四苦八苦して書きあげた。しかし、2か所も書きまちがえてしまった。下書き用紙があり、それで何度も計算を確認しておいたあげくに、単純な転記(清書)段階で、思いっきりまちがえてしまう。どうしてこんなに粗忽なのか。2か所とも見せ消しにしてただしい数字を書きそえ、訂正印をおしておいた。以前も訂正印をおしたものを受理してもらったことがあるから、たぶんこれでだいじょうぶだろう。明日は会議と送別会のため筑波に出勤しなければならないので、明後日にでも出しにゆくつもりだ。
 もとよりわたしはたいへんな粗忽者で、ゆうべも派手な粗忽をしてしまった。日曜日の学会誌編集委員会で、国内論文目録の掲載本数が不足しているということから情報をよせようとおもったのだが、添付ファイルに書きこんだ情報がまちがっていたことに送信直後に気づいた。しかし、まちがいに気づいたのはメーラーの送信済みメッセージからひらいて確認していたときだったということを忘れて、そのまま訂正にとりかかり、当初のファイルを上書き保存したつもりで再送。再送後にふたたび送信済みメッセージから確認してみると、さっきまで必死で訂正したはずのファイルが、まるっきりなおっていないではないか! しばらくかんがえたすえ、さっき直したのは Temporary File だったということに思いいたり、3度目になってようやくまともに訂正できたファイル送ることができた。まるで、念には念を入れて2度も粗忽をしたようではないか。学会事務局のかたがたは、つづけざまに3通ものメールがわたしから来ているのをみると、さぞあきれるだろう。こんなふうに恥をさらすことによって、他日のいましめになるかというと、、、ならないんだなあ。これはもう、経験的にわかる。粗忽は死ぬまでなおらない(泣)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:58 | コメント (0)

2010年03月07日

(恒例の)なまけものの節句ばたらき

 つめたい雨がふり、冬にもどったようだ。夜には雪にかわるという予報だったが、いまのところ雪はふっていない。もともとわたしは寒いのはきらいではないが、いったんあたたかくなったあとに寒さがもどってくると、調子がくるうようで、なにをするにもやぶさかになる。
 きょうは日曜だったが、午後から夜にかけて、慶應(三田)に行ってきた。13時から15時まで学会誌の編集委員会、それがおわったあと、17時ころまで割りつけの実作業があり、さらに用件があってより道もしたので、かえってくるのがおそくなった。 典型的な「なまけものの節句ばたらき」だ。

 明日からの週のうちには、所得税の確定申告を出してこようとおもっているが、まだ書類に手をつけていない。
 電子納税にすれば、はじめての年度には初期投資(カードリーダーなど)相当分が税額控除されるようだが、ハードウェアを準備するだけでなく、市役所にカードを取りにいったり、銀行口座をネットバンキング対応にするなど、けっきょく紙で提出に行く以上に手間をかけなければならないので、ことしも敬遠。
 毎年の手間が積もり積もってゆくと、長期的にトータルでみれば電子納税のほうが楽になるのかもしれないが、「はじめだけは時ならぬ手間がかかる」というのでは、敷居が高くて、手を出す気にならない。

 ホームページで、担当科目のシラバスを2010年度のものに更新した。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:34 | コメント (0)

2010年02月15日

ホクナリンくん、さようなら

 つめたいしぐれが降りつづいている。
 正午まえ、午前の部の最後にすべりこむ作戦で呼吸器科にゆき、ぜんそくの定期診療をうける。
 月曜なので、週末の休診をたえた患者で混雑しているかとおもったが、わるい天気のせいか空いていて、待ち時間、呼吸機能検査、診察のすべてをふくめて40分くらいで終わる(混んでいるときは純粋な待ち時間だけで2時間はかかる)。
 呼吸機能検査の結果もよくなっており、これまで常用していたホクナリンテープを今日からは使わなくてよいということになった。
 ここのところ心身ともに低調だったので、これらの些細なことによろこびを感じる。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:31 | コメント (0)

2010年01月15日

午前の帰宅

 きょう(精確にはきのう)は、筑波で卒業論文と修士論文の公開審査をかねた最終発表会があり、わたしも審査にくわわった。
 16時30分開始で、20時終了。おわったあとは、論文をおわらせたかたがたの祝賀会ということで、つくばのまちにくりだした。
 わたしが学生時代にすんでいた追越宿舎にほどちかい、天久保2丁目にある、瀟洒な焼き鳥屋(ほとんど形容矛盾だが、そういうものも存在する)、≪さん吉≫でビールをのむ。

 22時30分まで≪さん吉≫でのんでいたので、必然的に午前の帰宅。つかれていたため、ビール以外の (度数のたかい) 酒に手をださなかったので、あまり酔わずにかえってきて、気分爽快。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:50 | コメント (0)

2010年01月01日

ことしもよろしくお願いいたします

 あけましておめでとうございます。ことしもよろしくお願いいたします。

 正月の恒例で、倉敷の≪カモ井≫のおせち料理(瀬戸内風の調理がわたしにとってはなつかしい)をつつきながら、ビールをのんでいます。子どもたちにも、親ののんびりムードが伝染するのか、いま、そろって長めの昼寝をしてくれています。ああ、しずかだなあ。

 運営的なしごとはたくさんあるので省略して、学的なしごとの予定についてわかっているだけを書くと、つぎのようです。

・1月下旬、ブザンソンと遠隔会議システムをもちいて研究会。同時期に専攻説明会と、2月はじめの大学院入試の準備もあり、それらをこなすだけでもたいへんなので、つくばに何日か連続で泊まりこまなければならなくなるかもしれません(ああ、「運営的なしごとは省略して」といいつつ、時期的にかさなるのでまじってしまいました)。

・5月、西村芳樹先生(認知言語学)、野矢茂樹先生(哲学)という、錚錚たる先生方とわたしとの3人でシンポジウム登壇予定。いまからキンチョーしています。あ、野矢先生の『ヴィトゲンシュタイン「論理哲学論考」を読む』(ちくま学芸文庫)はとってもおもしろいです。

・9月、研究会のためチュニジアのマハディアに出張が決定しています。

 科研費で「海外出張: 成果発表」を予定していることもあり、9月以外にあと1回、出張したいです。まだめぼしい学会の予定が出ていないので、なんともいえませんが。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:13 | コメント (0)

2009年12月27日

ことしの私的10大ニュース

 べつの場所では年末恒例で書いている「ことしの私的10大ニュース」を、一部表現をかえて、今回からブログでも公開することにしました。

1/ 息子が幼稚園を終え(3月)、小学校に入学(4月)
 幼稚園児から小学生に移行することは、自由で気ままな幼年時代を終え、余儀なく社会的制度のなかに入ってゆくようで、成熟を拒否している父親としてはつらい思いさえしました(笑)。≪もうとぶまいぞこの蝶々≫という感じです。しかし、成熟を拒否している父親とはちがって、息子はほとんど問題なく、たのしく小学校にかよっています。

2/ 娘が1歳になる(3月)
 あっというまに1歳になりました。赤ちゃんでまだ生得的な能力しかもっていないころは、なにもわかっていないようでいて、それゆえにかえってすべてがわかっているような、あたかもまだ神の領域にいるかのようだった娘が、いまでは、あるきかた、話しかた、わらいかた、ふざけかたまで、妻や息子やわたしとそっくりになってきて、「うちの子になった」という感じです。

3/ 北京大学に出張、25年ぶりの中国再訪(9月)
 北京大学での研究会で発表してきました。経済発展で中国はさまがわりしていましたが、それでも、根幹の部分は同じという気がして、なつかしく、うれしい思いをしました。特筆すべきは料理や酒が安くておいしいこと。またふとってかえってきました。

4/ フランシュ=コンテ大学およびパリ第13大学に出張(10月)
 こちらでも一応研究発表をつとめてまいりました。ブザンソンにゆっくり行くのははじめてでした(たった1度だけ、ディジョンのついでにおとずれたことはありましたが、あまりゆっくり雰囲気を味わうことはありませんでした)。中世からの名残りをのこすまちで、たいへん気にいりました。

5/ フランス文学会の常任幹事任期満了、しかし組織改革検討委員になる(5月)
 5月下旬の大会でフランス文学会の常任幹事職の任期が明けることになり、ほっとしたのもつかの間、経験者の横すべりポストである組織改革検討委員会に入ることになり、お礼奉公がつづくことになりました。

6/ チュニジアでの学会に参加できず(11月)
 昨年かぎりで人文社会科学セッションは廃止されるという情報を一旦は得ていた学会が、一転して今年は第10回記念として全面実施され、今後も存続されることがきまりました。しかし残念ながら、そのときには他の海外出張の約束をしてしまっていたので、けっきょくことしも行けませんでした。

7/ フランス語学会談話会で発表(7月)
 1か月まえに急な依頼をうけ、大胆にもひきうけてしまいました。ちょうど進行中だった研究テーマで、なんとか発表しました。かつては必死で準備していた学会発表ですが、いまでは図太さのほうが原動力になりました。以前は学会や研究会がおわったあとの酒席でかろうじて話題にできたような内容を、いまでは堂々と論文に書いているのですから、「図太い」というより「ずうずうしい」域まで達してしまったかもしれません。としをとるということは、こういうことなのかと思います。

8/ 住宅ローン一括くりあげ返済(1月)
 設定されていた固定金利期間が満了し、変動金利になると、金利がかなり上がるのでばかばかしくなり、貯金をはたいて一括返済しました。あまり積極的に銀行とつきあいたくないわたしとしては、やっと肩の荷がおりる感じです。しかしもちろん、住宅ローンをくまなければいまの家は手にはいりませんでしたから、貸してくれた銀行には感謝しています。

9/ 立教大学(文学部仏文学専修)に非常勤出講(4月から)
 尊敬する先生から依頼をうけたので、時間がきついことは覚悟のうえでひきうけました。いろいろな意味でこれまで経験したことのないタイプの大学ですので、あらたな刺戟をうける機会になっています。

10/ 髭郁彦さん、川島浩一郎さんとの共著教科書の新版が駿河台出版社から刊行されることに(5月以降)
 徐々に改訂はつづけていましたが、本格的には6月から9月にかけて、新版の仕上げの作業をしました。おくづけの日づけは4月1日ですが、流通の都合上、年末のうちに印刷所から出てきました。1月中旬ころまでに順次各方面に献本を送りますので、いましばらくお待ちください。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:58 | コメント (0)

2009年12月26日

しごとおさめ

 きのうがしごとおさめでした。筑波に出勤し、きのうしめきりだった卒業論文と修士論文を、フランス語学で提出予定のひとは全員無事提出したことを確認しました。みなさん、おつかれさまでした。
 「しごとおさめ」とはいっても、れいによって、それ以降も「ふゆやすみのしゅくだい」ともいうべき懸案をいろいろとかかえています。しかし、いつぞやの年越しとちがって、「こじれた懸案」ではなく、「毎年きまって来る懸案」だけなので、それだけでもありがたいと思います。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:50 | コメント (0)

2009年11月29日

いろいろなルサンチマン

 25日の話のつづき。一昨日までで終わった来年度国家予算の「事業仕分け」について、おなじく一昨日、石原都知事は「白痴的」「先端技術に2位はない」などと酷評していた。それはそうだが、都立大を廃止したおまえが言うな、という気もする(旧都立大の研究環境はすばらしくめぐまれていたが、仕分けに抗議していた野依理事長のいる理化学研究所は、いまだに旧都立大の比ではない)。
 事業仕分けでいちばんなっとくがいかないのは、最終日、防衛省のPAC3追加配備の予算にかんして、「軍事専門家でないので」といって判断をくださず、にわかに思考停止して逃亡したことだ。これにより、仕分け人たちは、はじめから仕分けをするに必要な知識も能力もなかったことをみずから白状したことになる。どのような結論になろうとも、なんらかの判断をくだしてこそ、当初標榜していた「聖域なき仕分け」というものになるのではなかろうか(仕分けの対象になる案件があらかじめしぼりこまれているという点では、この前提はくずれているのだが、それをべつにしても)。それとも、軍事専門家でないことを理由に逃亡した仕分け人たちは、軍事以外ならばすべてのことの専門家だとでも自称するつもりだろうか。
 というわけで、25日に感じたのとはまたちがった種類のルサンチマンがわきあがってくるのだった。

 もっとも、「事業仕分け」は今回はじめて実現した過程で、これによって本当の浪費が部分的なりとも縮減できる、という基本的な意義については、みとめるにやぶさかではない(<棒読み)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:36 | コメント (2)

2009年11月25日

ルサンチマンは2度傷つく運命にある

 来年度国家予算の「事業仕分け」がさかんに報道されている。3つの会場での審議のようすが動画で生中継され、ネットを介してみることができる。
 「むだをなくす」というたてまえはうけがよく、まことに有効なパーフォーマンスだと思う。しかしそもそも、この「仕分け」の場に出される案件そのものがあらかじめ恣意的にしぼり込まれているのだから、切りやすいところを切るという印象は否定できない。
 文部科学省が概算要求している国立大学の運営費交付金も、やはり見直しという結論になった。ここで減らすまでもなく、すでに毎年減らされてきているので、あらたに特段のショックをうけることはない。

 それよりも、昨日、7つの旧帝国大学に早稲田、慶應をくわえた9大学の学長が、科学技術予算の削減は世界の潮流に逆行し、さらなる国家の危機を招くとして反対する共同声明を発表したことに注目した。
 こういってはなんだが、予算面で旧帝大が格段に優遇されていることはあまりにも明らかで、端的な既得権益の牙城に見える。そのように旧帝大だけでかたまって声明を出すこと自体、露骨だと思わないでもない。
 もともとめぐまれているひとたちが、従来にくらべてすこしばかり不利な状況になっているにすぎないのであって、その背後に、もっと苦しい思いをしている大多数の研究者が、たいして注目されないままでいることはまぎれもない事実だ。
 しかしこれをいうと、学術振興に反するかのような外観になってしまうだろう。格言的 (gnomique) にいうなら、「ルサンチマンは2度傷つく運命にある」のだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 18:34 | コメント (0)

2009年11月24日

新型インフルエンザの予防接種

 20日にかけずりまわって予約したとおり、病院に行って新型インフルエンザの予防接種をうける。
 しかし、予約といっても、時間の約束ではなく、きょう接種可能な人数に入れてもらっているだけなので、一般の受診者とともにえんえんまたされる。
 10時ころ病院にはいって、問診票に記入して提出できたのが10時30分ころ。これから1時間はまつといわれたので、近所の電器量販店を見にいったり、さらにコーヒーをのんだりして時間をつぶす。
 11時40分ころ待合室にもどったが、さらに1時間以上またされ、12時50分になってようやく予防接種をうけることができた。
 針が細いのか、まったく痛くなかった。血もアルコールにひたした脱脂綿でひとふきしたらとまっていた。
 会計をすませて娑婆にでると、13時をすぎていた。午前中いっぱいかかった感じだが、すでにこのために1日を消したような気分になる。なんともいえない消耗を感じる。
 だいたい、待合室で長時間またされているうちに、ほんものの病人ならますますぐあいがわるくなるだろうし、そうでないひとも病気をうつされるのではないかと心配だ。
 医師もそのあたりを気にしていたのか、「きょうはインフルエンザの患者はひとりもきていませんから、安心です」といっていた。

 昼間は晴れ間もでたが、夕方からしぐれが降る。16時30分にはもう闇夜の暗さで、ふたたび冬眠に適した気候になった(笑)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:54 | コメント (0)

2009年11月20日

やっと予約ができました

 呼吸器専門の主治医から強く勧奨され、しかしそこの病院では当分できないといわれた(<どないやねん!)新型インフルエンザの予防接種。
 昨日息子が予防接種をうけた病院では早いもの勝ちで接種しているという情報を得たことから、きょう、主治医をふたたび訪い、「優先接種対象者証明書」」(「基礎疾患のあるひと」に該当)を書いてもらって、その、早いもの勝ちだという病院に行った。しかし、そこでは、もうワクチンはなくなってしまったといわれた。
 いったん自宅にもどって考えなおし、べつの病院に電話をするが、つながらない。やはり、よほど混んでいるのだろうか。おもいきってその病院に行ってみたところ、奇蹟的に来週火曜に予約がとれた。それも、予約可能な最後のひとりの枠だったという。やれやれ。
 報道でも問題になっているように、ワクチンが大びんで供給されているので、日をきめてある程度人数をまとめて打たないとワクチンが無駄になるらしい。その制約を早いもの勝ちで切りぬける病院と、予約制で切りぬける病院があるわけだ。

 全国的に、新型インフルエンザの予防接種は、国からの出荷量が優先接種対象者の人数をおおきく下回っていて、供給が大幅に不足しているそうだ。
 わたしのかかりつけの病院も、呼吸器科があるせいで、ぜんそく患者だけでも500人以上いるらしく、まったく足りないそうだ。いまは優先接種対象者でも小学校3年生までの子どもだけにしか予約をとっていないときいた。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:56 | コメント (0)

2009年11月13日

『ペリーヌ物語』

 いささかこどもじみていておはずかしいことだが、最近のひそかなたのしみは、朝、息子が小学校にむけて出発したあと、TVK(テレヴィ神奈川)で朝8時から8時30分まで再放送されているアニメ、『ペリーヌ物語』をみることだ。これを見おわってから、ようやくわたしはしごとにむかう(笑)。
 はじめて放映されたのは1978年、わたしが11歳のときで、当時も毎回たのしみにみていたものだ。『あらいぐまラスカル』、『赤毛のアン』、『フランダースの犬』、『母をたずねて三千里』などとおなじく、日本アニメーションの制作による≪世界名作劇場≫シリーズにはいっているが、個人的には、同シリーズのなかでもっとも好きだった作品だ。
 原作はエクトル・マロ Hector Mallot の≪En famille≫。児童文学としてニホン語に翻訳されたのは1941年と早く、『家なき娘』という題名で岩波文庫にはいった。
 すでに原作、翻訳ともに著作権がきれているので、全文がネットで読める
 ちなみに、おなじマロの作品で、おなじく児童文学としてよく知られている『家なき子』は、≪Sans famille≫という原題に忠実。≪Sans famille≫と≪En famille≫では正反対だが、ニホン語の題名は「子」が「娘」にかわるだけ。 ことなる対称性を採用したとみるべきか。

 『ペリーヌ物語』はふるいアニメだが、いま見ると、いまどきのコンピューターグラフィックを駆使したアニメとちがって、背景などがしっかりと水彩絵の具でえがかれていて、とてもきれいなのにおどろく。印象派の絵画の世界にまぎれこんだようで、いまみるとたいへんに新鮮だ。
 そして、けなげなペリーヌのすがたをみているうちに、このアニメをはじめてみたこどものころにもどったようなこころもちになり、なみだが出てくるのだ。これを退行といわずしてなんという、という感じだが。

 ちなみに、上で言及した全文データを掲載しているサイトは、その名も≪ペリーヌ物語の部屋≫!
 やはり、わたしとおなじような愛好者はいるものだ。復刊ドットコムでの投票やリクエスト企画のよびかけもあり、こどものころの愛好者としては、自分で新訳でも出そうかとさえ思ってしまう (<半分冗談)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:18 | コメント (0)

2009年11月10日

「疇昔の美姫の歌」(フランソワ・ヴィヨン)

 You Tube にあがっていたので、歓喜して保存。ヴィヨンの詩にブラッサンスが曲をつけたもの。日夏耿之介のニホン語訳が古めかしさを伝えていて、やはりよい。

Ballade des dames du temps jadis≫ (François Villon)

Dictes moy où, n'en quel pays,
Est Flora, la belle Rommaine;
Archipiada, ne Thaïs,
Qui fut sa cousine germaine;
Echo, parlant quand bruyt on maine
Dessus rivière ou sus estan,
Qui beaulté ot trop plus qu'humaine?
Mais où sont les neiges d'antan!

Où est la très sage Helloïs,
Pour qui fut chastré et puis moyne
Pierre Esbaillart à Saint-Denis?
Pour son amour ot cest essoyne.
Semblablement, où est la royne
Qui commanda que Buridan
Fust gecté en ung sac en Saine?
Mais où sont les neiges d'antan!

La royne Blanche comme lis,
Qui chantoit à voix de seraine;
Berte au grant pié, Bietris, Allis;
Haremburgis qui tint le Maine,
Et Jehanne, la bonne Lorraine,
Qu'Englois brulerent à Rouan;
Où sont elles, Vierge souvraine?
Mais où sont les neiges d'antan!

Prince, n'enquerez de sepmaine
Où elles sont, ne de cest an,
Qu'à ce reffrain ne vous remaine:
Mais où sont les neiges d'antan!

疇昔の美姫の歌」 日夏耿之介訳

羅馬の麗人フロオラの姫は
いづこにおんわたり候らむ。
そのいと似かよへるタイイスと
アルキビアアダなど阿嬌いづちゆきけむ。
水沼幽澗(みぬませゝらぎ)に身がくりて
木魅(こだま)するエコオの姫は
麗容うつし世のものならず、
   さはれ故歳(ふるとし)の雪やいづくぞ。

閨秀エロイイズ尼いづくにある
サン・ドニにてピエル・エスバイヤアルの得度なせしは
その宮せられしが故とかや、
げにげに戀草こそはうらみつらみの種ぞかし。
ビュリダンを嚢中にとり籠め
セエヌ川に投じされと
宣り給ひけむ女王の君はいづれぞや。
   さはれ故歳の雪やいづくぞ。

海妖(シレエヌ)の歌口をなせしてふ
白百合の女王ブランシュの君
玉筍ベルタ、ビヤトリイス、アリスの姫、
メエヌを領ぜしアレムブルギスの公主
はた、ロオレエヌ方 貞婉の乙女ジャンヌは
英吉利びとこれをルウアンに焚殺せりき。
聖貞童女よ ここらなべての女人だち今いづくんかある。
   さはれ故歳の雪やいづくぞ。

 反歌
ふるとしの雪やいづくとあざかへし
   このとしこの日趾(あと)とふなゆめ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:10 | コメント (0)

2009年11月04日

「通常でない病院」

 晴れ。きのうほどではないが冷涼で、すごしやすい。
 きょうは筑波大学は全学的に曜日振り替え(火曜扱い)のため、わたしは授業をしにいかなくてよい。

 これをさいわいとして、午前中、かかりつけの呼吸器科にぜんそくの定期診療をうけにいった。
 新型インフルエンザとすでに診断されたり、そのうたがいがあって来たひとたちで待合室はすわれないほどの超満員。水曜は午前のみの診療なので、よけいに混んでいるのだろう。
 10時30分ころにつき、診てもらったら13時をすぎていた。わたしは定期受診だからよいが、熱をだしてきているひとは、待たされるうちにますます悪化することは必定だろう。また、待合室内での感染もこわいので、気やすめにマスクをする。
 待合室のソファにすわれてからは、待つことは苦ではなかった。なかば寝ていた。背もたれに身をあずけて目をつぶり、うとうとしながらじっとしていると、なにかに似ているとおもった。ああ、そうだ、日曜にニホンにかえってきたときの飛行機のなかだ。こういうことにも慣れがあるのか。

 医師の診察の結果、ぜんそくの経過はよいが、ぜんそくの患者が新型インフルエンザにかかると重症化しやすいので、予防接種をうけたほうがよいということになった。
 しかしわたしが受診している呼吸器科は神奈川県にあり、神奈川県はまだ新型インフルエンザ予防接種の時期や方法がきまっていないらしい。わたしの住む東京都ではひとあしさきにはじまっているので、まず市役所にといあわせ、「優先接種対象者証明書」をもらってきて呼吸器科で証明をもらってから、市の指定するべつの病院に行って接種をうけてくださいといわれ、しんどいこっちゃ、と思う。しんどいというのは、わたしがしんどいのではなく、こういうシステムを考えつく精神構造がしんどいのだ。ぜんそく患者には(きちんとした検査のすえ)東京都の医療証が交付されているのだから、それを見せればよい、ということになぜしないのか。
 帰宅後に市役所に電話してみたところ、問題の証明書は厚生労働省のホームページからダウンロードできるという。通常は病院側でダウンロードして記入してくれるという。
 わたしのかかっている呼吸器科は、担当医師はおおいに信頼できるが、どうも事務方がろくなしごとをしないようなので、上記の市役所の表現でいう「通常」の病院にはあたらない。このようにおもえる事態は、以前にも起きた。
 いずれにしても、その「通常でない病院」には、じぶんでダウンロードした書類をもってゆくしかない。しかしその「通常でない病院」は、きょうは午後は休みなので、後日行くしかない。しんどいこっちゃ(これはわたしが)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:50 | コメント (0)

2009年10月07日

あしたは休講

 3限の授業をおえて、昼食をとって、研究室にかえってきたら、つぎのようなメールがきていました。

Fw: 台風18号の対応
Date: Wed, 7 Oct 2009 14:16:37 +0900
教員各位

 標記の件につきまして、先ほど、明日10月8日(木)の授業は、台風18号の影響から休講となる旨の連絡が教育企画部からありました。
 今後、教育組織の長への通知、緊急連絡メール、大学HP、TWINS等により周知されるようですが、取り急ぎご連絡します。

 「やったー!」と、素でよろこんでしまいました。これで休んだ分をおぎなうため、あとで代替措置を講じないといけなくなるかもしれませんが、とりあえず、颱風のなか授業をしにいかなくてよくなったということを素直によろこんでおきます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 15:31 | コメント (0)

2009年08月28日

「追い込み」というより「追い込まれ」

 複数の大きなしごとのしめきりが、手をたずさえてせまってきている。「追い込みにかかっている」というときこえはよいが、そのようなものではなく、むしろ、こちらが「追い込まれ」ているがわだ。
 大学院生のかたからいただいたメールへのお返事で、

 わたしのほうは、ご心配くださったメジュリ先生をむかえての研究会での発表準備にくわえて、9月下旬の北京での発表の予稿集のしめきりも9月1日なので、おはずかしいのですが切羽つまっています。もっとも、切羽つまった状況を経験することも、研究のエネルギーを掘り起こすことであるとも思いますので、おたがいに精進いたしましょう(^_^;)。

 などと、弱みをみせながらもえらそうなことを書いてしまったが、内心はただただ「えらいこっちゃ」という心境だ。
 「窮鼠猫をかむ」ことができるだろうか。というより、それができなければどうにもならない。だんだん「神がおりてこなければ、創発的なしごとはできない」などと余裕のあることを言っていられなくなってきた。むりやり神に降臨させるには、どうすればいいのかなあ? それとも、だれか、「8月ひきのばし装置」を開発してくれないかなあ?
 えっ、そんなことを言っている場合ではない? ごもっとも。いまからはまじめにしごとをします。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:31 | コメント (0)

2009年08月13日

偶景 (Incidences)

 授業がおわれば10分で教員モードを解除するくらいなので、わたしは、休暇にはいって2週間もたつと、ほとんどあらゆる社会性を喪失してしまう。ほんらい非社会的・非社交的なニンゲンなので、もとのすがたにもどっただけともいえる。
 社会性をうしなうと、ただでさえ巧緻でない他者への対応がほぼ不可能になり、すこしひととはなすだけでもたいへんなストレスになる。
 休暇中はたいしてひとと接する機会もないので、さぞストレスはすくないのではないかと予想されるかもしれない。しかし、その予想はただしくない。実践的な社会性は、かなりの部分、ひととの接触自体によって保たれるものでもある。逆に、他者からへだてられているなら、対人ストレスをかんじる閾値がさがるので、結局、わずかの接触でも大きなストレスを感じることになる。

 社会的感性の不全によって、社会的な事象にかんする認識が、断片のよせあつめのようになる。この日記の題名にかりたのはバルトの書物の題名だが、まさにあのような、脈絡を欠いたおびただしい偶景として、社会がたちあらわれてくる。
 これはともすると病理的とみなされる情態かもしれないが、病理的とみなすこと自体、すでに社会によるバイヤスがかかっているともいえる。社会性を是認しない態度を社会が排除するのは当然である、ということである。

 そこで、いまどのような「偶景」をみているかを書こうという気になっていた(だからこそそのような題名をつけた)のだが、すこしかんがえてみて、やめた。
 偶景は、そのようにみているかぎり、宿命的にとるにたりない、滑稽なものにならざるを得ないので、あらためてそれをえがきだすことにはほとんど意味がないと思うからである。

 一方ここに、社会性の欠如を積極的に推尚している一連の思想家・哲学者たちがいる。自己を社会からへだて、観客としてのみ関与しようとする、ジョルジュ・パラントが≪観照的 spéctaculaire≫と称している態度である。
 パラントの名まえしか出さなければまた我田引水にしかみえないので、ほかにも言及するなら、モンテーニュがひきあいにだしているペトロヌスの≪Totus mundus exercet histrionem(世界ぢゅうが喜劇を演じている)≫ということばが好例であろう。

 と、ここで気づくと、昨年の夏休みも似たようなことを書いていたではないか
 これこそ、「病膏肓に入る」というものである。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 15:12 | コメント (0)

2009年08月08日

なつやすみのしゅくだいがたくさん

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Exposure Bias=0 EV
Exposure Time=1/30 sec
 5日までの研究会合宿、17日にあるフランス文学会の組織改革検討委員会(フランス文学会とフランス語教育学会の協働にむけた話し合いもある)、25日にフランスからいらっしゃる先生を接遇するしごとを別にすれば、8月はだいたい休める。筑波は9月はじめから平常授業なので、まともな「なつやすみ」は8月だけだ。
 しかし、休み明けまでの「しゅくだい」も多くかかえこんでいる。大学の自己点検作業としての、教員個人の業績評価書類を書いたり、非常勤出講先の期末試験の採点、共著教科書の改訂作業、そして学生の論文の下読みといった、教育面でのしごともさることながら、研究面では休暇中が唯一の書きいれどきなので、以下の論文3件を、すくなくとも内容的には仕上げなければならない。
 (1)ひとつは9月に北京での合同言語学セミナーで発表するつもりの、分岐的時間 temps ramifié にかんする論文。これは過去にもおなじテーマで論文を書いたが、事例研究部分であたらしい題材をあつかうようにしたい。予稿集のしめきりが9月1日で、セミナー実施後には、論文集も出版する予定らしく、そちらにも投稿を要請されている。
 (2)9月上旬の Mejri 先生をおむかえしての研究会、そして10月下旬にブザンソンで実施されるであろう研究会については、聴衆がかさならないので、おなじテーマを使いまわすことにする。フランス語では en quelque sorte, en quelque part など、日本語ではヨウダ、ミタイダ (話しことばの文末ではミタイナ) といった表現が、あるひとつの辞項を対象とする近似表現 approximatif から、発話文全体の近似・緩和表現にも拡張されたこと、そして後者の場合、擬似引用ともいうべき効果が出ることがある点にもふれる予定。どこかに投稿したいが、まずは9月3日の研究会までに間に合わせなければならない。
 (3)あとは、すでに7月のフランス語学会談話会で発表した devoir、falloir の否定形の問題(「しなくてはならない」の否定なら「しなくてよい」になってもよさそうなのに、なぜ「してはならない」の意味になるのか、といった問題)にかんする論文も書き、どこかに投稿したい((2)と(3)の一方を紀要、一方を学会誌に投稿するか?)。だが、なにしろ発表という目先の課題を優先せざるをえないので、すでに形にした(3)が実はいちばん遅くなりそう。
 いまおもえば、すでにできあがっている(3)の題材を(1)や(2)に使いまわしても問題なかったのだが、気が多いせいか、とりくむべきテーマをふやして、自分で自分の首をしめているような仕儀だ。そのようなわけで、これからの3週間少々の期間は、さながら「なつやすみのしゅくだい」に追いまわされるこどものように過ごすこととなろう。
 あと、わすれてはならないことは、「なつやすみのしゅくだい」をせっせとすすめているほんものの小学生もうちにいて、少しは遊びに連れだしてやらなければいけないということ。
 愚痴をいう間があったら、さっさとひとつでもふたつでもやれといわれそうだが、気が多いわたしは、まずは現状認識をかためておかないと、またふらふらと、ぜんぜんちがったことに手をだしてしまいそうなので、、、 (^_^;)

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投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:22 | コメント (0)

2009年08月06日

≪Rosa de Hiroshima≫ (Ney Matogrosso)

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:50

2009年07月31日

明日から

 息子はきのうからきょうにかけて、合宿に行っています。のこる娘が昼寝をしたら、なんと静かなのかと、妻とふたりで驚歎しています。
 わたしども夫婦は1995年に結婚してから、2002年に息子が生まれるまで、7年もこの静謐のなかで生きてきたので、なにやらなつかしい感覚です。
 もちろん、子どもたちがそろっているときのさわがしさも好きですが、たまにはこういうのもいいなあと、、、(^_^;)

 今夜かえってくる予定の息子といれかわりで、わたしは明日からまたお出かけします。こんどは家族連れではなく、ひさしぶりにひとりでのお出かけです。
 明晩は大阪で、1984年度大阪府高校生中国派遣団の同窓会があります。
 昨年は愛媛ゆき、一昨年はチュニジア出張など、それぞれの年ごとに事情があってしばらく出られなかったのですが、ひさしぶりに高校時代のなかまと再会できるのはよろこばしいことです。それにしても、もう25年もたつのか。

 ちなみに、明日は東海地方で大雨という予報が出ていて、ちょっと心配しています。 交通に支障がないといいですが、、、(^_^;)

 そして、来週月曜から水曜までは、2泊3日で、これまたまいとし恒例の、フランス語学の研究会合宿のため、軽井沢にいってきます。
 日曜に東京にかえってきてから月曜に出なおしてもよいのですが、それだと東京にはひとばん寝るためだけに帰るようになるので、かえってたいへんかと思い、日曜は大阪から名古屋経由で直接信州に向かい、長野で1泊してから月曜に軽井沢までさらに移動することにしました(土曜夜、同窓会がおわったあと実家に行きますが、こんどは実家にひとばん寝に帰るだけ。おなじ寝に帰るなら、全体として動線のみじかくなるような選択をしたというわけです)。

 というわけで、来週水曜の夜までネットに接続できる頻度がいつもよりは下がる見込みです。当サイトも「夏休み進行」ということで、みなさま、ごきげんよう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:44 | コメント (0)

2009年07月19日

≪Je te demande un peu≫

 ゆうべは学会発表のあと、参会者のみなさまとビールをのみにゆき、れいによって午前の帰宅だった。
 20人くらいしかあつまらなかったので、人数だけからいうとけっして盛会とはいえないが、発表者のたちばからすると、少人数のほうが日常的な感覚で、気らくにはなしができ、顔のみえる議論ができるのでありがたい。
 わたしの発表はどうでもよいのだが、もうひとりの発表者の小倉さんが、ご専門のラテン語の動詞 obsecro の多義性について、たいへん興味ぶかいはなしをしておられた。
 ut... や ne... にみちびかれる補足節をしたがえて、「...するよう (...しないよう) たのむ」というのが辞書に登録された代表的なつかわれかただが、間投詞的に、「おいおい、たのむよ」というツッコミにもつかわれる。
 そういえば、je te demande un peu とか、s'il te plaît も、「ツッコミ文脈」につかうねえ。こういう意味派生って、けっこう普遍的なのかもしれない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:03 | コメント (0)

2009年07月07日

午前の帰宅

 きょう(精確にはきのう)は大学院入試にまつわるしごとで朝から晩までかかり、さらに慰労会ということで、学生時代からなれ親しんだなつかしい酒肆、≪灯禾軒(とうかけん)≫で、ビール、のち焼酎を鯨飲しました。やすくてうまい、大阪でたとえれば十三(じゅうそう)駅前酒場みたいなところです(笑)。

 午前の帰宅はあいかわらずですが、かえりみちは終電のひとつまえということで、これでも、幾多のにがい経験から、ごく微量の賢明さを獲得したといえましょう(笑)。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:40 | コメント (0)

2009年06月21日

不運を瞞着せよ (tromper la malchance)

 6月も3分の2がおわった。やれやれといったところだ。
 だいたい、教員稼業をしているものどうしでは、「6月がいちばん長々しく、だらだらと疲れる」というのがほとんど共通理解になっている。

 筑波大学は特殊な3学期制なので、6月末で1学期が終わる。
 ことしも、あとは一部の科目で期末試験をするだけ(例外的に水曜だけはあと1回平常授業をするが)だ。このときばかりは筑波でよかったと思う。
 もっとも、よろこんでいられるのはほとんどいまだけで、9月は他大学とちがって1日から授業再開だし、2月末には前期入試と学年末試験が同時進行というくるしみもある。

 夏休み中は、7月上旬に大学院入試にまつわるしごと、そして7月末に大学説明会のしごとがあるが、それ以外はだいたい自分の時間にできる。
 帰国生入試で8月に入学する学生が、もしわたしの科目を選択してきたら、8月に1学期分を集中講義しないといけないのだが、その確率は低い(昨年度までの3年間では1科目だけ)。

 というわけで、筑波大学に勤務している身であれば、6月に固有のくるしみは若干軽減されてはいるのだが、それでも、6月という月は、やはりつらい。
 天候不順のせいか、体調もおかしくなる。おとといは、肩と腰がこわばってしまい、往生した。もう年じゃのう。

 それにくわえて、じつはわたしは個人的に、6月はたいへんな鬼門のようだ。過去に経験した大きな病気やけがのほとんどが、不思議なほど6月に集中しているのだ。
 そのようなわけで、ほとんど経験知として、6月には万事慎重をこころがけている。
 おかげで、ことしの6月も、これまでのところ大きな問題はなくすごしてきている。
 しかし、アプリオリには6月に随伴しているはずの不運が、小手先の慎重さによって瞞着的におさえこまれて、どこかでくすぶりつづけているかのようで、たいしたことはなくても、些細な不運や、些細な不快がつみかさなってきていて、なかなかストレスがたまる。
 この文面さえ、6月にはいってから、なんだかうまく書けなくて、いつもぎこちない。
 しかし、いましばらくの辛抱、と自分にいいきかせている。はやく終われ、6月。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:51 | コメント (0)

2009年05月24日

20年ぶりの再会

 きょうはフランス文学会の最終日で、総会での常任幹事としての報告、そして会長選挙を選挙管理委員のひとりとしてなんとかつとめました。
 これをもって常任幹事の任期は切れますが、今後も組織改革検討委員会の一員としてはたらくことになります。でも、これまでよりはずっとましです。
 中央大学を辞したあと、常任幹事会のほかのひとたちに連れられて、APEF (仏検の法人) の懇親会に出てきました。
 そこで、わたしが大学3年生のころ、筑波大学で仏語科教育法をおそわった野村二郎先生とも、20年ぶりで再会しました!
 野村先生は、飄飄としたおひとがらがまったくむかしのままで、たいへんなつかしくお話ししました。
 わたしは peu sociable なので、めったにそういう場所には行きませんが、たまには懇親会に出るのもいいかな、とがらにもないことを考えました。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:26 | コメント (0)

2009年05月19日

新型インフルエンザ対策がすごいことに

 筑波大学では、新型インフルエンザの感染者が確認された国への出張の中止・延期が勧告されており、もしこの規制がかかる以前からそれらの国に行っていたり、業務上やむをえず行った場合は、就業禁止・自宅待機(当初は10日間とさだめられましたが、いまは7日間に短縮されました)ということになっています。
 5月12日の記事で、「感染者ならニホンにもいるのだから、感染者のいる国にゆくことを厳格に禁ずるなら、ニホンにいてもいけないのではないか、という疑問をもたないでもないです」と書きましたが、いまやこのことが、なかば現実になってきています。
 つまり、国内の感染者発生地域(具体的には神戸市の一部、芦屋市、豊中市、吹田市、茨木市、池田市、高槻市、八尾市、箕面市、三島郡島本町)への出張や旅行を自粛し、そこから帰ってきたときは、海外の感染者発生国からもどってきた場合と同様の就業禁止・自宅待機ということです。
 これはつまり、「国内での水ぎわ対策」ということでしょうか。しかし、入国の水ぎわ対策さえうまく機能せず、すでにウイルスは持ちこまれて、海外渡航暦のないひとにひろがっているのに、「国内での水ぎわ対策」はなおのこと、なりたたないのではないかと思えてきます。
 筑波大学関係者だけが神戸や北摂地域との往来をひかえても、社会全体でおなじようにすることはできない以上、ウイルスも早晩ひろがるのではないでしょうか。
 きょう19日の深夜に、国内でのひろがりを前提とした新しい対策を出すとのことですので、ひきつづき注視しておきたいと思います。
 一昨年の「はしか」騒動のときは、筑波大学は学内に感染者が出ても全学休講措置はとらないなど、淡白な反応だったのですが、今回は格段に厳重なそなえをしようとしているように思えます。
 しかし、他大学では、「はしか」騒動のときに感染者3人のときにただちに全学休講措置をとった大学が、今回はさほど厳重にはなりそうにない、というところもあるなど、どうも大学によって対策の濃淡、そしてどのような疫病に敏感かというちがいがあるようです。

 以下、筑波大学の対策をしるしたページから一部引用します(長いので、全体についてはリンク先をごらんください)。

新型インフルエンザに関する現在の動向について

 5月16日(土)に神戸市内で新型インフルエンザの感染者が確認され,国内の発生段階を示す分類は「第二段階(国内発生早期)」に引き上げられました。
 今後,関東地域で感染者が確認された場合には,休講等の措置をとることもありますので,特に学生の皆さんは,本ホームページを毎日確認するようにしてください。

 本ホームページには,新型インフルエンザについての情報や本学関係者への指示を取りまとめています。また,学生・教職員の方から情報提供して欲しいことを取りまとめています。

1.新型インフルエンザの発生段階等について 
 4月30日,WHOの発生段階を示す分類がフェーズ4からフェーズ5に引き上げられました。国内の発生段階を示す分類は5月16日(土)に「第二段階(国内発生早期)」に引き上げられました。学生・教職員の方々は,国,茨城県等の公的機関からの情報を踏まえながら,冷静な対応をお願いします。

2.感染発生国(未確認情報を含む。)と国内感染地域(5月19日09:30現在,計40ヵ国)
 ・感染発生国:メキシコ,米国,カナダ,スペイン,ニュージーランド,イギリス,ドイツ,イスラエル,オーストリア,コスタリカ,スイス,オランダ,フランス,デンマーク,韓国,イタリア,アイルランド,コロンビア,エルサルバドル,ポルトガル,グアテマラ,スウェーデン,ポーランド‚ ブラジル,アルゼンチン,パナマ‚ オーストラリア,ノルウェー,中国(含む香港),キューバ,タイ,フィンランド,ベルギー,ペルー,マレーシア,エクアドル,トルコ‚ インド,チリ(外務省「海外安全ホームページ」掲載分),ギリシャ
※「感染発生国」とは新型インフルエンザ感染者が発生した国を指します。
 ・国内感染地域:兵庫県神戸市(東灘区,灘区,中央区,兵庫区,長田区,北区の区域に限る。),兵庫県芦屋市の全域,大阪府豊中市の全域,大阪府吹田市の全域,大阪府茨木市の全域,大阪府池田市の全域,大阪府高槻市の全域,大阪府八尾市の全域,大阪府箕面市の全域,大阪府三島郡島本町の全域(厚生労働省「新型インフルエンザ対策関連情報」ホームページ掲載分)

3.学生,教職員へのお願い
 新型インフルエンザの国内発生を受けて,今後の本学の対応については,5月19日(火)深夜までに改めて公表しますので,冷静に対応願います。
 (1) 国内感染地域に出張,旅行等で訪れた方,訪問中の方へ
i) 5月10日(日)以降,国内感染地域に出張,旅行等で訪れた方,訪問中の方は,当面5月19日(火)まで登校・出勤せずに,自宅又は帰省先で待機してください。(移動に際し可能な限り公共交通機関を使用しないこと)
 ただし,国内感染地域から離れ既に7日間を経過し,その間に発熱,下痢等のインフルエンザの症状が現れていない方については通常通りとします。
・ 上記の登校・出勤の停止の期間については,学生については授業を出席したものとみなし,教職員については勤務したものとみなします。
 また,同居家族の方が,国内感染地域から帰宅された場合も,同様の取扱いとします。
・ 学生は支援室学生担当係,教職員は所属部局の総務担当係に電話又は電子メールで申し出てください。
・ 症状がなくとも,帰宅後5月19日(火)までは毎朝・夕必ず体温測定するなどの健康管理をお願いします。
・ 自覚症状や不安のある者は,保健管理センターや医療機関に直接行かず必ず電話で相談してください。
 注) 茨城県庁ホームページと電話相談窓口
    http://www.pref.ibaraki.jp/topics/sonota/20090426_01/
    専用電話(直通)TEL.029-301-4001 窓口開設時間:24時間開設
 注) 厚生労働省:都道府県における新型インフルエンザ相談窓口
    http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090430-02.html
ii) 国内感染地域に出張,旅行等で訪問予定の方へ
   ・ 国内感染地域への訪問は自粛願います。
 (2) 感染発生国から帰国又は来日(経由を含む。)した方,渡航予定の方へ
i) 4月19日以降,上記2に記載した感染発生国から帰国又は来日(経由を含む。)した者に直ちに行ってもらいたいこと
・ 帰国後又は来日後7日間は登校・出勤せずに,自宅または帰省先で待機してください。(可能な限り公共交通機関を使用しないこと)
・ 当該7日間の期間については,学生については授業を出席したものとみなし,教職員については勤務したものとみなします。
 また,同居家族の方が,感染発生国から帰国された場合も,同様の取扱いとします。
・ 学生は支援室学生担当係,教職員は所属部局の総務担当係に電話又は電子メールで申し出てください。
・ 症状がなくとも,帰国後又は来日後7日間は毎朝・夕必ず体温測定するなどの健康管理をお願いします。
・ 自覚症状や不安のある者は,保健管理センターや医療機関に直接行かず必ず電話で相談してください。
 注) 茨城県庁ホームページと電話相談窓口
    http://www.pref.ibaraki.jp/topics/sonota/20090426_01/
    専用電話(直通)TEL.029-301-4001 窓口開設時間:24時間開設
 注) 厚生労働省:都道府県における新型インフルエンザ相談窓口
    http://www.mhlw.go.jp/kinkyu/kenkou/influenza/090430-02.html
ii) 現在,上記2に記載した感染発生国へ渡航中の者に直ちに行ってもらいたいこと
・ 学生は支援室学生担当係,教職員は所属部局の総務担当係に電話又は電子メールで申し出てください。
 ※帰国時,各空港では検疫が強化されていますので全面的に協力してください。
iii) 上記2に記載した感染発生国へ渡航を予定している者
・ 新型インフルエンザの感染発生国への渡航は自粛願います。
 (3) 今後関東地域で感染者が確認された場合
 今後,関東地域で感染者が確認された場合には,本学は,全学一斉休講とすることもありますので,特に学生の皆さんは,筑波大学のホームページを毎日確認するようにしてください。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:52 | コメント (0)

2009年05月16日

ホクナリンくんの再来

 くもりで、冷涼。最高でも20度に届くかどうかというくらい。わたしにはこのくらいがちょうど快適に感じる。

 午前、月に1度の呼吸器科の診察をうける。土曜は混雑するので病院にいきたくはないのだが、ほかの曜日が当分ふさがっているので、しかたがない。ちなみに、明日からの予定は、

・17日(日)翌朝の業務のためつくばに前泊
・18日(月)午前、筑波大で総合科目を1回かぎりの担当。午後、白百合女子大で授業
・19日(火)北京プロジェクトの打ち合わせ(6月北京出張はインフルエンザの影響で延期されたが、打ち合わせは決行(笑))
・20日(水)筑波大で授業と会議2件
・21日(木)筑波大で授業
・22日(金)東大でフランス語学会の編集委員会および例会
・23日(土)~24日(日)中央大でフランス文学会の役員会、幹事会、分科会、総会、会長選挙、その他
・25日(月)立教大および白百合女子大で授業
・26日(火)共著書の打ち合わせ
・27日(水)~29日(金)筑波大で授業

 と12日間(明日の前泊もかぞえると13日間)連続勤務だ。さて、いくつの大学に足をはこぶでしょうか(笑)。
 こうなると、27日(水)~29日(金)のように平常授業しか予定のない日が牧歌的にみえてくる。

 さて、呼吸器科にはなしをもどすと、呼吸機能検査をしたところ、ピークフローが悪化しており、「ホクナリンテープ」の使用を再開することになってしまった。
 ホクナリンはもっともひろい気管支をひろげるためのもので、ピークフローの成績はその、もっともひろい気管支の具合に対応しているのだそうだ。
 これまでの治療経過は良好で、きょうの結果がよければむしろきょうまでつかっていたステロイドの吸入薬を減らしましょう、と予告されていただけに、ホクナリンくんの再来はいささかショックだ。
 しかしまあ、医薬に親しんでいるということは、さらなる悪化を遠ざけていることにほかならないので、もって瞑ずるべきだろう。

 けっきょくホクナリンがふたたび上のせで、吸入薬は従来どおり。
 これは規則的につづけなければいけない薬で、と呼吸器科の先生は説明してくださるのだが、そのとき、「もしこの吸入薬をやめると、あたかも、心臓病の人が高血圧の薬をやめると急に悪化するように、気管支ぜんそくが悪化します」 とうかがい、その表現のおもしろさに着目した。
 「あたかも~」という直喩表現は、たとえられることがらよりもよく知られていることがらを、たとえとして引きあいに出すのがふつうではなかろうか。
 医学の世界では、心臓病と降圧剤の関係が、病状と医薬の関係の典型のようにみなされているのか、と想像した。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:51 | コメント (3)

2009年05月12日

北京への出張は延期

 6月に、合同言語学セミナーでの研究発表のため、北京への出張を予定していたのですが、きのうの報道で、中国でも新型インフルエンザの感染者が確認されたとのことで、出張は残念ながら延期のやむなきにいたりました。
 筑波大学内では、感染者が確認された国への出張の中止・延期が勧告されており、今度から中国もそれに該当することになってしまったので、いたしかたありません。
 しかし、感染者ならニホンにもいるのだから、感染者のいる国にゆくことを厳格に禁ずるなら、ニホンにいてもいけないのではないか、という疑問をもたないでもないです。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 08:35 | コメント (0)

2009年05月07日

にわか matinal

 連休後半のおとといときのうは、まる2日つづけて雨がふったので、こどもたちをどこにつれだすこともなく、強制的に自宅で休養ということになりました。
 おかげで休まりましたが、つれづれにチョコレートをたべすぎて、ふきでものがひどい。「ビターチョコレートは美容の味方」という宣伝文句はうそだったのね。
 それから、ゆうべはどういうわけかこどもたちが寝入った直後の22時に、(ふつうは1時くらいまでおきている)わたしもめずらしく眠気にさそわれて就床し、結果、けさは5時に自然に目がさめました。
 ものうい連休明けのはずが、にわか matinal です。(`・ω・´) シャキーン! これから、Schrott の論文を、要旨を書きながら読みます。
 問題は、午後、授業をするような時間になったら、もう眠いのではないかということですが、それはそれで、連休明けのペースとして結局つじつまが合っているような気もします。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 05:28 | コメント (0)

2009年04月28日

豚インフルエンザ

 きょうの日づけで、大学のホームページに、豚インフルエンザにかんする緊急連絡が出ました。こちらです。
 いまのところ、「感染の発生した国や地方に渡航したひと、渡航しているひとは連絡してください、そしてこれから渡航しようとしているひとは延期してください」という程度ですが、もし実際にニホンでも感染が拡大するようなら、大学としては休講してロックアウトという措置もありうるので、一昨年の春の「はしか」騒動の再来のようになってしまうかもしれません。そうならないことを祈ります。病気が危険であることはもちろんですが、授業運営上も、ばっさり休講ということになると、あとにしわよせが来るのは必定なので。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:26 | コメント (0)

2009年04月24日

酒に酔うと、だれもが服をぬいで夜中の公園で放歌舞躍するわけではない

 くもり。朝8時半ころ、家をでるときの気温は13度くらい、そしてつくばでは、昼間でもおなじ気温しかない。冷涼な気候がすきなわたしでも、これではさすがに寒い。
 おとといときのうは暑かったので、ころもがえを半分ほど敢行した(いや、半分ではほんとうに「敢行」したことにならないが、着手したこと自体がまだ早すぎるといわれているので、その意味で「敢行」だ)ため、すぐにとりだせるところには長そでのシャツはすこししかない。しかし、留学時代にパリ郊外モントゥルイユの「のみの市」で買ってきたシャツが、たまたまとりだしやすかったので、それを数年ぶりに着る。モントゥルイユで買った服はほかにもいろいろあるが、もう10年以上まえなので、それらを見たり着たりすると、感傷的な気分になる。
 パリやモントゥルイユが目にうかび、職場に往還する電車のなかで、ぼんやりと回想にふける。回想は、過去をよびおこし、ただそれをたどりなおすだけの、精神的な inertie (不活性、惰性) だとおもう。わたしはまさにその、inertie がすきなのだ。

 ところで、この直前の22日の記事で、
 

一昨日のような鯨飲の機会は、いちおう精神のバランスをたもつための、かずすくない対策のひとつなのですよ。これを称して「アルコール消毒」といいます。

 と書いたところ、タイミングよくというか、わるくというか、ちょうどその翌日の未明、SMAPの草彅剛が、乃木坂近くの公園で全裸でおどりさわぎ、公然猥褻罪で逮捕された。
 もとより「猥褻」とはなにか定義することは不可能だとおもうが、いまはそれをべつにしても、「アルコール消毒」を標榜する者としては、「だから飲酒はけしからん」という話になるのではないかと危惧する。
 あらためていうまでもなく、こんどの事件はあきらかに、酒がわるいというより、草彅個人の問題だろう。酒に酔うと、だれもが服をぬいで夜中の公園で放歌舞躍するわけではないのだ。
 しかし一方で、より一般的には、「酒にのまれてはいけませんね」などと、きいたふうなことを言う人間もつまらないと思う。酒(によって達する酔郷)がなければ、たとえばボードレールの詩など存在しなかったことだろう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:54 | コメント (0)

2009年04月22日

ごもっとも

 まいとし新学期はつらい思いをする。まずからだにくる。しばらくのあいだ、大きな声を出しなれていなかったので、元来やわな喉がかならず悲鳴をあげる。それは一昨日あたりがピークだった。
 そのあと、としによっては、やむをえず教育的不寛容の仮面を帯びなければいけなくなる場合がある。それがまた苦痛で、精神的にまいってしまう。ことしはまだ、この点はどうなるかわからない。
 しかし、こんなことをいっているようでは、たんに職業に適応できていないだけではないかという反問が当然予想される。しごとにまつわることはどれも淡々と、すずしい顔をしてこなすのがプロではないかと。ごもっとも。返答不可能なので終了(笑)。

 あ、でも、ひとことだけ申し開きをすると、一昨日のような鯨飲の機会は、いちおう精神のバランスをたもつための、かずすくない対策のひとつなのですよ。これを称して「アルコール消毒」といいます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:04 | コメント (0)

2009年04月11日

きのう、きょう

 きのうは筑波で平常授業開始の日だったが、講読ひとこまと、大学院の演習がふたこまだったので、いずれもコピーを配って導入的な話だけをする。
 年度初めで、去年からもらっている科研費の書類を書かなければならず、あまった時間はそれでつぶれた。
 17時ころにつくばを出て恵比寿へ。19時から日仏会館で会議。
 今月は来週も再来週も日仏会館で別の会議がある。今週はスタージュ委員会、来週は常任幹事会、再来週は幹事会と学会会長選挙の選挙管理委員会。
 21時すぎに会議がおわり、いつもとおなじように恵比寿ガーデンプレイスにながれてゆき、ビールをのむ。
 23時すぎまで飲んで帰宅。いつものように「午前の帰宅」と題して書くつもりだったが、疲れてそのまま寝てしまう。

 きょうは午前中に呼吸器科に定期受診の予定だったが、9時すぎに病院にいってみるとわたしの担当医は臨時休診。大学でも教えている先生なので、わたしとおなじく、年度はじめでいそがしいのかもしれない。来週にのばすことにして、もどってくる。
 のこりの午前中いっぱいかかって、きのうの議事録を書き、読みかえさないで送ってしまう(笑)。 2ちゃんねるなら「(#゚Д゚)オラー!」というAAがつくような、荒っぽいしごとぶりだ。

 で、やっとこれを書きました。みなさま、よい週末を。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:44 | コメント (0)

2009年04月10日

「現実への対処」がなんぼのもんよ

 新年度ということもあり、ストレスがおおい。といっても、中身はいまのところ、ぜんぜんたいしたことではない。閾値がさがっているだけ。
 「ON / OFFのきりかえ労力がおしいから、常時ONがよい」と説くひとがいて、ぎょっとしたことがあったけれど、いまおもうと、現実への対処としてはそのほうがよいのかもしれない。
 しかしいっぽうで、「現実への対処」がなんぼのもんよ、という思いももちろんある。理想は「現実への対処」をいっさい忘れ去って、安逸の繭にこもることなのだが、、、

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 07:28 | コメント (0)

2009年03月09日

Partirono le rondini dal mio paese freddo e senza sole

  Partirono le rondini
  dal mio paese freddo e senza sole
    つばめ子たちは たびだちぬ
    さむく 陽のない わがくにを
  cercando primavere di viole
  nidi d'amore e di felicità.
    すみれの春を もとめつつ
    愛と幸の巣を もとめつつ
  La mia piccola rondine partì
  senza lasciarmi un bacio
  senza un addio partì.
    わがつばめ子は たびだちぬ
    くちづけもなく
    さよならもなく
      (≪Non ti scordar di me≫より、拙訳)

 というカンツォーネ≪わすれな草≫が、わけもなく、きのうの夜からあたまのなかでなりひびいている。春はおわかれの季節だからか。

 きょうは所得税の確定申告を出すために、≪ぽっぽ町田≫という、ひとをくった名まえの公共施設へ。相談会場だけでなく、たんなる提出場所も長蛇の行列でいやになる。

 しかし無事提出し、≪がんばった自分へのごほうび≫(笑)として≪町田家≫本店のとんこつしょうゆラーメンをたべる。じっさい、これはしょっちゅうたべると激太りするので、たまさかのたのしみにしている。わがセイシュンは≪町田家≫とともにありき、といっても過言ではない。

 ああ、去年3月のブログを読みかえすと、おなじルートをたどっているではないか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 14:19 | コメント (0)

2009年02月24日

おおよそ制度的なものにはアレルジック

 きょうは大規模な学内統一試験の監督のしごとだった。学内試験だから、入試業務にくらべればはるかにましなのだが、それでも、制度のもたらすストレスというのは、いわくいいがたい苦い後味をいつまでものこす。どんどん気分がしずんできて、まるで試験監督のしごとをきっかけに「けち」がついたかのように、夜になるまでろくでもないことばかりがつづいている。
 わたしは、書類1枚書くにも四苦八苦しているありさまなので、あきらかに、おおよそ制度的なものにはなんにでもアレルジックで、その反応がいまもつづいているわけだ。研究に没入するときは、なにやらそのなかに「逃げこんでいる」感覚さえある。学問こそ制度的ではないかといわれるかもしれないが、特定の学派の missionnaire のような研究をしているのでないかぎり、準拠するべき形式からではなく、興味のある事実から出発できる自由がある。
 しかし、「すぐれた研究者は、管理運営にもすぐれている」という信念は、なぜかけっこうひろくゆきわたっているらしく、研究にたいする讃辞につづけて、まるで当然の帰結であるかのように、管理運営のしごとも精力的にこなしておられるでしょう、という順序で社交辞令をいわれることがあり、そのたびにわたしは絶句してしまう。
 あと、研究と管理運営は逆方向の営為であるという理解はわたしと共有してくださるかたでも、なかには、「雑務が多ければ多いほど論文も多く書ける」と豪語なさるかたもおられる。その理論によると、振り子が一方に大きくふれたら、必然的に他方にも大きくふれるものだということになる。しかしわたしは、振り子のようにふれるだけの器用さもない。一方に行ったら行きっぱなしだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:28 | コメント (0)

2009年01月28日

あきれられるほどの痴れものでありたい

 ここのところ、具体的な事故というほどのことはなくても、いたるところですこしづつ、めぐりあわせがわるかったり、間がわるかったり、不運だったりする。
 かぞえ42の男の大厄年がまもなく、節分まででおわるので、それが最後のきばりどころということで不運の風をふかせているのかとさえ思う。

 しかし、なげいてばかりではいたしかたないので(といっても、それがわたしの常態なのだが)、すこし趣向をかえよう。

 (2月末まで学期がつづく筑波とちがって、)1月いっぱいで試験もおわる世間並みの大学を想定してつくられた教材がすっかり終わってしまった授業で、きょう、ほとんどひらきなおってわたしの研究のはなしをした。
 すると、おしまいに声をかけてくださった方が、「これほど好きなことをかんがえていればしごとになるなんて、いいですね」とおっしゃってくださった。
 その方もわたしのあみだした図式に対案をかんがえてくださるなど、明確に内容には興味をもっておられたので、すなおに解釈すると羨望のことばだろう。
 しかし、微量の「あきれ」もふくまれているように思う。それがいいのだ。こと研究にかんするかぎり、あきれられるほどの痴れものでありたい。こころをいれて狂いたい。

 授業がおわったあとは、人文学類(他大学でいう学部レヴェル)の専攻説明会にゆく。
 人文学類では、最終的には3年生になるときに専攻・コースに分属することになるので、その選択にまよう学生のために、学生組織(クラス代表者会議)が中心になって企画運営してくださっている機会だ。
 わたしは、言語学専攻フランス語学コースを代表して、1時間ほど説明をした。
 学生中心でこのような企画が運営できるのは、やはりすばらしいことで、敬意を表したい。
 ねんのためにいっておくと、これはわたしが筑波出身だからなかば「自分ほめ」でいうのではない。なぜなら、わたしが学生のころはこんな企画はなかったから(笑)。こういう点では、いまの学生のほうが数段しっかりしている。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:32 | コメント (0)

2009年01月10日

ふまじめな教員なのにキョーイクにかんする発言をしてみる

 わたし自身、教室ではそこそこ冗談もいうし(すべることが多いので最近は減らしているが)、学生のかたがたにも気らくにまなんでほしいと思っているので、「楽しくすること」にはまったく異義はない。しかし、いうまでもないことだが、「楽しくすること」と「幼稚にすること」はちがう。その意味で、昨今の大学教育全般にひろがってきているある傾向には賛同できない。すなわち、平易をむねとして教育内容を削減し、教育方法も極力かみくだき、おもしろおかしくすることによって、可能なかぎり多くの学生についてきてもらおうとする方略である。以前、大学生の学力低下を憂慮する教員が、同時に「そのような学生たちでもわかりやすくするべきだ」といいながら教育内容削減の方向に舵をきろうとするのを見て、唖然としたことがある。じっさいには、そのような方針こそが学力低下に拍車をかけているのは明らかではないか。学力低下を憂慮するなら、逆に教育内容を充実し、難易度を上げるべきである。
 また、現近の「学力低下」ときまり文句のように名ざされる現象の内実にも、真剣かつ懐疑的な検討がなされるべきである。2003年からの高校教育課程改変の世代、いわゆる「ゆとり世代」が大学にはいってくる2006年、そして大学全入時代がくると予想されていた2007年(この予想ははずれた)が、「学力低下」の転回点といわれたが、わたしは率直にいって、これらの世代の学生がその直前の世代にくらべて学力の点で劣っているとはまったく思わない。
 現場感覚としてはむしろ、2003年ころまでに大学生になった世代と、2004年ころ以降に大学生になった世代との間のほうがギャップがあるように感じる。そのギャップは、「団塊ジュニア」といわれる世代がいよいよ完全に過ぎ去ったことを意味しているように思う。団塊ジュニア世代は、団塊の世代に属する親から、競争のはげしいなか、混乱に乗じて、多少の狡知をはたらかせてでも勝ち抜き、過程はどうあれ結果的利益だけは確保しようとするような、独特の粗放性をうけついだのではなかろうか。じっさい、2004年ころ以降に大学にくる学生からはそのような粗放性はまったくなくなり、よくいえばきめ細かい、わるくいえば小心なひとが多くなった。授業への出席率は明確に上がり、提出物の未提出者が2004年以降はほぼゼロになった。そうしたきめ細かさは、語学学習のような、ねばりを必要とする営為にはむしろ適している。そしておそらく、ほかの知的作業にたいしても、どちらかというと好ましい属性であるように思う。そうであるなら、学力伸長の可能性はむしろ上がっているといえるかもしれない。もし一定の指標で「学力低下」がみられるとするなら、それは、高校までの公教育で意図的に教育内容を削減された結果であり、紋切り型表現でいうなら「ゆとり教育の被害者」なのである。
 もうやるべきことははっきりしている。知的には妥協のない教育を展開すること。それ以外なにもないではないか。「知的に妥協しない」ということは、けっして寛大で慈悲のある教育をうちすてることではない。教育内容をみがき、研究の成果がたえず還元されるような教育をこころみるという点で、じつはもっとも気まえのよい教育なのである。
 逆に、教育内容を削減する「やさしい(平易な、そして寛大と誤信されている)教育」こそ、じつは学生を無知にとどめて禦しやすくし、かつおのれの知的怠慢を見やぶられないようにしようとする悪辣な行為である。

* * * * *

 あーあ、たまにまじめにキョーイクの話をしたら疲れますわ。夕闇がせまってきたし、そろそろ赤ワインでものみます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:39 | コメント (0)

2009年01月07日

しごとはじめ

 きょう7日はしごとはじめ。
 といっても、水曜なので授業はもともとひとこまだけ。
 会議に出て、たまっていた雑務をすませて、夕刻からつくばセンターへ。
 ≪つくば光の森≫はとしあけもつづいています。クリスマスでおわるという、見識のないイルミネーションとはちがいます。

 つくばセンターの≪Vietnam Frog≫にゆき、顔見知りの7名でちいさな新年会をしました。
 ヴェトナムのビールは、もともと香辛料がはいっているような味で、とてもおいしいなあ。
 あと、パリ留学時代、東洋的な味に郷愁をかんじたときにおとずれるのが、安価なヴェトナム料理屋だったので、そのころをおもいだして、ただただ、なつかしいです。 


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:48 | コメント (0)

2008年12月19日

自戒

 最近、「自分にできることはなるべくしておこう」などという、がらにもない考えかたから、すこしばかりのサーヴィス精神で超過達成したつもりの仕事が、ことごとく裏目に出る。結果からみると、ただ平地に波瀾を起こしただけなのだ。そのようなことがたびかさなると、さすがに意気沮喪する。なけなしの「善意」からはじめたことでも、失敗してしまったら、かえってなにもしなかったよりわるい。やっぱりわたしのようなナマケモノはナマケモノのままのほうがいいのか、、、って、あまり反省しているように見えないなあ。ともかく、他日のいましめのために、きょうはこのことだけをしるしておこう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:42 | コメント (0)

2008年12月16日

発見、ヴィソツキーがフランス語でも歌っていた!

 わたしがとてもすきなロシア人歌手(みずから作詞作曲もして、7弦のロシア式のギターでひきがたりをする。ちなみにモスクワ国立劇場の劇作家でもあった)、ヴラディミル・ヴィソツキーについてですが、3日まえに You Tube にあげられていた曲、≪Plus rien ne va≫をきいて一驚を喫しました。ヴィソツキーたん、フランス語もやってたの!? まあ、ロマノフ王朝時代以来、フランス語はロシア人の教養のあかしでもありましたからねえ。

▼ ≪Plus rien ne va≫

 もうひとつおどろいたことは、かれの歌の圧倒的なエネルギーは、部分的には、有声摩擦子音の多いロシア語のおかげでもあるだろうと思っていたのですが、そうでもないということです。フランス語でうたっても、ヴィソツキーはヴィソツキーだわ! ジルベール・べコーもちからづよい歌唱で知られますが、フランス語というおなじ土俵にのっても、べコーはそのちからづよさではヴィソツキーの足もとにもおよびません。

 比較のために、ロシア語でつくられたヴィソツキーの曲≪Кони привередливые(きまぐれな馬)≫ものせておきます:

▼≪Кони привередливые≫

 この曲は、人生の速度を馬になぞらえて、たのむからもうすこしゆっくり走ってくれ、と馬にうったえるが、馬はわたしにひとつの詩句を終えるいとまもあたえずに疾走する、というような内容です。
 わたしが乗っている馬はわたしの死にむかって疾走する。この表象はちょうど、1980年に、わずか42歳でこの世を去ったヴィソツキー自身とかさなりあいます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 09:06 | コメント (0)

2008年11月30日

拙論がリポジトリーに入りました

 10月末に刊行された拙論、「分岐的時間の表象を用いた時制・モダリティの連関の説明の試み」が、ようやくリポジトリーに入り、こちらで読めるようになりました

 わたしは最近だんだんひらきなおりをおぼえまして、以前なら学会や研究会がおわったあとの酒席でしか発言しなかったような生煮えの内容を、ずうずうしくも論文に書き、学会で発表するようになってきました。
 「自分のつたなさを知るためにも書く!」というのが公式見解ですが、それは一見謙虚な態度のようでいて、じつは思いついたことはなんでもアウトプットするという厚顔無恥でもあります(笑)。

 としをとるということは、つらの皮があつくなることなのだなあ、と最近よく思います。これを「熟達」と解するか、それとも「純粋さの喪失」と解するかは、ひとそれぞれ、考えかたによってちがうと思いますが、わたしは断然後者です。
 喪失感はあるけれど、あまりかなしそうにしていないところもまた、純粋さの喪失とべつのことではありません。「\(^o^)/オワタ」って感じ(笑)。あ、それから、ジュリエット・グレコの≪Non monsieur, je n'ai pas vingt ans≫も連想するなあ。

 なお、このつぎに書いた、「フランス語およびロマンス諸語における単純未来形の綜合化・文法化について」と題した論文(「ああ、また大風呂敷だ」と思ってやってください)が、3月に刊行されることが決定しました。
 こちらもお楽しみに、、、ってだれも楽しみにはしていないか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:21 | コメント (0)

2008年11月24日

「しなくてよい」表現の「してはいけない」解釈について

 20日からよんでいたTine Van Hecke の2007年の論文、≪La négation de la modalité déontique en français, italien et roumain≫(F. Floriric (dir.) : La négation dans les langues romanes 所収) を、(パソコンでノートをとりながら、かつ世間では3連休なのである程度子どものあいてをしながら、ゆっくりと) きのうの夜までかかってようやくよみおわった。

 フランス語の devoir, falloir, イタリア語の dovere, bisognare, ルーマニア語の a trebui は、拘束的解釈(「せねばならない」)のとき、かつそれらの助動詞に否定がかかったとき、拘束的解釈の否定として論理的に予測される「しなくてよい」の解釈ではなく、「してはいけない」の解釈になるといわれている。
 しかし、実はつねに「してはいけない」の解釈になるわけでもないということ、時制によって劇的に解釈が変わること、さらに言語によっても若干ちがいがあることを示し、各解釈のうまれるメカニズムをさぐる意欲的な論文だ。

 言語間、時制間の相違点もおもしろいのだが、わたしが興味をもったのは、むしろ共通性のほうであって、全般的に、「しなくてよい」解釈から「してはいけない」解釈へと移行するのは、実は思いのほか簡単だということだ。
 たとえば、必然的モダリティ表現の否定が軒並み「してはいけない」解釈なのに対して、「しなくてよい」解釈に特化した代替表現であると一般的にいわれている(わたしも初級フランス語の教室ではそう教えている)、ce n'est pas la peine さえ、実質的に「してはいけない」解釈になる実例は存外多い。
 たとえばつぎのような実例があるという。
 ≪Un peu d'autocritique ne fera pas de mal, mais ce n'est pas la peine que les ennemis de l'islam en profitent. 少しの自己批判なら害はないが、それをイスラムの敵が利用するのは無用だ
 ≪Ce n'est pas la peine de fumer, cela vous fait du mal. たばこを吸ってはいけない。それは害をなす≫
 ≪Ce n'est pas la peine de rentrer du Mexique si vous n'avez pas visité Palenque. パレンケを訪れないならメキシコから帰ってはいけない
 そういえば日本語でも、「天地無用」、「手かぎ無用」、「ノックは無用」、「勧誘でしたら結構です(=なくて結構です)、間に合っています」「余計なこと」、「そんなことしなくてもいいじゃないか」などの、字義的には「しなくてよい」ことをあらわす表現 (西日本では、より不必要を明示し「要らんこと」などという。とくにいたずらをした子どもを叱るとき (笑)) が、実質的には「してはいけないこと」を意味している。
 さらに、英語でも、柏野健次 (2002) 『英語助動詞の語法』によると、通例「しなくてよい」解釈の英語don't have toが、"You don't have to shout" (叫ぶことはないじゃないの) 、"You don't have to snap at me" (そんなにきつく言うことないじゃないの) "You don't have to be sarcastic" (なにも皮肉を言うことはないじゃないの) のように、「してはいけない」解釈をあらわしうるとしている。
 イギリス英語でも、"You haven't got to park on double yellow lines-It'a against low" , "You needn't talk so loud" のような例があるという。

 これはなぜか。結論からいうと、Van Hecke は、Horn et Bayer (1984) ≪Short-circuited implicature : a negative contribution≫ (Linguistics And Philosophy 7,4 所収) に賛意を表し、「しなくてよい」表現から「してはいけない」解釈にいたる推論が慣例化して、なかば規約的な含意 (Horn らの論文の題名にもなっている「短絡化した含意」) となったとする。この説には大筋ではわたしも賛同できる。
 ただ、古典ラテン語から現代フランス語にいたる歴史のなかで、かつては「しなくてよい」をあらわしていたモダリティ表現が、のちに「してはいけない」をあらわすに至ったという事実はあるのか。Van Hecke 自身がみとめているように、必然性をあらわすモダリティ表現の否定形の諸解釈のうち、「しなくてよい」が優勢であったことはおそらく一度もない。
 Orlandini (2001) Grammaire fondamentale du latin によると、「してはいけない」解釈はラテン語の時期にすでに優勢であった。Corpus de la littérature médiévale においても、「してはいけない」解釈のほうが優勢である。たとえば、Chanson de Roland (1090年ころ) に出てくる devoir の否定形には、「しなくてよい」と解釈できるものは皆無である。
 これをどう考えるか。それほどまでに、「しなくてよい」表現はもともと「してはいけない」解釈にたいへんなりやすいのだ、といえば足りるのか。

 いずれにしても、ひさしぶりに心からおもしろいと思える論文を読んだ。反論したいところもあるのだが、それをここに書くとあとでわたしが書く論文のネタばれになるので、これにておしまい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:36 | コメント (0)

2008年10月27日

体調わるいでしゅ

 「からだのことは究極のプライヴァシーで、こんなところに書くのはどうか」とおもわれるかもしれませんが、一方で、「正確な情報を示したほうが、それ以上の心配をされないですむ」という面もあるので、あえて書きます。

 きょうは午前中、病院にいってきたのですが、いくつかの検査(一部はなお結果待ちですが)のすえ、気管支ぜんそくと診断されました。
 吸入薬をつかって、いまの症状は1か月ほどで消えるのではないかとの予想をうかがいましたが、根治できる病気ではないので、今後はこの病気をだいじにかかえてあるかなければなりません。
 まあ、「一病息災」ということばもあるように、ふだんから医薬にしたしんでいるほうが、ほかの病気を遠ざけたり、はやく見つけられるかもしれない、と考えるようにします。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:36 | コメント (0)

2008年10月25日

「金髪豚野郎」をめぐって考える

 標題をみて、めずらしくワイドショー的な話題に興味をもっているように思われるかもしれませんが、なかみではなく、表現に興味があるのです。事情を以下にお話しします。

 今週の月曜(20日)、「フランス語学概論」の授業で、ニホン語は直喩的な表現をこのむのにたいして、フランス語は隠喩的な表現をこのむ、というはなしをしました。たとえば、ニホン語では、「バケツをひっくりかえした "ような" 雨」というように、たとえであることを明示するところで、フランス語では、 "Il pleut des cordes (綱がふっている)" と隠喩的にいう。あるいは、罵詈として、日本語では、あだ名として定着しているときをのぞけば、ひとをたんに「豚」というよりは「豚野郎」のようにいうことのほうがふつうであるのにたいして、フランス語では "un cochon" (豚) とだけいうことによって、"un grossier"(低劣なやつ)という意味になる。
 しかし、教室のなかには、例としてだした「豚野郎」という表現に、語感が共有できないといったふんいきがながれました(もちろん、どぎつい表現への困惑もなくはないでしょうが、それ以上に、「『豚』というよりは『豚野郎』という」という比較になっとくできないふんいきでした)。その日は自分の語感にすこしばかり自信がもてなくなってかえってきたのですが、いみじくも23日木曜、つぎのような報道がでました。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20081023-00000009-nks-ent からの引用:

「金髪豚野郎」泰葉ブログがパンクで休止

 歌手泰葉(47)のブログにアクセスが殺到し、サーバーがパンク状態になったことが22日、分かった。泰葉のブログは過激で、離婚した元夫の春風亭小朝(53)を「金髪豚野郎」「おまえは国営放送でもっともらしいことが言える人間ではない」などとつづり、ちょっとした人気を集めていた。さらに、今月18日には、上野音楽祭への出演をキャンセル。その理由が谷村新司の事務所社長とのトラブルだったことが報じられ、さらにブログが注目された。関係者によると、これまでのアクセスは1日あたり3000~4000件だったのが、ここ数日は数万件にまではね上がり、運営会社側から「対応できない」と通告されたという。泰葉も「ブログの内容が独り歩きしてしまった」と反省しており、この機会にブログを休止する意向だという。

 いうまでもなく、わたしはこの記事の標題にあらわれた「金髪豚野郎」ということばに目をとめました。ほらね、やっぱり、たんに「豚」といったのではすわりがわるくて、それよりは「豚野郎」というのがニホン語の特質ですよ。
 そのようなわけで、泰葉が春風亭小朝をくちをきわめてののしったことや、それによってブログが休止に追いこまれたといったことはわたしにとってはほとんど興味がなくて、「豚野郎」という直喩的表現をもちいたことを興味深く思うのです。これはまあ、言語学にたずさわるものの宿命的な性質ではないでしょうか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:47 | コメント (0)

2008年10月13日

疲労困憊

 つかれています。といっても、たぬきやきつねにつかれているのではありません。
 世間では3連休だったようですが、わたしにとってはまったく連休ではありませんでした。
 連休初日の一昨日は息子の幼稚園の運動会、そして連休3日めのきょうは、非常勤出講先の白百合女子大で、休日返上で平常授業ということになっており(月曜に休日が多いので、週の数を確保するため)、なんとかふたこまの授業をつとめてきました。
 なんだか体調もいまひとつで、気分も低調で、低空飛行をつづけています。
 17日の研究発表の準備もしなければならないのですが、しんどくて手が出ません。いや、でも、いまからすこしでも考えごとをしようと思うので、きょうの記事はこれきりでおしまい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:35 | コメント (0)

2008年10月10日

学園祭と運動会

 晴れ。夕方に通り雨。

 きょうは筑波は学園祭の前日にあたり、担当授業が休講になったので、ひと息つくことができる。夕方(ちょうど雨がふったとき)買い物に行った以外はずっと閉居して、澤田治美の500ページを超える大著『モダリティ』(開拓社)をよむ。一昨年出ていたにもかかわらず、不覚にも気づいていなかった。
 筑波の学園祭はまいとしこの時期で、関東ではもっとも早い部類にはいる。その理由は、東京あたりより朝晩寒くなるのが早いので、11月にすると、夜を徹して屋外で作業をしている学生がこごえてしまうからだ。
 わたし自身学生のころ、学園祭にはかかわっていた。そのころは地元のつくり酒屋のご厚意で、後夜祭で樽酒ふるまいをしていた。樽からだして升でのむ酒はとてもおいしかったが、いまでは飲酒にたいする社会の目もきびしくなっているので、やめてしまったのではなかろうか。

 しかしいずれにしても、こどもが幼稚園児のうちは、筑波の学園祭を見にゆくことはできない。幼稚園の運動会が例年この連休なので、そちらに行かなければならないからだ。行ったら疲れて連休はつぶれる。
 ことしは明日が運動会で、朝から行かなければならない。こどものころ運動会がたいへんにが手だったわたしは、おとなになってもあいかわらずにが手で、気が重い。息子の活躍を観戦しているだけならいいのだが、わたし自身、騎馬戦の馬にならないといけないので、、、

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:43 | コメント (0)

2008年09月03日

「タジーヌ」がギリシア語源だったというおどろき

 一昨年、チュニジアをはじめておとずれたとき、「タジーヌ tajine」をたべて、それがよく知られた鍋ものの「タジーヌ」とちがって、チュニジア風で独特だということを、このブログでも話題にしたことがあった
 そのときは、「タジーヌ」という名まえは、アラビア語での料理の呼び名をフランス語でもとりいれているだけだと思っていたが、アラビア語からさらにさかのぼると、ギリシア語で「皿」を意味する τεγανον からきているということを、おくればせながら最近はじめて知った (H. Naffati et A. Queffélec : Le français en Tunisie を読んでいたら出てきた)。
 ギリシア語からラテン語などを経由して、つまり地中海の北岸を通ってフランス語に移入した語彙は枚挙にいとまがないが、地中海の南岸を通って、マグレブ経由でフランス語にはいった語彙があるとは、あらためて知るとおどろく。
 やはり、地中海世界は、われわれが想像する以上に緊密につながった世界だったのだなあ、、、という凡庸な結論ですみません。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:50 | コメント (0)

2008年08月25日

≪Pauvre Martin≫

 ブラッサンスの初期の、比較的知られていない名作。どんよりと暗くて、虚飾がまったくないところが、わたしの好み。ニンゲンは、あまねく、≪Pauvre Martin≫なのかもしれない。

Avec une bêche à l'épaule,
Avec, à la lèvre, un doux chant,
Avec, à la lèvre, un doux chant,
Avec, à l'âme, un grand courage,
Il s'en allait trimer aux champs.

Pauvre Martin, pauvre misère,
Creuse la terre, creuse le temps !

Pour gagner le pain de sa vie,
De l'aurore jusqu'au couchant,
De l'aurore jusqu'au couchant,
Il s'en allait bêcher la terre
En tous les lieux, par tous les temps.

Pauvre Martin, pauvre misère,
Creuse la terre, creuse le temps !

Sans laisser voir, sur son visage,
Ni l'air jaloux ni l'air méchant,
Ni l'air jaloux ni l'air méchant,
Il retournait le champ des autres,
Toujours bêchant, toujours bêchant.

Pauvre Martin, pauvre misère,
Creuse la terre, creuse le temps !

Et quand la mort lui a fait signe
De labourer son dernier champ,
De labourer son dernier champ,
Il creusa lui-même sa tombe
En faisant vite, en se cachant...

Pauvre Martin, pauvre misère,
Creuse la terre, creuse le temps !

Il creusa lui-même sa tombe
En faisant vite, en se cachant,
En faisant vite, en se cachant,
Et s'y étendit sans rien dire
Pour ne pas déranger les gens...

Pauvre Martin, pauvre misère,
Dors sous la terre, dors sous le temps !


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 00:31 | コメント (0)

2008年08月22日

文事に余念なし

 ゆうべ、たいへんな雷雨がふったのをさかいに、空気がいれかわったようで、やっと暑さがやわらいできた。東京のきょうの最高気温は25.3度。これにより、夏のにが手なわたしも、ようやく夏眠からさめた(笑)。
 9月27日の日本フランス語学会例会で発表者をつとめることになった。学会ホームページの「例会案内」にもすでに出ている。といっても、先日初校をおくりかえした論文とほぼ同内容なので、これからとくに学会発表のために準備することはない。
 そこで、つぎなる課題としている未来諸時制にかんする文献を、いよいよ本腰をいれて、ノートをとりながらよんでいる。こうも地味な作業をいちにちぢゅうしていては、この文をいろどるようなできごとはあるはずもない(読んでくださるかたを退屈させるようで申しわけない)のだが、わたしとしては、日常を簡素化して文事に没入していられるほうがよい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:44 | コメント (0)

2008年08月13日

Brassens - ≪Hécatombe≫

 オリンピックによって世界ぢゅうが国家主義にぬりかためられたいまの窮屈な空気とは対蹠的なのが、ブラッサンスの≪Hécatombe≫。
 ≪Dès qu'il s'agit d'rosser les cognes / Tout le monde se réconcilie≫とうたえば拍手がまきおこり、≪Mort aux vaches ! Mort aux lois ! Vive l'anarchie !≫とうたえば歓声があがるのだから、フランスの観客はファンキーでいいなあ(笑)。

Brassens - ≪Hécatombe≫

Au marché de Briv'-la-Gaillarde
A propos de bottes d'oignons
Quelques douzaines de gaillardes
Se crêpaient un jour le chignon
A pied, à cheval, en voiture
Les gendarmes mal inspirés
Vinrent pour tenter l'aventure
D'interrompre l'échauffourée

Or, sous tous les cieux sans vergogne
C'est un usag' bien établi
Dès qu'il s'agit d'rosser les cognes
Tout le monde se réconcilie
Ces furies perdant tout' mesure
Se ruèrent sur les guignols
Et donnèrent je vous l'assure
Un spectacle assez croquignol

En voyant ces braves pandores
Etre à deux doigts de succomber
Moi, j'bichais car je les adore
Sous la forme de macchabées
De la mansarde où je réside
J'exitais les farouches bras
Des mégères gendarmicides
En criant: "Hip, hip, hip, hourra!"

Frénétiqu' l'un' d'elles attache
Le vieux maréchal des logis
Et lui fait crier: "Mort aux vaches,
Mort aux lois, vive l'anarchie!"
Une autre fourre avec rudesse
Le crâne d'un de ses lourdauds
Entre ses gigantesques fesses
Qu'elle serre comme un étau

La plus grasse de ses femelles
Ouvrant son corsage dilaté
Matraque à grand coup de mamelles
Ceux qui passent à sa portée
Ils tombent, tombent, tombent, tombent
Et s'lon les avis compétents
Il paraît que cette hécatombe
Fut la plus bell' de tous les temps

Jugeant enfin que leurs victimes
Avaient eu leur content de gnons
Ces furies comme outrage ultime
En retournant à leurs oignons
Ces furies à peine si j'ose
Le dire tellement c'est bas
Leur auraient mêm' coupé les choses
Par bonheur ils n'en avaient pas
Leur auraient mêm' coupé les choses
Par bonheur ils n'en avaient pas
投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:15 | コメント (0)

2008年07月25日

社会性の欠如を自讃する(笑)

 休みにはいって(筑波は7月初旬の大学院入試のしごとをおわらせれば夏休みだ)、ふだん職業的要請からしたかなくとっている特異な態度を解除し、ついでに社会性をも脱ぎすててしまうと、とても気分がよい。
 わたしはもともと社会性にとぼしく、できることなら隠遁して文事に打ち込みたいとのぞむものだが、荷風のように恒産があるわけではないので、そういうわけにはいかない。身過ぎ世過ぎとしてやむをえず、教員稼業をしている。
 このような態度は≪聖職≫(!) をけがすものだといわれるかもしれないが、こんにち問題になっている汚職教員のありようは、むしろ過度の社会性がひきおこす問題であって、みょうな立ちまわりかたも知らない (そもそも、合法的にさえ「立ちまわろう」としない) 隠者型のほうがましだともいえる。
 Georges Palante : La Sensibilité individualiste のなかで、ご親切にも社会の害毒からおのれの精神の独立性をまもるための処方箋が明示されているので、以下に引用してみよう。

 a. Cultiver en soi le scepticisme social, le dilettantisme social et toutes les attitudes de pensées qui ressortissent à l'individualisme.
 b. Se pénétrer du caractère précaire, fictif et, au fond, facultatif du pacte social et de la nécessité pour l'individu de corriger ce que ce pacte a de trop tyrannique par toutes les ressources de la casuistique individualiste la plus tolérante et la plus large :
 c. Méditer et observer ce précepte de Descartes écrivant de Hollande : " Je me promène parmi les hommes comme s'ils étaient des arbres. " S'isoler , se retirer en soi, regarder les hommes autour de soi comme les arbres d'une forêt; voilà une véritable attitude individualiste ;
 d. Méditer et observer ce précepte de Vigny : " Séparer la vie poétique de la vie politique ", ce qui revient à séparer la vie vraie, la vie de la pensée et du sentiment, de la vie extérieure et sociale ;
 e. Pratiquer cette double règle de Fourier : Le Doute absolu (de la civilisation), et l'Ecart absolu (des voies battues et traditionnelles) ;
 f. Méditer et observer ce précepte d'Emerson : " Ne jamais se laisser enchaîner par le passé, soit dans ses actes, soit dans ses pensées " ;
 g. Pour cela, ne pas perdre une occasion de se dérober aux influences sociales habituelles, de fuir la cristallisation sociale. L 'expérience la plus ordinaire atteste la nécessité de ce précepte. Quand nous avons vécu pendant quelque temps dans un milieu étroit qui nous circonvient et nous harcèle de ses mesquineries, de ses petites critiques, de ses petits dangers et de ses petites haines, rien ne nous rend le sentiment de nous-même comme une courte absence, un court voyage. On sent alors combien l'on était, à son insu, comme harnaché et domestiqué par la société. On rentre les yeux dessillés, le cerveau rafraîchi et nettoyé de toute la petite sottise sociale qui l'envahissait. D'autres fois, si l'on ne peut voyager, on peut du moins se mettre à la suite d'un grand voyageur du rêve. Je me souviens d'un ami qui, malade, isolé dans de petites villes méchantes, entouré de petites haines et de ragots imbéciles, se donnait une sensation infinie de joie et de liberté en relisant les Reisebilder. Il s'échappait avec Heine dans le monde enchanté du rêve, et le milieu n'existait plus pour lui.
-----------OEuvres philosophiques, p.423-424


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:37 | コメント (0)

2008年07月02日

日仏会館で会議

 写真は恵比寿の日仏会館です。ほんとうはうんざりするほど無機質なコンクリートの色ですが、宵のくちは夕焼けを反映してきれいです。
 といっても、きょう日仏会館に行った理由は観劇でも会食でもなく、会議が19時からあったので、たいへんでした。おわったのは21時30分ころ。行くまえには夕食がとれなかったこともあり、へろへろです。
 しかも明日の夜も同じ日仏会館でべつの会議があります。(-"-)

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:57 | コメント (0)

2008年05月20日

講演会、無事終了

 5月10日に本欄でも予告しましたように、きょうはつくばでマリー=アニック・モレル先生の講演会がひらかれ、無事終了しました。
 わたしが通訳兼指定討論者を (かろうじて) つとめました。こういうことを担当したのははじめてで、よい経験になりました。
 テーマになっていた会話分析はわたしの専門分野からはなれていて、知識もほとんどなかったので、1週間ほど付け焼き刃で勉強してのぞみました。
 おかげさまで講演会は成功のうちにおわり、来場者のかたがたからも、モレル先生からも感謝していただけました。ほっとしました。
 モレル先生はたいへん親切なかたで、より小規模なかたちで午後に開催したセミナーでは、つくばの大学院生にも文献を教えてくださったりしていました。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:29 | コメント (0)

2008年05月06日

かくもはかなき連休

 連休最終日。「ゴールデンウィーク」とは言い条、ほんとうに休みがつづいたのはここ4日だけだ。この程度で「ゴールデン」とは貧しい。

 きのうまでは天気がわるく、まいにちすこしずつは雨がふっていたが、きょうはようやくすっきりと晴れて、暑くなる。しかし風は乾いていて、ここちよい暑さだ。きょうの東京の最小湿度は10%と、5月としては観測史上最小。
 こどもといっしょに庭にでて、クローヴァーの球根を植えたり、芽がでてきたアサガオのようすをみたり、雑草をぬいたりする。
 堆肥をつくるために埋めてあったジャガイモの皮から、いつのまにか芽がでてそだっていて、ちいさなジャガイモもできていたので、こどもは大よろこび(写真1まいめ)。
 赤ちゃんは、すやすやとねむっている(写真2まいめ)。

 この子たちのおかげで、いくらかは充電もできたと思う連休でした。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:17 | コメント (0)

2008年04月18日

風雨

 颱風のようなつよい風雨。そのせいではなく、「車輛点検のため」に電車が遅れ、遅れたあとにさらに「運転間隔調整」といっては止まり、しごとをはじめる時間に間にあうかひやひやする。
 つくばエクスプレスにのりかえるとき、あわてたせいか、ぬれたタイルのうえで派手にころんで、まるでこどものように膝をすりむいてしまう。しかし服は無傷。つくばにはなんとか間にあう時間につく。

 新年度の雑務の繁忙で、授業をはじめるまえと、3こまの授業のあいまにも書類と挌闘する。ま、科研費が採択されたから増えた書類もあるので、その分についてはよろこんでおくべきだろうが。

 しかし金曜の夕方、5限までの授業をおえると、学内はすでに週末モードで閑散としている。この雰囲気だけは好きだ。

 かえりみち、おそい昼食のために≪むつみ屋≫によったら、「全メニューが大進化!」としるされたポスターが目だっていた。
 白みそラーメンを所望したら、変化はチャーシューが巻いたバラ肉になったことと、もやしがのっかったことくらい。ラーメンそのものがよくなったかというと微妙。そして、値あげしていた。小麦など材料が値あがりしているので、それ自体はしかたがないが、値あげのためのメニュー改変ではないか。
 きょうのような冷涼な日ならいいが、暑がりのわたしは、ことしもそろそろラーメンの季節はおわりだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:55 | コメント (0)

2008年04月13日

祖父母の忌日

 くもり。祖父母の忌日。祖父は十七回忌という年にあたる。
 1992年4月13日、祖父は亡くなった。このとし、わたしは大学院に入学したが、3月、大学院の合格通知をもって帰省したのが祖父と話したさいごの機会だった。祖父は通知を見て、「ようんばった」と、「が」だけがきわだたしくたかい愛媛ふうのアクセントでほめてくれた、その声が、いまも耳もとにのこっている。さきも見えず、なにをしようとしているのか自分でもわかっていなかったわたしを、なにもいわずに目をほそめて見まもってくれていた、慈愛にみちた祖父だった。めだかかれいを「めだか」と略してよび、魚市場からもとめてきては、自分で煮魚にこしらえて、じつにおいしそうにたべる、根っからの愛媛人だった。まいばん、ひとしく、わずか100ml ほどの冷酒を、おなじさかづきで計量してのむ、しずかな規則性のあるひとだった。今夜はわたしもひさしぶりに祖父母の霊前にさかづきをかたむけよう。
 ぐうぜん、祖父が亡くなったちょうど3年後の、1995年のおなじ日に祖母が亡くなった。祖母はくも膜下出血でたおれ、意識がないまま半年ちかく病床にあった。それなのに、まるで祖父とおなじ日を待っていたかのように、4月13日に亡くなったのだった。これは、祖父母のあいだにかよっていた愛情によってもたらされた奇蹟だったとわたしは信仰している。おだやかで、なかのよかった祖父母に、あらためていのりをささげる。ヴァレリーがねむるセートの「海辺の墓地 Cimetière marin」によく似た、瀬戸内海にちかい墓のしたにねむる、わが祖父母に、永遠の安謐あれかし。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:37 | コメント (0)

2008年04月12日

科研費キタ━━━━( ゚ ∀ ゚ )━━━━ッ!!

 きのう、わたしにあらたに今年度から科学研究費補助金が交付されることが判明しました。
 3年連続で応募したうち、昨年まで2度連続で不採択だったこともあり、今回もほとんど期待していなかったので、その知らせをいただいたときは、「ほんとうですか!?」とききかえしてしまいました。
 べつの課題で、わたしの同僚が代表者をしている科研費には、昨年度から研究分担者として「ご相伴」させていただいておりましたが、今回きまったもののように、わたしが代表者というかたちでの科研費にありついたのは、特別研究員時代以来9年ぶりです。
 以前は競争的研究費には無頓着だった(2000年から2005年までは応募さえしなかった)のですが、いまや、経常的研究費が激減し、そのなかにさえ「外部資金獲得に比例する部分」が設けられるなど、競争原理が貫徹されるようになったので、拱手していては研究の基盤的な条件さえうばわれかねません。
 それでここ3度ばかり応募したわけですが、ようやく今回採択された研究課題が向こう5年間のものなので、まさに旱天の慈雨です。当面は首がつながったかと胸をなでおろしております。

 ただ、煮えきらないことをいうようですが、いま、よろこびでいっぱいというわけではありません。
 ほんとうは競争を意識せず、安謐のなかで研究できるなら理想的だという思いはかわりません。
 でも、そんなかんがえかた自体がアナクロニスムとしてうちすてられる時代にわれわれは生きているようです。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 09:55 | コメント (0)

2008年03月03日

Ce mal mystérieux dont j'ignore le nom

[exif]
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 一昨日から右耳のうしろがいたい。といっても中耳炎ではない。骨のようにかたい突起が耳たぶのまうしろに出てきている。ふれないでいると、いたいというほどではない。重い違和感があるというくらい。ふれるといたい。これはいったいなんだろう。いろいろな不吉な病名があたまをよぎる。わたしの母方の祖母が医者に「癌がからだぢゅう這いよるんでしょうか」とたずねていたわらいばなしは、きょうにかぎっては半分しかわらえない(祖母はけっきょく癌になることはいちどもなかった)。朝、近所の外科医院にて受診。リンパ節がはれているという診断で、安堵した。リンパ節は頭部ではほとんどが前方にあるが、耳のうしろがいちばん後方だそうだ。抗生物質をのめばなおると予想され、のみぐすりをもらってかえる。午後、筑波にゆき、入試判定・卒業判定の会議に出る。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:28 | コメント (0)

2008年02月26日

入試業務

 24日20時すぎに家を出る。25日、入学試験(二次試験前期日程)の監督のしごとがあるので、勤務先のつくばに前泊する。勤務先が遠いとこういうときに不便だ。おさないこどもが、「あしたにはかえってくる?」と、目をのぞきこんできくので、うしろ髪ひかれる。
 25日9時まえに控室へ。北海道で、大雪と強風で交通機関がすべてとまっており、北海道からくる受験生がきょうはつくばに到達できない見込みだという。来られなかったときは26日再試験を実施するそうだ。わたしの担当教室にも北海道の受験生がいて、また監督をたのまれかねなかったが、さいわいわたしは26日は採点の担当にあたっているので、ことわる理由になる。
 10時まえ、試験教室へ。筑波大学人文学類は、21年まえ、わたし自身が一般入試を受験したので、おなじ場所にたちばをかえてもどってきたような気がする。受験生たちが他人にはみえない。もちろん監督のしごとの範囲を逸脱することはできないが、そのなかでもせいぜい親切にしようとこころがける。
 筑波大学の二次試験は3教科あり、いずれも120分という重量級の試験だ。どの教科も記述・論述式で、とくに地歴公民(世界史、日本史、地理、倫理からひとつ選択)は合計1600字の論述問題だ。受験生も、監督したり採点したりするがわもたいへんだが、こういった形式の試験でなければ確認できない種類の学力もあるだろう。
 3教科の試験時間は10時から12時まで、13時15分から15時15分まで、16時15分から18時15分まで。かつてはふたつめ以降もきりよく13時から15時、16時から18時とすべて正時だったが、昼やすみがながくなった。監督をしてみるとわかるが、ふたつめを13時からはじめると、あいまに回収・確認、そしてつぎの試験のもちだしをしていると昼食をとる時間がなくなってしまうのだ。いや、現状でもなお、昼食は必死で急いでかきこむという感じだ。
 とくに回収はたいへんで、1教科あたり4から5枚の答案用紙をそれぞれ受験番号順に試験教室でとじひもでつづってもちかえらなければならない。多くの枚数の紙の穴にひもを通すのはたいへん手間どる。あせるとよけいに通らない。
 さいわい、大教室にもかかわらず、とくに問題がおきることもなく終わる。しかし長丁場で、つかれた。だいたい、わたしは元来へらへらした人間(愛媛方言でいう「よもだ」)なので、試験教室のはりつめた空気がたえがたい。
 最後の時間がおわったあとは、れいによってすべての回収答案の点検がおわるまで待たされ、19時30分ころ解放される。
 26日も朝から採点なので、つくばにもう1泊してもよかったが、26日は集合時間が前日より1時間おそいし、こどもの顔をみないとおたがいさみしいので、自宅にかえる。電車の接続がわるく、22時ころにかえりつく。とまりがけのしごとからわたしがかえってくると、いつものことだが、わたしが玄関で靴もぬがないうちに、こどもは廊下を全速で走ってわたしの胸にとびこんでくる。こんなにしようもない酔っぱらいでも、この子にとってはただひとりのパパなのだなあ、とめずらしく殊勝なことをかんがえる。

   26日は採点のため7時に出て大学にむかう。9時すぎにつくばに着く。研究室によっていくつか雑用をかたづけたあと、10時に採点会場へ。「外国語」としてまとまった採点会場だが、人員も答案も英語が圧倒的で、ほかの外国語は隅でちいさくなっている。英語での受験者数は3千数百だが、それ以外の外国語はいずれも1けたの人数。わたしはもちろんフランス語の採点担当で、30分くらいでおわる。英語のひとは夕方までかかって、採点者ひとりあたり1000枚くらいはみるという。はやく終わってかえるとき、出口で英語担当の親しい同僚がふたりいて、目があったので、おもわずくちをついて「お先に失礼します」というあいさつをしてしまったが、もしかしてイヤミだったろうか。 ま、いいよね。あちらは超大型の覇権であるがゆえに、いい目もみているのだから(笑)。
 フランス語出題・採点担当の先生がたといっしょに、≪比内地鶏 さむらい≫で昼食。親子丼とラーメンをたべる(写真)。どちらも、この店のものは鶏のかおりがとてもさわやかで、おいしい。
♯比内地鶏肉の擬装事件をおこした業者≪比内鶏≫とは無関係。

 今年度も4種類ほどの入試業務を担当したが、めでたくきょうで解放された。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:36 | コメント (0)

2008年02月16日

きのうの日記

 2月病はほぼなおりましたが、なにやら公私ともにイヴェントが多くておちつきません。ブログの更新も、ひきつづき、あまり頻繁にはできない見込みです。申しわけありません。
 とりあえず、すくなくとも生存している証明に、きのうの日記の一部を以下に転載します。

* * * * *

2008年2月15日(金)
 晴れ。10時ころに自宅を出てつくばにむかう。いつも改札のそとにいったん出て、早めの昼食をとるのりかえ駅で、空腹を感じなかったので、研究会のときにたべるつもりのくるみのお菓子だけを買ってつくばエクスプレスにのる。12時15分つくば着。
 大学時代から同級生だった和田くんがいまはわたしの同僚で、去年から、ふたりで申請した動詞時制にかんする研究課題で科学研究費補助金をもらっている。きょうはその研究テーマでの研究会だ。ハンドアウトを印刷したりして、13時45分から開始。討論もふくめて、わたしの番が15時30分くらいまでで、和田くんの番が18時くらいまで。和田くんはいつもエネルギッシュで、ハンドアウトもA4で16ページとわたしの倍以上だ。しかしこのような友だちがいると、情報交換や議論など、研究上のプラスになることは当然としても、それ以上に精神的なプラスがおおきい。わたしもすこしは活力をわけてもらえるような気がして、ありがたいかぎりだ。
 研究会には大学院生のみなさまも来てくださっている。わたしはくるみのお菓子をもちこみ、和田くんは「さくら餅」をもってきていた。ところがそのさくら餅は、さくらの葉でつつんでいることはわたしの知っているものとおなじだが、餅の部分も皮膜状になっていて、あんが横からみえている。これが関東式らしい。和田くんやわたしは関西出身で、丸餅のさくら餅に慣れ親しんでいたのだが、それは関東では「道明寺」というそうだ。生地をつくる粉の名まえが道明寺粉というためらしい。
 大学院生のかたがたは、あわただしく17時すぎから来週の国際シンポジウムの準備のためのミーティングに出席なさる。
 きょうは科研費研究会の年度末最終回ということで、打ち上げをかねてビールをのみに行きたかったが、そのミーティングがある関係であらかじめは計画をたてられなかった。19時までは待つということにして大学院生のみなさんを送りだしていたが、そのあとの和田くんとわたしの話も長引いたので、そのあいだわたしの研究室が無人で消灯されたままであることを、わたしがさきに帰ってしまったと錯誤されたかもしれないとおそれて、ミーティングのある棟に行こうとしたら、ちょうどそこからかえってきた大学院生のかたがたとエレヴェーターホールでゆきあった。これで酒宴に行ける、と安堵する。飲み会は研究会よりだいじだ (笑)。
 金曜の19時すぎで、予約をしていないので、≪百香亭≫は人数がひとつの席につくことがもうできなかった。わたしが大学生だった20年以上まえからある≪灯禾軒≫にいこうとしたら、下の階から火事が出て類焼したあとの復旧工事がまだつづいていた。来週から再開店するという。火事をさかいに閉店ということでなくてよかったと思う。大学院生のみなさまといっしょに何度かきたことのある≪じぶんかって≫に至ってかろうじて一同がいっしょにすわれることがわかり、やれやれと腰をおちつける。ビールをのみながら話す。たいへん気らくに話した。
 22時30分ころおひらきにする。23時5分つくば発の、自宅のもより駅までつながる最終便(自宅のもより駅につく電車としては最終電車ではないが、全区間つながる便としては最終)にのってかえる。ここちよい酔いだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:20 | コメント (0)

2008年01月15日

≪Vola palombella≫

 最近の慰藉のひとつは、≪Vola palombella とべよ鳩よ≫。
 1986年、イタリアのボローニャでもよおされたユニセフの祭典で、当時すでに10年以上内戦がつづいていたレバノンからきたナディーナ Nadina がうたう、平和を祈念するうたで、金賞を得たそうです。
 おさない声でうたうのをきくとなおさら、胸にせまってきます。

VOLA PALOMBELLA

Vola, vola, palombella
prima che scompaia la mia stella
e un bacino sulla fronte
porta il sole che spunta all'orizzonte
e se un chicco d'oro ti darà
un chicco di felicità
me lo presti, amica bella?
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola, palombella

Baitek ya asfoura wain?
Ma bshoofek ghair betteeri
Ma andek ghair jnahain
Hakeena kelme zgheere
Wlaw sa'aloona men'ellon
Ma haketna el asfoura
Teeri, teeri
Teeri, teeri
Teeri, teeri
Teeri, teeri
Teeri, teeri, ya asfoura

Palombella, vuoi volare
nella luce rossa che hai portato in tutto il mare
al tramonto, con dolcezza?
Fai col tuo richiamo una lievissima carezza
Se una goccia rossa ti darà
un sorso di felicità
Mi disseti, amica bella?
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola, palombella

Palombella, bene mio,
non mi dare mai l'addio
Fa' che veda le tue ali
mentre sali sempre più
Palombella, amica mia
Volo bianco d'allegria
Canto azzurro, dolce, intenso,
bello e immenso, vola su
Salutami e parti pensando che
Sono qui ma volo in te
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola, palombella

Vola, vola palombella
appena vedi in cielo la mia stella
Cogli il primo suo bagliore
e quando è notte accendilo nel cuore
Ma nel tuo brillare di lassù
non ti scordare che quaggiù
io ti aspetto, amica bella
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola
Vola, vola, palombella


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:32 | コメント (0)

2007年12月31日

常態

 冬休みといっても、手直しするべき原稿が手もとにいつまでも滞留していたり、査読するべき各種論文が合計7本あったりして、市民的な休暇のたのしみはありません。例年どおり、帰省もしません。

 ただ、早稲田に行った26日を最後に、来年1月9日まで飲み会がないという意味では、わたしにとっては異例のしずかな冬休みです。
 (そういえば、ハードコアーな飲みともだちも、いまは関東にいなかったりするなあ)
 家でものむけれど、やっぱり飲み会のようにたっぷりはのめなくて、2~3杯でおわり。
 しかも、酒量は減っているにもかかわらず、胃がいたくなってきた。かえって酒量が多いほうが調子がよいということか?(<危険な発想)

 ま、そのようなわけで、あまりぱっとしない日々をすごしております。わたしにとっては、これが常態なのですが。
 慣れたせいか、ほどよく低調なのは、むしろちここちよいと...そんなはなしを、まえもしましたね(苦笑)。

 どちらさまも、よいおとしをおむかえください。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:27 | コメント (0)

2007年12月24日

「来た、見た、買うたの喜多商店!」

 バンヴェニストの論などを紹介しながら、ものがたりのテクストでは、単純過去が基調で、完了相の事態が継起するということを話し、典型的な、しかもかなりの単純化をこうむった例文として、カエサルの Veni, vidi, vici. (「来た、見た、勝った」) を挙げる。ここまでは、話はまともにすすむ。しかし、「来た、見た、勝った」といったとたん、わたしはどうしても、「来た、見た、買うたの喜多商店!」と、30年まえの関西ローカル CM の惹句を、いきおいよくくちにしないではいられない。もちろん、30年後の関東の学生がそんなものを知るはずもなく、だれにもウケないことは、いうまえからわかりきっている。しかし、それでも、わたしは、「来た、見た、買うたの喜多商店!」にとらわれたごとく、どうしてもそれをいわないではいられない。いってしまったら、どんなふうに収拾すればよいのか、わからない。くるしまぎれに、またバンヴェニストにすがりつく。バンヴェニストいわく、ものがたりの特質とは、「ここではだれもかたっていない。できごと自身がひとりでにものがたるかのようである (personne ne parle ici ; les événements semblent se raconter eux-mêmes)」ということだ。ものがたりにおいては、発話者や対話者といった主体はすがたをけす。ものがたりのかたり手、きき手にできることは、できごとが継起的に立ちあらわれてくるのをともに追体験することだけである。そこでは、かたり手といえども主導的な言語主体ではなく、基本的には、すでになんらかの形で存在しているものがたりの媒介者であるにすぎない。「来た、見た、買うたの喜多商店!」もまた、わたしにとっては先験的にあたえられており、ひとりでにたちあらわれてくる継起性にほかならない。わたしはそれを媒介しているだけなのだ、と。どうです。うまく収拾したでしょう。どこが?

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 02:48 | コメント (2)

2007年12月01日

“ちゃん付け”は「アカハラ」…山梨大教授が減給処分

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071201-00000083-sph-soci
からのコピー:

“ちゃん付け”は「アカハラ」…山梨大教授が減給処分

 女性の下の名前に「ちゃん」を付けると、ハラスメント!? 山梨大(甲府市)は30日までに、女子学生を「ちゃん」付けで呼び、不快に感じさせたのはアカデミックハラスメント(アカハラ)に当たるとして、同大大学院の50代の男性教授を減給の懲戒処分にした。“ちゃん付け”の波紋の大きさに「厳し過ぎる」の声も出ているが…。

 処分されたのは、山梨大大学院医学工学総合研究部の50代の男性教授。アカハラにより、減給1万704円(1回)の懲戒処分となった。

 同大によると、教授は昨年の9月から11月にかけ、指導する研究室に所属していた女子学生に対し、名前に「ちゃん」を付けて呼ぶなどしたため、学生が不快に感じていたという。

 女子学生は大学内に設置されているハラスメント相談室に訴えた。相談室はさらにキャンパスハラスメント防止委員会に上申し、調査委員会が教授らから話を聞いていた。同防止委員会では、性的嫌がらせのセクシュアルハラスメント(セクハラ)、労働環境を悪化させるパワーハラスメント(パワハラ)、教授が学生に対して行うアカデミックハラスメント(アカハラ)という定義があり、今回はアカハラに該当するという。

 日大法科大学院・板倉宏教授は「ハラスメントの判断基準は各大学の委員会によって違うが“ちゃん付け”でハラスメントになった例は聞いたことがない。大学院の学生を軽く子ども扱いするのは問題かもしれないが、懲戒処分は厳しいのでは」と話す。

 同大広報グループでは「本学では基本的に受け手が不利益と感じた場合は、たとえ教授が親しみを込めたつもりでもハラスメントと判断する」といい、教授の地位を利用した嫌がらせと判断した。同大学院の同研究部では05年に女性助教授(当時47歳)が助手にパワハラを行ったとして諭旨解雇処分を受けるなど、これまでもハラスメントには厳しい姿勢を貫いてきた。

 「やはり女性には『さん』、男性には『くん』がふさわしい」(同大)。うかうか「ちゃん付け」してしまうと痛い目に遭いそうだ。

 この基準でこられると、同業者の友人の半数はアウトです (笑)。

 しかし、処分をくだした山梨大は、その峻厳さをみずからに適用するべきです。そうすれば、「やはり女性には『さん』、男性には『くん』がふさわしい」などというコメントを出しているのは≪性差別≫にほかならない、ということになるでしょう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:40 | コメント (0)

2007年11月23日

〟Plastikwörter〝

 多忙にまぎれて、自分の専門に直結する研究書以外をしばらく読んでいないというお寒い事実に気づき、きょう読んだ書物は、最近日本語版の出たペルグゼン『プラスチック・ワード』(糟谷啓介訳、藤原書店)。いや、これとて言語にかかわるという意味では専門に関係してはいるのだが、、、
 原著は Uwe Pörksen : Plastikwörter (Stuttgart, Klett-Cotta, 1988)。ほぼ20年をへての翻訳だが、その後のグローバル化によってますます加速してきた現象をみごとにいいあてている書物でもある。
 標題にもなっている「プラスチック・ワード」とは、レゴのブロックのように容易に交換可能な空虚な抽象語であり、それを部品として形成される言語が知らず知らずのうちに蔓延している。それはあたりまえになりすぎて「紋切り型」とさえ思われない、日常的なマスター・キーのような辞項である。英語などの覇権的言語が少数言語を駆逐するのとおなじように、各言語のらち内でも身体性に根ざした従来の語を駆逐しつつあるという。プラスチック・ワードは、つぎのような本質的特徴をもつ (p.71)。

 A. 科学に源を発し、科学を組み立てる部品に似ている。それはステレオタイプである。
 B. 包括的な使用領域をもつ。それは何にでも効く特効薬である。
 C. 内容が貧弱で切りつめられた概念である。
 D. 歴史を自然として把握する。
 E. コノテーションと機能が優位を占める。[デノテーションとしての明確な指示対象がない]
 F. 欲求と統一性を生みだす。[理念化により、義務的・拘束的な方向づけをおこなう]
 G. ことばを階層化し植民地化する。それによって少数の専門家集団が成立すると、これらの語は「資源」として利用される。
 H. まだかなり新しい国際的コードに属する。
 I. ことばをコンテクストから引きはなし、表現豊かな身振りを締め出す。
 

 アイデンティティ、リソース、ケア、インフォメーション、役割、センター、サービス、コミュニケーション、セクシュアリティ、モデル、ソリューション、コンタクト、ストラテジー、パートナー、構造、問題、システム、トレンド、福祉、機能、マテリアル、などの語は、プラスチック・ワードの例である (p.76)。
 日本語にするとカタカナが多いが、これはけっして偶然ではなかろう。一旦カタカナ化すれば、もはや内部分析が不可能な意味の原子になる。このことは、本来それぞれにことなる相貌をもつはずの多様な事象を、ひとしなみに回収するために必要な特徴であろう。実際、これらの語は、定義できないまま (定義は「専門家」にゆだねたまま) 用いられるという点で、「専門用語」とは明確にことなる。
 ペルグゼンは、こうした辞項が他を圧して流通するようになっていることが現代の病弊であるとする。それはニーチェが『反時代的考察』で予感した言語の危機であり、スウィフトが『ガリヴァー旅行記』でえがきだし、オーウェルが『1984年』でそれに輪をかけた悪夢である。さらには、訳者があとがきで指摘しているように、フッサールによる「生活世界の数学化」批判、ハーバマスによる「生活世界の植民地化」批判とも結びつけることができる。
 著者は解決策を一切あたえていない。訳者あとがきには「安直な処方箋をあたえていない」と書いてあるが、もっと本質的に解決不能な問題であるとわたしは思う。ディストピアに出口などあろうはずがない。そしてそのディストピアはすでに現出しているのだ。「処方箋」というなら、ジョルジュ・パラント的なペシミズムの貫徹にしか、ディストピアを生きる処方箋はないように思う。
 原書の副題はDie Sprache einer internationalen Diktatur。「独裁 Diktatur, dictature」とは衝撃的なことばだが、「書きとり dictée」と同じく、ラテン語のdicere (言う)、dictum (所言) を語源とする語であり (cf. p.12)、言語を問題にするときにはむしろ適している。プラスチック・ワードによる植民地化を約言すると、やはり Diktatur だろう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:46 | コメント (1)

2007年11月11日

う、風邪

 木曜あたりから風邪で熱をだしていました。
 こどもが幼稚園からつぎつぎと違う種類の風邪をもらってきて、5回に1回くらいはわたしにもうつってしまいます。
 こどもはたいてい軽症で、大人にうつるとたいてい悪化するのが、生命力の差かな、と思います。
 木・金とほどほどに仕事をして、土・日はほとんど寝ていましたが、熱こそさがったものの体調はいまいちです。
 でも、明日からまた仕事なので、奮起せざるを得ません (...苦笑)。

 写真は≪むつみ屋≫のしょうゆラーメンです (てき面にふとるので、夏からラーメンは控えていたのですが、寒くなってきたのでみずから禁を解きました)。
 ≪むつみ屋≫は、チェーン店のわりにはおいしいので好きです。北海道の本店がしっかりしているのでしょう。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:46 | コメント (2)

2007年10月26日

音速電車

★電車でGO! 暴走系:

天国へのカウントダウンVol.5 電車でGO!大阪環状線外回り関空音速



電車でGo!2-超特急はくたか-1



★暴走系の派生として、終着駅通過シリーズ:

電車でGO!FINAL 終着駅通過 京都編

電車でGO!FINAL 終着駅通過 立川編

★まともなものも:

電車でGO! 3 通勤編 山陰本線 キハ58系 上級 Part 1

仮想現実には、いかに現実に近いかという「もっともらしさ vraisemblance」がもとめられると思いますが、そのほかに、現実には不可能なことをさも起きたようにやってみせてこそ仮想現実だという面もあると思います。というわけで、音速電車がイイ!


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:43 | コメント (0)

2007年10月07日

Heureux qui...

Heureux qui porte en soi, d'indifférence empli,
Un impassible coeur sourd aux rumeurs humaines,
Un gouffre inviolé de silence et d'oubli.
(Leconte de Lisle)

幸いなるは 無関心にみち みずからのうちに
ニンゲンのうわさに耳をかさぬ 平然たるこころをもち
おかされぬ沈黙と忘却の淵をもつ者なり。
(ルコント・ド・リール)

といった精神で、非社会性のまゆにこもりたい。
せめて、この連休が明けるまでは (笑)。

クロッカスの球根を庭にうえた。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:53 | コメント (0)

2007年09月29日

友情出演

9月中旬ころに山場だった沈滞した気分がようやく一掃され、わるくない気分です。ふぅ。
東京の最高気温はきのうは32度、きょうは19度とたいへんな落差ですが、わたしはきょうのように冷涼な日が好きです。これもまた、わるくない気分です。

午後からフランス語学会のため東大駒場へお出かけ。
往路、のりかえ駅の下北沢で途中下車して、≪セガフレード≫でエスプレッソ (ドッピオ) をのみました。
ロラン・バルトが言及していたスパゲッティのパッケージとおなじく、≪セガフレード≫の映像的メタメッセージは「イタリア性」だなあ、などと凡庸なことをかんがえて写真を撮りました。

学会の発表者のうちのひとりは、わたしと同時期にパリに留学していて、当時からの知り合いの金子真さん(岡山大学)で、わたしが去年書いた論文からたくさん、しかも好意的に引用してくれました。ま、友情出演のようなものですね。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:26 | コメント (0)

2007年09月21日

ながい1日

きょうは、しごとにむかうとちゅう、地下鉄千代田線の表参道駅で人身事故があり、わたしがのっていた電車はすでにそのときには赤坂まで達していたのですが、全線運休となりました(1枚目の写真)。ひさしぶりの大ピンチです。長距離通勤者の悲哀のきわみです。
のりかえ駅で立ち往生してくれれば他の線に迂回しやすかったのですが、赤坂は孤立した駅なので、しかたなく改札を出て、赤坂見附の駅まで(残暑でてりつける太陽のしたを)歩き、いや、走りました。2枚目の写真はみな赤坂見附をめざすひとのながれです。
千代田線にくらべるとのろのろと走る銀座線と、とてものろのろと走る日比谷線で秋葉原に出て、つくばエクスプレスにのりかえました。ふだんからねんのため、わたしが授業を開始すべき時間にぎりぎり間に合うより30分早く出ていたのですが、その30分はとうに空費して、合計45分くらい遅れ、授業開始にはさしひき15分くらい遅れました。
というわけで、わたしの授業に出てくださっているみなさん、ごめんなさい!

14時からは、大学院の仏語仏文合同研究会で、わたしも大学院担当教員のひとりとして出席しました。大学院生のうち5名が研究発表をしてくださり、また教員、他の大学院生の参会者も多く、たいへん有意義な機会になりました。発表者のみなさん、ゴクローサマデシタ。
18時からは天久保3丁目の平塚線にめんした韓国料理店≪煉備≫で懇親会。ビールをのみながら、3枚目の写真の餃子ともちの鍋(なんというのだろう)、4枚目の写真のキムチッチゲをたべました。いずれもおいしく、暑い1日を≪以熱治熱≫でしめくくることができました。
(チヂミもたべたのですが、皮と身が分離しためずらしいタイプで、チュニジアのブリックをおもいだしました)

ながい1日でした。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:57 | コメント (1)

2007年07月13日

「ご用の方は、チュニスまでお出かけください」

しばらくモブログを更新するいとまがありませんでした。
7月2日にもしるしましたように、あす14日には学会発表、そして週明けから集中講義のためチュニジア出張をひかえ、にが手な同時並行での準備に追われていました。

学会発表の準備はとうにできていたのですが、集中講義の準備が量的にもはるかに多く、たいへん難渋しておりました。
しかしなんとか一昨日にはひととおり書きおわりました (まだ細部はなおさないといけませんが、ともかく授業に穴をあけるおそれはなくなりました)。

おなじ一昨日、かねてよりネットで申し込んでいた航空券が送られてきたり、昨日は出勤前に都庁によってあたらしいパスポートをうけとってきたりして、チュニジアにゆく準備もすすみつつあります。
あとは、ニホンをるすにしているあいだにしめきりの来るいくつかの業務を、まえだおしでかたづけておかなければなりません。ふぅ。

一昨日は会議3件のため出勤しました。
じつはチュニジアの集中講義はきょうからはじまっており、講義の担当者は前半・後半でバトンタッチすることになっています。
わたしは後半担当ですが、前半担当者は一昨日の会議終了後、成田にゆき、夜に出る飛行機で出発しています。
会議が終わったあと、そのひとたちを見おくるように、「こころはもう地中海の青い空ですね」などと、わけのわからないことをくちばしってしまいました。

そして昨日は、学期のおわりのうちあげのような機会として、専攻の懇談会と懇親会があり、上述のように都庁によってから出勤しました。
懇親会では、たいへんなときなのでひかえめにするつもりだったのですが、酒肴がとてもおいしかったので、ついつい鯨飲馬食し、酔いと満腹にくるしみながら深夜の帰宅でした。いったいなにをしているのでしょうか。

なお、出張期間は17日 (出国) から30日 (帰国) です。
18日から29日までの滞在先は、チュニスのホテル、Hôtel Ibn Khaldoun (30, Rue du Koweit, 1002 Tunis) です。ご用の方は、チュニスまでお出かけください (笑)。
ホテルの名まえは、中世の歴史家イブン・ハルドゥーンにちなんでおり、わたしなどはそれだけでうっとりしてしまいます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 10:19 | コメント (0)

2007年07月02日

海外出張をひかえて

はや7月になりました。

すでにホームページの巻頭言には予定を公表しておりますように、7月17日 (出国) から30日 (帰国) という日程で、チュニジアに出張してまいります。
チュニジアには、このモブログでもご報告しましたとおり、昨年12月に学会発表のためはじめて行ってまいりました。7か月ぶりの再訪です。
夏のチュニジアははじめてですが、まいにち40度の炎暑だそうで、いまから戦戦兢兢としています。

今回の目的は、チュニジアのスース大学などにより共催される夏季講座で、チュニジアの大学生のみなさんに集中講義をすることです。
全体のプログラムはこちら(チュニジア側共催者のページ) に掲出されています。
滞在期間は協力できることはいろいろなことに協力しようと思っておりますが、わたしが直接に集中講義を担当するのは上記予定表の19日から24日の緑字の部分、「ニホンの言語と精神性 Langue et mentalité japonaises」と題されたところです。
ニホン語のいくつかの事例を言語的ポライトネスの問題との関連において紹介し、言語現象をとおしたニホン文化の一側面の理解が進めばよいと思っております。

しかし、なかなか思惑どおりには準備がすすまず、いままた、うんうんとうなっています(経験から学ばないヤツだとおもってください)。
また、出発まぢかの7月14日には、べつのテーマで研究発表をするので、その準備との両面作戦でもあり、同時並行処理がいつまでたってもにが手なわたしは、いつもながら苦戦しています。

チュニスへの往復には、今回、はじめてカタール航空を利用します。
かぎられた予算のなかで、割安だということが選択の大きな理由ですが、それとはべつに、わたしはまったく知らなかったのですが、中東系ではエミレイツ航空と同様に国際的評価がたかい航空会社だそうです(産油国の潤沢な資金で、機材や整備などもいいのをそろえているそうです)。
ニホンには関西国際空港にしか乗り入れていないので、国内線(ANAとのコードシェア便)を1度のりつがないといけませんが、しかしそれも、成田発着ではなく羽田発着になるので便利ですし、いろいろな意味で好きになれない成田を利用しなくてすむことがうれしいです(笑)。
往路は17日にニホンを出て、ドーハ経由でチュニスにつくのが18日、復路は29日にチュニスをでて、おなじくドーハ経由で、30日にニホンにつきます。

きょうは、白百合女子大に出講するまえに新宿により、チュニジア出張にそなえて、都庁であたらしいパスポートを申請してきました。
いまもっているパスポートは有効期限が切れたばかりです。これを10年まえの1997年に申請したときは、パリへの留学に出発する直前でした。ああ、もう10年もたつのかと、あらためておどろきます。
都庁の「都民広場」(というのは、税金でこしらえた豪華庁舎の本質を隠蔽せんとするする偽善的用語なので、あえて「タックスタワー」とよびます) というところに旅券課があるのですが、新宿駅からゆくと、京王プラザホテルの背後です。
京王プラザホテルには個人的にいささか思い入れがあり、そこをとおりぬけて旅券課にゆくのは、なにやらニホンを脱するための門をくぐるような、象徴的な意味合いを勝手に感じます。

書類をとりそろえてチェックをうけ、番号札をもらうと、そのときよばれていた番号からは40人ほどへだたっていて、えんえん待たされました。窓口は12もあるのに、4つしかひらいておらず、いかにもお役所的です。
自分の番がきて書類を提出し、さらに数分待たされて引換書を手にしたときには、すでにタックスタワーにきてから1時間半も経っていました。
時計をみると12時15分。13時には白百合女子大で授業をはじめなければいけないので、昼食をはぶいて新宿駅に走ってもどり、京王線の電車に飛びのりました。
すると、車内に13時からのわたしの授業に出ておられる学生のかたがおられ、おもわず「この電車で間にあいますかね?」ときいてしまいました(「しめしがつかない」とは、このようなことをいうのでしょう)。
さいわい仙川に12時45分ころにつき、大学にも走ってゆき、なんとかふたこまの授業をつとめてまいりました。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:26 | コメント (4)

2007年05月23日

富める者はますます富み、窮するものはいよいよ窮する

http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/
20070522ddm003040022000c.html
からのコピー:

運営交付金:74校で減少、国立大にも格差 財務省、科学研究実績もとに試算

国立大学を運営するため、国が支給する「運営費交付金」を各大学の研究実績をもとに配分し直すと、全国87大学のうち74大学(85%)で、交付金が減少する計算になることが21日、財務省が財政制度等審議会で公表した試算でわかった。同交付金をめぐっては、研究成果や競争原理に基づくよう配分方法を見直す方向で議論が進んでいる。今回の試算結果は、今後の議論に影響しそうだ。
 運営費交付金は国立大学法人の主要財源で、07年度は計1兆2044億円。04年度から6年間は、経営改善のため各大学とも前年度比で一律1%減と定められている。07年度交付額の上位は(1)東京大(2)京都大(3)東北大(4)大阪大(5)九州大の順だった。
 今回、財務省は、06年度の文部科学省の科学研究費補助金の獲得金額を実績の指標に選び、それをもとに試算。交付額が現行額より増える大学は13大学にとどまった。減少する74大学のうち地方の教員養成の単科大など50大学では交付額が半分以下になるという結果だった。【須佐美玲子】
==============
 ◆上下5位大学の運営費交付金増減率◆
(1)東京   112.9
(2)京都   102.8
(3)東京工業 100.6
(4)名古屋  87.3
(5)東北   86.1
…………………………
(83)福岡教育 ▼87.8
(84)鳴門教育 ▼89.6
(85)京都教育 ▼89.6
(86)愛知教育 ▼89.8
(87)兵庫教育 ▼90.5
 注・単位%、▼は減少。06年度科学研究費補助金の配分実績を基に財務省が試算
毎日新聞 2007年5月22日 東京朝刊

誤解のないようにいっておきますと(常識的なひとほど誤解する数字だと思います)、東大の112.9パーセントという数字は、「いまの12.9パーセント増し」という意味ではありません。2倍以上になるという意味です。
同様に兵庫教育大のマイナス90.5パーセントという数字は、「いまの9.5パーセント減」という意味ではありません。1割未満になるという意味です。潰滅的ではありませんか!

どこが「教育再生」よ?

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 18:42 | コメント (2)

2007年05月22日

とうとうきました

おそらく補講が必要になるでしょうから、こうならないでほしいと思っていたのですが、東京のあちらこちらの大学を席捲している「はしか」が、とうとうわたしの非常勤出講先である白百合女子大学にも影響をおよぼしてきました。

今夜、教務課から電話があり、大学ホームページでも確認したところ、つぎのような内容がしるされていました。

http://www.shirayuri.ac.jp/whatsnew/2007-05-22t.html
からのコピー:

麻疹(はしか)による休講ならびに出校停止措置について

2007年5月22日
白百合女子大学

学生のみなさんへ


本学において、麻疹(はしか)の感染者が複数確認されました。本学として二次感染を防止することが最優先であると判断し、感染拡大防止策として以下の通り休講ならびに出校停止措置とすることを決定しました。
学生のみなさんは、外出を自粛するなど、感染拡大防止を心がけてください。


1.休講期間
5月22日(火)4時限~6月3日(日)終日

2.対象授業
学部・大学院のすべての授業

3.対象学生
学部生・大学院生・科目等履修生・研究生など全学生

4.付記
(1)期間中は全学生のキャンパスへの立ち入りを禁止します。
(2)休講になった授業の補講などの対応については、決定次第掲示などで案内します。
(3)学内で予定されている各種イベントは原則として中止になります。
(4)課外活動も禁止となります。

5.注意事項
現在、発症していない方でも、「はしか」の疑いがある場合、受診後、「はしか」であることが分かった場合は速やかに健康相談室へ連絡してください。
また、風邪らしき症状で休んでいる友人がいる場合、大学ホームページを確認し、健康相談室に連絡するように伝えてください。

電話でうかがったところでは、確認された感染者は3人だったようです。
しかし、3人という少人数の感染者の確認で全面休講にふみきったのは、他大学にくらべて群をぬいて慎重な措置でしょう。
そういえば、きのう出講したときも、出席表とはべつに記入すべき欠席者リストをわたされ、他の受講生にきいてなるべく欠席理由を調べてくれ、という依頼がありました。体調不良での欠席にはことごとく疑いがかけられたことでしょう。
ただし、これはわるくちでありません。慎重さはまちがいなくひとつの美徳だと思っております。

わたしのかかわる範囲では、来週28日が休講、次回は6月4日です。
そして、上記にもあるように、補講日程などは未定です。7月下旬に海外出張が予定されている身ですので、すこし困りそうです。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:34 | コメント (0)

2007年05月12日

臨時のやすみ

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きょうは、研究会でつぎのような発表をすることになっていた。
日時:5月12日(土)15時~18時
場所:上智大学 外国語学部フランス語学科共用室(2号館7階)
発表者: 渡邊淳也(筑波大学)
題目: 間一髪の半過去 (imparfait d'imminence contrecarrée)

しかし昨夜、つぎのようなニュースをネット上でみて、びっくり仰天。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070511-00000248-jij-soci
からの引用:

はしか集団感染で休講=学生の患者10人-上智大
5月11日22時1分配信 時事通信

 上智大(東京都千代田区)は11日、学生がはしかに集団感染したとして、19日まで大学の全学部と大学院の授業を休講にすると発表した。
 同大によると、2日に学生1人がはしかに感染していることが判明。確認された学生の患者数は、9日には4人となり、同日朝の時点で10人となった。感染経路は不明という。 

上智大学のホームページにも、つぎのようなお知らせが出ていた。

http://www.sophia.ac.jp/J/news.nsf/Content/hashika_notice からの引用:

学生諸君へ
2007年5月11日
上智大学
 
麻疹(はしか)の感染についての注意
  
 現在、本学において「はしか」の流行の兆しがあります。「はしか」に罹ったことがなく、37度5分以上の発熱の症状があった場合は、早急に、医療機関に電話で「はしか」の可能性があることを伝えたうえで、診療を受けてください。また、発熱がなくても、「はしか」に罹ったことがない場合は、最寄りの保健所あるいは医療機関で予防接種を受けてください。
 
 なお、5月12日(土)~19日(土)は全学休講とします。課外活動は、本日11日(金)から20日(日)まで学内外を問わず全面禁止します。
 
 この件の問い合わせは、学生センター(03-3238-3523・・10:00~15:00)で受付けています。
  
 大学からの連絡は今後ホームページを通じて行います。
  
 「はしか」の症状
 * 感染後1~2週間で風邪に似た症状(発熱、咳、鼻水等)が出る
 * 2~4日目ごろ一度熱が下がり、口の中に白い斑点が出る
 * 約半日後に再び高熱が出て、体に赤い発疹が出る

主催者がわの先生におうかがいをたてたところ、今朝になって研究会の中止が決定された。

臨時のやすみとなり、こどもとたわむれる。写真はTシャツとおなじ顔をしているというわが子。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:31 | コメント (0)

2007年04月30日

おかしな「大学院改革」

http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/
news/20070423k0000m010120000c.html
からのコピー:

教育再生会議: 内部進学を3割まで削減 大学院改革

 政府の教育再生会議は22日、大学院の教育・研究活動を充実させる改革の素案をまとめた。同じ大学の学部から大学院へ進む「内部進学」を、現在の約7割から3割程度にまで減らす目標値を定める。また、学部学生のうち大学院への進学希望者に限り、学部を3年で卒業して院進学を認める方針を打ち出す。
 23日午前、首相官邸で開く同会議の第3分科会(高等教育)に、大学院改革の検討組織「プロジェクトX」の素案として提示し、5月の第2次報告に盛り込む。
 「内部進学」は、特に理工系の修士課程で8割超に上る。再生会議では「学部4年生の囲い込み」(中心メンバー)が人材交流の停滞や大学院の国際競争力の低下を招いたとの批判があった。
 このため一時、「内部進学」を2割に制限することを検討。これに対し、東大など大学関係者から「学生の学習権を侵害する」と反対論が出たため、他大学への院進学には奨学金を交付するなどの奨励策も併記し、将来的な目標値として3割程度への抑制を目指すことになった。
 院進学者の学部繰り上げ卒業は、法令で原則4年と決められている学部の修業年限を例外的に3年とし、代わりに修士課程(現行2年)を3年に延長することを認める。現行の「4年(学部)2年(修士)3年(博士)」というコースを、例外的に「3・3・2」とすることを認め、研究者の早期養成を促す。
 また、海外の優秀な学生の招致や奨学金に政府開発援助(ODA)を活用し、個人・法人向けに大学への寄付税制を拡大するよう提唱する。【渡辺創】

毎日新聞 2007年4月23日 3時00分

おなじ大学出身の大学院生を3割程度にへらすことをめざすという政策ですが、まるで意味がわかりません。大学院生の出身大学がどこであるかや、大学院進学のときに他大学にうつるかどうかといったことは、「大学院の教育・研究活動の充実」とはなんの因果関係もないと思いますね。
わたし自身、ことなる経歴をもつ大学院生と接していますが、まともな文脈では、出身大学のちがいを意識する機会はまったくありません。あえていえば、むかしの筑波大学にかんする冗談をいうときでしょうか。しかしそれとて、ジェネレーションギャップにより、だんだん当の筑波出身者にも理解してもらえなくなりつつあります (笑)。

それに、どうやって3割程度への抑制を実現しろというのでしょうか。たとえ大学院入試で80点をとっていても同大学出身の受験生なら不合格にして、たとえ60点であっても他大学出身の受験生を合格させろとでもいうのか、あるいは、同大学出身者の出願を門前払いしろとでもいうのか。教育再生会議はそのような不正を強要しようとしているのか。
このことにかぎらず、最近、教育再生会議の提言には、トンデモ科学や、差別助長が多いですね。母乳で育てなさいとか (笑)。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:11 | コメント (0)

2007年04月13日

精神が波立つ

きょうはたのしいことがいくつもあり、こまったことがいくつもあり、うれしいことがいつくもあり、かなしいことがいくつもあり、たえず精神が波立って、浮沈のはげしい1日だった。まさか13日金曜日だからではないでしょうねえ。
ここに書いてもさしつかえないことだけを書くと、1992年以来15年ぶりで会うひとが研究室に突如たずねてきてくださって感激したこと (・∀・*) や、3限の授業にだれもこなくて驚愕し落胆したこと ( il||li _| ̄|○ il||li)、 などなど。いや、しかし、書けないことの方がはるかに多いなあ。

だいたい、季節の変わり目のせいか、この時期はまいとしもともと不調だ。しかもニホンではこの時期に新年度が始動する。あらたな状況がはじまり、多忙もおしよせてくる。
こんな情態のうえにゆさぶりがかかると、わたしのろくでもない精神はたちまちあふれてしまう。というわけで、きょうの日中はほとんどたえずパニックをおこしていた。すべてがぎこちない。いや、いまだって、なんだか言っていることも変でしょう (苦笑)。

変なことをいうついでに、ひらきなおっていうと、4月なかばに復活祭の休暇があるのは、ヨーロッパのながねんの叡智ではないでしょうか。それにひきかえ、ニホンは、この時期に新年度ですよ。もう、オワタ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:39 | コメント (0)

2007年04月06日

職名変更にまつわり学生支援機構にといあわせ

きょう正午ころ、日本学生支援機構 (旧:日本育英会) 返還免除課に電話し、つぎのようなといあわせをした。

「育英会奨学金の特別免除をめざして、現在2年に1度『免除職在職届』を出しているのですが、そしてことしはきまって出す年にはあたらないのですが、この4月から『助教授』の職名が一律に『准教授』に変更されたことをうけて、『免除職異動届』を提出する必要はあるでしょうか」

担当者からは、「一律の職名変更のみの場合は提出の必要はありません。来年の『在職届』にそのことを書いてください」とのおこたえがかえってきた。

想像するに、いま全国の大学教員から、何百件という同様のといあわせが殺到していることだろう。なんというわずらわしいことか。愚かしきかな職名変更。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:10 | コメント (0)

2007年04月01日

きょうから新年度

[exif]
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かすみがかかっているのか、黄砂がとんできているせいか、うすぐもり。
近所にさくらをみにゆくが、ゆうべの雷雨と強風で散りはじめていて、すでにところどころ葉ざくらになっている。
歩いてくると汗ばむような陽気だ。
かえってきてから、ことしはじめて扇風機をつかった。

きょうから新年度にはいった。
わたしにとっては、勤務先がかわった昨年ほどの大きな変化はないが、学校教育法の改正にともない、わたしも帯びている「助教授」という職名が「准教授」にかわった。
しかし、これに慣れるには時間がかかりそうだ。


[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:04 | コメント (0)

2007年03月12日

「この授業の成否は、ひとえにみなさんの、、、」

義務的にひとこまだけ担当しているいわゆる教養課程のフランス語の授業で、最終回に撮っ (てもらっ) た写真を添付して送るため、なんにんかの学生とメールのやりとりをしました。

教養科目のフランス語といえば、とかく動機づけがひくくて、ひどくやりづらいことがすくなくないようで、わたし自身も過去にはずいぶん難渋した経験があるのですが、ことし担当したクラスは、その通り相場を一挙にくつがえす、熱心で優秀な、そしてひとがらもたいへん立派な受講生が集まっていました。
わたしの累計8年の教員経験でも屈指の、とても雰囲気のよいクラスでした。雰囲気というのは無理に作れるものではなく、だれからともなく醸されてくるものなので、これは貴重なことでした。
晴れ晴れしくない気分のときでも、授業で学生のみなさんとお目にかかるのは、わたしにとっては救いのひとときでした。

いただいたメールから、個人情報などの点でさしつかえのない部分のみ引用。

一年間本当にお世話になりました。
渡邊先生の授業、とても楽しかったです。
木曜のフランス語の授業は大好きでした。
授業として分かりやすいだけではなく、先生の授業を受けたあとは元気になれました。

あのフランス語の授業がもうないのだと思うと少しさびしいです。

一年間は意外と速くて、もう二年生になることに少しびっくりしていますが、これからも頑張っていきたいと思います。
先生もお体に気をつけて頑張ってください。
ありがとうございました!!

「授業を受けたあとは元気になれました」というのは意外でした。
わたしはもともと陰鬱 (morne) な人格で、わけあたえることができるほどの元気はもちあわせておらず、逆にもらう方だと思っているからです。
じっさい、とくに1学期は、学会業務でトラブルをかかえていたりして、授業中に泣きごとさえ言いました (教員失格ですね)。

しかしそもそも、「元気」というものは、与えあうものではなく、ひきだしあうもの、あるいはひきだすきっかけになりあえるものなのかもしれません。
「元気になれた」とおっしゃるのは、自分のなかから元気をひきだしたにちがいありません。
そうしたようすをみているわたしも、精神的回復をたすけられたことはまちがいないと思います。

もっとも、そういうことはあくまでも結果的な効用であって、授業のなかでは、語学教員に徹しておりましたが。

べつのメールから引用。

1年間ありがとうございました。
三つあるフランス語の中で
僕にとっては一番面白い授業でした。
時々お話にのぼる他言語との比較とか、
チュニジアのお話など...
(あの後、チュニジアの地球の歩き方を買ってしまいました)
たぶん来年度は専門科目との関係で
フランス語を取れないと思いますが
すこしでもフランス語が出来たことは
よかったと思っています。

記憶のたすけになればと思い、スペイン語やイタリア語との比較を、連想がおよぶままにお話ししたのですが、そこに興味をもつとは、学的な素質があるということでしょう。
(以前に担当していた教養課程のフランス語の授業では、そんな話をするとたちまちつっぷして寝てしまう学生が多かったような気がします。
そうとわかっているならそんな話をするなといわれそうですが、ことし担当していたクラスでは、この話をしてもいいかな、と直感してお話ししたのです)

いっぽう、チュニジアへの出張のあと、チュニジアのことを話題にしたときには、どこの授業でも興味をもってくれるひとが多かったので、おどろきました。
わたし自身、学生のころから計算すると20年ものあいだ、「フランス語といえばフランス」という自明性にひたってきた身で、チュニジアの話題にたいする学生からの反響の多さにおどろくこと自体、まだ旧套を蝉脱しきれていない証拠かもしれません。
ひろいフランス語圏の多様性に目をむけることの意義は、むしろ専門性にはまりこんでいない若いひとのほうが、柔軟につかみとっているのではないかと思います。

メールとちがって転載がめんどうなので、いちいち書きませんが、「批判大歓迎」とことわって最後に教室で書いてもらったコメントにも、好意的なものがこれまでになく多くありました。
それはひとえにあのクラスの理想的な学びの雰囲気のおかげで、そして、わたしがうまく話せなかったことさえもよく理解してくれる、すぐれた学生があつまっていたおかげだと思います。
学生に依存することでかろうじて授業をしているわけで、好評に安心することはまったくできません。
しかし、あらためて考えてみれば、学生に依存することなくして授業をすることなどできるのでしょうか。
「この授業の成否は、ひとえにみなさんの日ごろの取りくみにかかっています」という教員の常套句は、学生に奮起をうながすためのことばとして受けとめられますが、じっさいには、文字どおりの意味での真実ではないかと思います。

がらにもなく職業的なことを書いてしまいました。おはずかしい。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:54 | コメント (0)

2007年03月05日

春の嵐

くもりときどき雨。春の嵐というべき、なまあたたかい風雨が強い。
とおくからきているジェシーくんと、ホルヘさんと3人で、新宿のいつもの酒肆にゆき、いつもの焼酎をのむ。写真まで常同症的。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:57 | コメント (0)

2007年02月25日

円環

晴れ。朝はとても寒く、ひさしぶりに水たまりが凍っていた。

日曜だが入試業務のためつくばに出勤。きょうは前期日程の2次試験。
おもいおこせば、いまからちょうど20年まえの1987年、わたしはおなじ筑波大学のおなじ2次試験を受験したのだった。
おなじ人文学類の、当時と同形式の試験 (120分×3科目、というざっくりとした試験。とくに地歴公民は、400字×4問の論述のみという、いかにも国立大学の2次らしい試験) の場に、こんどは実施がわとして居あわせることになるとは、円環がとじたような、ふしぎな感じがする。

今春はもうひとつ、円環がとじたように感じることがある。
それは、4月から人文学類1年4クラスの担任をつとめることになったことだ (担任といっても、前任校におけるごとく、学生の履修申請の書類の窓口になったりはしないが (苦笑))。
20年まえにわたしが入学して属したのも、おなじ4クラスだった。
こうなると、受験生や入学生のなかに、わたしのひそかな分身がいるのではないかとさえおもえてくる。
いや、わたしだけでなく、19歳のころをいっしょにすごした、わかさにまかせて活溌だったすべてのともだちの分身が。

おもわず、コルネイユの≪Marquise≫の一節をくちずさみたくなる:

Le mesme cours des planètes
Règle nos jours et nos nuits
  (惑星は同じまわりかたをして
  (われわれの昼と夜を律する
On m'a vu ce que vous estes
Vous serez ce que je suis
  (わたしもあなたのようだった
  (あなたもわたしのようになる


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:51 | コメント (1)

2007年01月14日

" Shindoï ", c'est...... mourir un peu

オズヴァルド・デュクロのポリフォニー理論は、話者 locuteur を、すくなくともふたつに分裂させる。まず、話者としての話者 locuteur en tant que tel で、これは当該の発話文を発するかぎりにおいてのみ存在する話者、役割としての話者といってよい。もうひとつは、個人としての話者 locuteur en tant qu'individu で、なまみのからだをもち、世界を生き、経験する個人としての話者だ。「わたし」というときには、自己指示 auto-désignation がおこなわれているが、そのときまさに自己は指示行為の主体と客体に分裂していて、さししめすがわの主体が話者としての話者で、さししめされるがわが個人としての話者であるといえる。
このふたつの話者の区別によって、たとえば、感情表現のふたつのタイプをわけることができる。かなしみを例にとると、属詞構文をもちいて「わたしはかなしい Je suis triste」という場合は、かなしみは個人としての話者に付与されている。それに対して、間投詞をもちいて、「嗚呼 ! Hélas !」という場合には、発話そのものがかなしみに染めあげられており、したがって、かなしみは話者としての話者に付与されている。
後者の場合、発話は客観性をうしない、感情そのものと同化する。わたしというニホン語話者には、そうした状態になっていることを示すきわめて明確な指標があって、それは、19歳になるまでをすごした (といっても、すでに人生の半分以上はそれ以降なのだが)、大阪的なヴァリアントのニホン語がくちをついて出てくるということだ。「難儀やなあ」とか、「えらいこっちゃ」とか。
とくにさいきん、どうしてもいうことをやめられないのは、「しんどい」という形容詞だ。戯語的に関東のひともつかっているが、「しんど (い)」というのは、わたしの場合、やはり身体感覚としてある。「つかれた」でもない、「くたびれた」でもない「だるい」でもない、しかしいくらかはそのどれでもあるような、「しんどい」。
東京うまれの妻と、そして、ふだんは、どこのものでもないような根こぎ (déraciné) のニホン語をつかっているわたしにそだてられている子どもは、もちろん「しんどい」を理解しない。わたしが「しんどい」というのをきくと、「死んだ? 死ぬ?」といって心配するので、そのたびに笑いに救われる。子どもとしては、「しんどい」という語形は、「死ぬ」という動詞から派生したものではないかと推測したわけだ (「死ぬ」は撥音便をおこす動詞なので、その点ではたしかに形態的にちかづく)。


[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:07 | コメント (0)

2007年01月13日

たましいのないシゴト装置?

成人の日の連休があけた9日からシゴト。
やはり、はじめの1週間はきつい。やすみにはすぐ慣れるのに、シゴトにもどるのはとてもしんどい。 だれでも多少はそうだろうが、わたしの場合は、人格の核が徒食者でできているらしくて、根源的なつらさをかんじる。
だから逆に、勤勉なひとが、たとえば停年後に「閑暇にたえられない」となげくのは、わたしには信じがたい。荷風ではないが、糧道の心配さえなければ、一生の閑暇がほしい。
しかしそのような状況が得られないいま、万般の多忙にもかかわらず、充実感はまったくなく、索漠たる日々をおくっているように感じる。
いやむしろ、順番を逆にいうべきだろう。内心は陰陰滅滅としているのに、それはとまったく無関係に、例外的に手足はうごいている。なんともふしぎなことだ。
凡庸ないいかただが、「たましいのないシゴト装置」になりつつあるのか。
しかし、それでもよかろう。思想的にはとうに死んでいることだし(哄笑)。

アナトール・フランスの『エピクロスの園』をおもいおこす。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:36 | コメント (0)

2007年01月01日

2007年

としがあらたまりました。
ことしもどうぞよろしくおねがい申しあげます。

いくつかしごとをかかえこんでのとし越しでしたが、あしき体調もわざわいして、しごとはいずれも遅々としてすすんでおりません。
(しかし、このほうがわたしの常態にちかいような気もします)
そのようなわけで、この正月は各方面に不義理つかまつり、かたつむりのようにのろのろとしごとをつづけることにします。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:58 | コメント (0)

2006年11月30日

出発まぎわ

晴れたが、北風がつよく、さむくなった。

チュニジア出張への出発を明後日にひかえて、そろそろ旅装を準備するべきところなのだが、出発前に返送するべき辞書の原稿が最後まではできていなかったため、(いちど気分転換に川べりにゆき、下記の写真をとってきた以外は) 閉居して執筆に時間をついやす。

そのあと、いまさらながら、チュニジアへの往復で利用するエールフランスのホームページで、機内持ち込み荷物の規制を調べた。
8月なかばの最大限の規制はとけているようだが、それでもなかなかめんどうそうだ。荷づくりは明日するつもり。なにもかも、どろなわだ。

チュニジアは東京よりあたたかく、もっともながく滞在するまちであるスースの天気予報によると、むこう5日間は毎日最高気温が20度以上の見込み。
学会発表を主目的とする出張とはいえ、あまり緊張するとろくなことはないので、避寒のつもりで、つとめて気楽に行ってこようと思う。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:52 | コメント (0)

2006年11月23日

よしなしごと

「由無し言」であって、「止しな、仕事」ではありません (笑)。

*****

最近は、4歳のこどもといっしょにふろにはいるとき、こどもの桃のようなお尻をてのひらでつつんで、湯船のなかでぷーかりぷーかりとうかべてあそぶことをつねとしています。
しかし、そのあそびをするたびに、こんなことができるのもあと何年だろうか、と思います。

*****

チュニジアゆきの旅程がようやくわかりました。

12月2日成田発、パリ Paris 経由で同日チュニス Tunis 着
3~6日、スース Sousse 滞在、学会にて発表
7日、エル・ジェム El Jem、マトマタ Matmata を経てドゥーズ Douz へ
8日、タメルザ Tarmeza を経てトズール Tozeur へ
9日、スベイトラ Sbeïtla、ケルアン Kairouan を経てチュニスへ
10日、チュニス発、パリ経由で帰途につく
11日、成田着、成田から白百合女子大に直行し授業をする!
(o_ _)o バタッ!

*****

来年度、総合科目 (オムニバス授業) のひとこまを、「シャンソンとフランス語」なる題目でひきうけることになりました。
1回かぎりの打ちあげ花火にすぎませんが、さあ、ブラッサンスのはなしでもしましょうかねえ。

Vénus parfois vous donne
De méchants coups de pied
Qu'un bon chrétien pardonne
(Brassens, "Le bulletin de santé")



投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 00:49 | コメント (4)

2006年10月24日

秋霖、胃痛、(不) しあわせ

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一昨日の夜から雨がふりはじめ、すでにまる2日ふりつづいている。
とくに今朝出勤するときは、9時すぎ、ちょうどつくばに着いたころから風雨が強まり、横なぐりの大雨になった。
そとをあるいていると、はだざむい。つくばでは、昼間でも気温が11度くらいしかなかった。

きのうから胃がいたい。最近は節制していたのに、なぜだろう。
しかもきのうの昼食に、ついつい惰性で重いものをたべてしまったので、ますます胃がひっくりかえった。
きょうから、昼食は山菜そばに限定 (苦笑)。

気候とおなじように沈んだ気分になりがちだが、そんななかでも、いくつかは (自宅でも、大学でも、それ以外でも) こころがあたたまることもあり、おかげでなんとかやってゆけそうだ。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:50 | コメント (0)

2006年10月13日

偶然

さわやかな秋晴れ。きのうまでの夏日が解消し、すずしくなる。

ちかいうちに紹介したいとおもっていたふたりの知りあいが、じつは偶然にも、もともとたがいに知りあいだったということがわかった (たがいに「同業者」というわけでもない)。世のなかは狭い。
こんなとき、スペイン語では、El mundo es un pañuelo (世界は1まいのハンカチだ) というそうだ。

CNRSで研究をしているかたとひさしぶりで連絡がつき、メールで4本ほど論文を送っていただけた。
このかたの研究テーマはわたしが12月にチュニジアで発表しようとおもっていることと近く、たいへん参考になりそうだ。
しかも、送っていただいた4本のうち1本は、ことしの2月、 Institut Supérieur des Langues de Tunis (Université du 7 Novembre) で開かれた学会で発表なさったものだという。おなじチュニジアということで、これまた偶然だ。

きのうもきょうも、学生との対話のなかで、うれしいとおもうことがいくつもあった。
たまさかに、じんわりと、このしごともわるくはないとおもう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:40 | コメント (2)

2006年10月04日

なぜくちひげをたくわえたか

なぜくちひげをたくわえたか。もとより、たいした理由はない。
社交的なひとは「おや、くちひげをのばしたのですね。どうなさったのですか」などとあいさつがわりに質問してくださるが、あまりまともにこたえられない。
うそでなければよい、ということであれば、いくつものこたえが可能だ。
じっさい、いうたびにこたえはかわっている。それぞれに真実の一面だ。

・これまでひげがうすかったが、このとしになってようやく若干それらしくなってきた (ただし、いまもあまりたいしたことはない)。
・去年とことしの長期休暇に無精で2度たくわえたが、じつは無精ひげもめんどうだということに気づき、2度ともそってしまった。3度目の正直。
・12月にチュニジアへの出張を予定しているので、チュニジアふうの (と推定される) かっこうをしようかとおもった。
・おっつぁんのとしになったので、おっつぁんらしくしようとおもった。
・精神を反映して、まのびしたかおなので、特徴をつけようとおもった。
・こどもがさわってたのしそうにするので、おもちゃがわりにのばしている。
・くちのうえにふき出ものができて、なかなかそれないでいるうちに定着した。
・藤本義一が「くちひげをのばしているやつは人生を投げている」といっていた。
・ジョルジュ・パラントがすきなので、それをまねようとおもった。
・ジョルジュ・ブラッサンスがすきなので、それをまねようとおもった。
・ドメニコ・モドゥーニョがすきなので、それをまねようとおもった。

などなど。それにしてもきょうは疲れた。しかも、もちかえったしごとがたくさんある。こんなことを書いているばあいではないので終了 (それなら、はじめからなにも書くなよ、とじぶんにいってみる)。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:35 | コメント (2)

2006年09月16日

Et si je m'en vais avant toi...

通勤に利用している「つくばエクスプレス」の、くだり電車が途中駅を発車するときにながれる放送につかわれている音楽が、どこかできいたことがあるとおもえて、ずっと気になっていた。
最近になってようやく、フランソワーズ・アルディのシャンソン、≪Et si je m'en vais avant toi≫の出だしであることに気づいた。

-もし、わたしが、あなたよりさきに死んだら、、、

かなしく、さみしく、うつくしいうた。うれいをふくんだアルディの声に媒介されると、なおさら、せつない想起空間がひろがってゆく。
だれが、どんなつもりで、こんなシャンソンをまあたらしい駅のプラットフォームできかせようとおもったのか。

ちなみに、のぼり電車が発車するときにながれるのは、スピッツの≪涙がキラリ≫の最後だとおもう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:28 | コメント (2)

2006年09月09日

閑暇が研究の前提

ここのところまいにち、日中は蒸しあつい。予報では、明日までは真夏の暑さがつづくらしい。
筑波では、研究室や大学院の教室とちがって、学群の教室には冷房がはいらないので、授業をして、もどってくると、それだけでもう、しばらくぐったりしてしまう。

学期明け早々から、いろいろなしごともふえた。大学の雑務、辞書執筆のしごと、そして11月、12月には研究発表。あわよくば11月までに書きたいものもある。遅鈍なわたしにはこなしきれるのかどうか、これから12月はじめまでは剣が峰だ。
以前、「雑用が多ければ多いほど論文も多く書ける」と豪語なさった先生がおられたが、わたしにはそのような芸当はできそうにない。ある程度の閑暇が研究の前提だという気がする。

*****

こどもが午睡をはじめるときなど、子守り歌にうたってあげる童謡は、わたし自身が幼稚園児のころいちばん好きだった≪浜千鳥≫。

青い月夜の浜辺には
親をさがしてなく鳥が
波のくにから生まれでる
ぬれたつばさの銀のいろ

夜なく鳥のかなしさは
親をたずねて海こえて
月夜のくにへ消えてゆく
銀のつばさの浜千鳥

でも、わたしがおさないころは、こどもごころに、≪はまちどり≫って、魚のハマチをこのんでたべる鳥かなあ、とおもっていた。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:17 | コメント (0)

2006年09月01日

2学期開講

一昨日しるした予定のとおり、きのうからきょうまでつくばに1泊してきました。
つとめさきが遠いので、深夜や早朝に用件があるときには気軽に泊まることにしているのですが、その場合、出勤がちょっとした旅行にかわるような気がして、それはそれでたのしいです。

きのうは研究会がおわったあと、総勢7人で筑波山麓にある「八郷 (やさと) 温泉・ゆりの郷」で温泉につかり、そのあとビールでかんぱいしました。
本格的な温泉に入浴でき、食事には地元特産の豚肉、しゃも鶏肉、がちょう肉などがあり、ねだんも安いので最高でした。
個人的には、ふろの湯かげんが熱すぎないところがまた好きです。
農協の経営なので、やさいやくだものを売る物産館も併設されているのですが、これまたやすくて、とてもおいしい (昼間には同系列の店で、ぶどうとなしを買ってたべました)。
いっしょにきた大学院生のひとりが、ふだんは「かんなぎ」のように清淡なかたなのに、俄然「わあ安い。わあおいしそう」と歓声をあげ、あれこれ買っておられたのがほほえましいことでした。

そして、きょうから2学期の平常授業開始。

一昨日もしるしたように、筑波大学は3学期制です。夏やすみは7月から8月。
2学期は11月なかばまででおわり、秋やすみをはさんで12月上旬から3学期。
年末年始は3学期を中断するかたちで冬やすみ。
3学期は2月いっぱいつづき、3月は中旬まで入試業務。このへんは、率直にいって (とくにわたしの前職にくらべて) とてもきついと感じます。

着任1年めで、はやい夏やすみ明けにまだ なれていないことと、くるしげな前途の展望があいまって、きょうはなかなかつらい日でした。
午前中にひとこま、大学院の授業。熱心ですぐれた大学院生のみなさんのおかげで、なんとかつとめることができました。

しかし午後の授業は、学群3、4年むけの専攻科目で、4人の受講生のうち、出席はひとりだけ。「こんな日にわたなべが授業をするはずがない」とおもわれているのでしょうか。まあ、そうでしょうね。
さすがにこちらではテクスト講読をさきにすすめることはせず、ただひとりきてくださった4年生に卒業論文の進捗をうかがうなどしました。
2学期分の教材をまとめて印刷したり、教育用図書の選定などいくつか雑務をかたづけて、どうにか、2学期初日のしごとはおわり。

♯後刻追記: 午後の授業で、唯一待っていてくださったとおもっていたかたとわたしの2人だけが、ちがう教室に行っていたかもしれないという気がしてきました。
2階と3階のまったくおなじ位置にある、おなじつくりの教室なのでまちがえやすいのですが、もしそうだとしたらたいへん申しわけのないことをしてしまいました。
まちがえていたかどうか、真相は後日あきらかになるはずです。
もしまちがえていたのなら、やはり、授業再開当日で、相当にあたまがぼんやりしていたのだろう思います。

♯9月2日追記:おわびのメールをみなさんにおおくりしたところ、そのうちのおひとりから返信があり、やはり教室をまちがえていたようです。
ひゃー、まことに申しわけありません!

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:19 | コメント (4)

2006年08月30日

「8月ひきのばし装置」(®おくいさん) がほしい

きのうはうちあわせがあり、出勤した。

21日に言及した、大学でのLAN接続の問題の顛末。
24日にべつのパソコンをもちこんで設定し、接続をこころみるがつながらず、やはり断線が考えられるとして即日修理依頼をだしておいた。
しかし、じつは断線などではなく、べつの工事がはいったときにおおもとで接続を切ったままだったことが判明し、きのうには復旧していた。

筑波大学は3学期制なので、7月1日から8月31日まで夏やすみだ。
2学期制の大学 (わたしが昨年度まで勤務していた大学もふくむ) にくらべて、夏やすみのはじまりもおわりも1か月早い。
しかし、7月が「夏やすみ」だとは言い条で、授業こそなくなるが、7月第3週まで会議や他業務がはいっている。
そうすると、これも「他大学比」だが、夏やすみが実感としてみじかい。
いうまでもないことだが、「夏やすみ」こそは研究のかきいれどきであるだけに、この余裕のなさは痛撃だ。
「8月ひきのばし装置」(®おくいさん) がほしい。

あす (31日) は午後いっぱい研究会で、夜には懇親会、そしてあさっての1日は朝から授業開始なので、あすはつくばに泊まることにした。
夏やすみを「葬送」するイヴェントといったところか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 10:55 | コメント (0)

2006年08月22日

人事院勧告ゼロの背景

きのう、筑波大学ユニオンのニューズレターの最新号 (印刷版) がメールボックスにはいっていた。
いつも同じように届けられては目を通していたものだが、今号の記事では、ひとつ新しく知ったことがあったので、以下におなじ号の Web 版からコピーしておく。

筑波大学ユニオンニュース NO.55からの引用:

人事院勧告 月例給もボーナスも改善なし 官民比較方法を見直し

 人事院は8月8日、給与勧告を行いましたが、官民比較方法を見直した結果、官民較差は微少であるとして月例給・一時金の改善を見送りました。また、給与構造見直しに関わる勧告や育児のための短時間勤務制度等の意見の申出を行いました。
 昨年までの比較方法では、月例給で1.12%、4,252円、一時金で0.05月分の官民較差が生じていますが、比較対象企業規模を従来の「100人以上」から「50人以上」に拡大するなどの見直しによって、本来行われるべき月例給・一時金の改善勧告が見送られ、公務員給与水準は大きく抑制される結果となりました。この官民比較方法の見直しは、人事院が、政治の圧力に屈して総人件費削減政策に荷担したものであり、本来、労働基本権制約の代償機関として、中立・公正な第3者専門機関であるべき人事院の独立・中立性は大きく損なわれたといわなければなりません。 [強調引用者]

ここ数年、ほとんどゼロにおさえられてきた (2002年、2003年、2005年はマイナスだった) 月例給・期末手当のひきあげが、ことしもゼロにおさえられたということで、マスコミの報道でみたときには「最近の趨勢の延長」のようにおもっていたが、じつは「国側が不都合になったのでルールそのものを変更した」という背景があったのだ。
官民比較は、去年までは民間の給与水準の低さにちかづけるかたちで人事院勧告を低くする根拠になっていたが、おなじ根拠にもとづいていたのでは、ことしは民間の給与水準のほうがまさってきて、官のほうを上げざるをえなくなってきたので、あわててルールをかえたということになる。
こどものとき、あそび相手にいたでしょう、ゲームで自分が負けそうになるとにわかにルール変更をいいだす、しようもないやつが (笑)。

比較対象となっている、上昇してきた民間の給与水準さえ、戦後最長の「いざなぎ景気」をかるく超えるといわれている現在の景気拡大の実情をうつす水準からはほど遠い。

♯後刻追記。こういう話題は、けっきょく自己権益の追求とみなされて、(とりわけ同業者のなかには) みずから言いだすことを「禁欲」しているひとがおおいようにおもう。
しかし、景気回復にもかかわらず、雇傭や給与面があいかわらず貧弱になる一方というここ数年の日本をおおう全般的な傾向があるなか、すくなからぬ影響をもつ人事院勧告がその方向性をいわば追認したことの意味は大きいので、あえて無粋なはなしをしてみたくなった次第。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:22 | コメント (0)

2006年08月19日

溽暑、腰痛、非生産性

イスラエルによるレバノン市民の殺戮やら、ヤスクニ神社をめぐる騒動やら、新聞をひらくたびにこころがさむざむしくなるお盆がすぎた。
ある修道院では、こころの平静をたもつために、日刊紙を購入しないことにきめているらしいが、わたしのような俗人でもそれをしたくなってしまうほどだ。

それに「なまけものの節句ばたらき」は、なんだか、精神的にとてもきつかった。
ようするに、夏休み明けに体験するはずのストレスが、ときをかえて、予想外のときに急襲してきた感じ。
すっかり夏やすみモードになっていたのに、教員モードという、にがてな対人モードのなかでもきわめて特異な対人モードに一気にもってゆかないといけない。無理。
当然の帰結として、不器用をとおりこした、ぎこちない応対に終始した。消えてなくなりたいほどの自己嫌悪。
こんなことできついきついといっているようでは、端的にいってこのしごとに向いていないのではないかとおもうのだが、ほかにできることもなくて、もうだめぽ。
(´・ω・`)モキュ (<しつこいかしら)

*****

ここ3日ほどで、颱風10号が九州を縦貫していった。
とおい関東にもその影響はあり、颱風の東がわをふくつよい南風にのって、まいにちたいへんなむしあつさだった。
とくにおとといは、颱風の外廓をとりまく雲がかかってきたので、間歇的に雨がふってはすぐに陽がさすという、もっともむしあつい日だった。洗濯ものを2階のバルコンにだしてはひっこめ、だしてはひっこめた。
そしてきのう、きょうは34度を超えるきびしいあつさだった。明け方も28度くらいある。
それなので、おとといからいまにいたるまで、まいにち24時間冷房をつけっぱなしにしている。

湿度のせいか、去年の1月以来ひさしぶりに腰痛を再発してしまった。おととい、ダイニングチェアーにすわって子どものあいてをしていたら、ぴりっと来た。
ダイニングチェアーは腰痛の大敵なので、パソコンのまえでつかっているバランスチェアーを、べつの机のまえにも、食卓のまえにももってゆき、それにすわっている。さいわい、そのようにしていると、きょうはかなりらくになった。
メントールがふくまれたぬりぐすりをわたしがつかっているのをみて、子どもが、「いたいいたいのおくすり」といって、似た形状の積み木を手にとり、じぶんの腰にぬるまねをしている。妻はそれをみて、「おやじくさい」といっている。やれやれ。

*****

きょうはかなり長い時間、パソコンにむかって論文を書こうとしていたが、ほとんどうんうんうなっていただけだったので、なにかをしようとしていたという痕跡さえ、どこにものこらない。
いくらか書いたものさえ、読みかえしているうちに失敗にしかみえなくなったので、消してしまった。
このような非生産性をなげかずにいられるだけの精神的な余裕も、ない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:46 | コメント (0)

2006年08月12日

新宿で焼酎をのむ

朝から雲が低く、昼すぎまではとてもむしあつい。
午後から夕方にかけて雷雨の予報が出ていて、きょうの天気とおなじように気分がすぐれない。
昼食後、13時ころから雷鳴がきこえはじめ、たちまちちかづいて、はげしい雨がふる。
しかし、そのおかげで、にわかにすずしくなる。

出かけるころには雨はやんでいて、すずしさだけがのこっている。
小田急で新宿へ。落雷で電車がおくれているとのことだったが、まちあわせには間にあった。
17時30分に新宿でホルヘさん、ジェシーくんとまちあわせて、半年ぶりにいっしょに飲む。
このメンバーで飲むときはいつもゆく、「ど昭和」な酒肆。
3人で麦焼酎の900ml 瓶をあけて、あまりここには書けない本音のはなしをして、いくらか気分がおちつく。
こういう「ガスぬき」の機会がもっとあるといいなあ。

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投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:38 | コメント (0)

2006年07月22日

てるてるぼうず

今週にはいってからは、梅雨がもどってきた感じで、まいにち雨がふっている。
気温も日によっては最高20度くらいで、しのぎやすい。
わたしとしては、雨がふってもいいから、冷涼なほうがいい。
しかし、子どもはそうはいかないので、幼稚園でてるてるぼうずをつくってくる。

#メール添付での投稿、成功しました。おさわがせいたしました。

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投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:11 | コメント (0)

2006年07月04日

Tout est dit (La Bruyère)

ラ・ブリュイエールの『カラクテール』(1688年) の劈頭、

すべてはすでにいわれている。もうときはおそいのだ。人間はすでに7000年以上も存在しており、かんがえているのだから。
ということばがあり、これはひとをがっかりさせる。
15世紀にそういわれていたのだから、21世紀のいまなら、もちろん、なおさらだろう。

たとえば、フランスの美容院のいりぐちに、ときどき、≪Ouvert le mardi (火曜営業)≫とかかれているのを目にする。
これは、「週に1日、火曜日だけ営業する」という意味ではなく、「美容院は通常は火曜は休みだが、この店はその常識に反して火曜日に営業する」という意味だ。わざわざいうにあたいすることだけをいっているのだ。
パリのまちなかでそのことに気づいたとき、わたしはとてもうれしかった。いつかこれを話題にしようとおもっていた。
ところが、オズワルド・デュクロのどれかの書物 (たぶん L'argumentation dans la langue) をよんでいたら、すでにそれとまったく同じ話が出ていた。
、、、という経験を、もう数年まえにしたことを、いまなぜかおもいだした。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:32 | コメント (6)

2006年06月10日

準備は遅々として

土曜日。午前中は日が照って、午後にはくもってくる。それでも気温は27度で、蒸し暑い。

おとといの研究会は、じつは今月フランスに行って研究発表してくる内容を予備的に話したものだったが、コメントをいただき、原稿を書きかえなければいけないところが出てきたので、ながい時間、パソコンのまえでうんうんうなっていた。
しかし、原稿は論文としてのちに投稿するものであって、その内容と関係しているとはいっても、発表そのものの準備はまたべつなので、むしろ準備はすすまなかったともいえる。
午睡のまえの子どもと庭にでてたわむれたのが唯一の休息だった。子どもは、抜いた雑草をつめたごみ袋をはこんでくれたりして、たのもしい。

* * * * *

きのうからサッカーのワールドカップがはじまったらしい。
わたしはすでにこの moblog にも書いたように、おととい、きのうは泊まりがけでつくばに行っていて、その2日間、新聞もよまず、テレヴィもみなかったので、さいわいにもきょうになるまで知らなかった。
あれは要するに擬似的戦争 (いや、擬似的どころか、1970年 1969年 [ゆうさんのご指摘により訂正。ワールドカップ開催年にひきずられて1970年とおもいこんでいました]にはホンデュラスとエル・サルバドールがワールドカップの予選試合を発端とするほんものの戦争をおこしている) なので、報道をちらっと見るだけでもこころが落ちつかなくなる。
ところが、まさにその不安を、「もりあがり」としてたのしむひとが世のなかにはおおいのだろう。
しかしわたしはサッカーのワールドカップにはたてつづけに迷惑をこうむっていて、私怨といってもいいほどの感情をもっている。
とくに前々回のフランス大会では、ちょうど留学中の身でパリ7区に住んでいたのだが、ワールドカップの期間中に、某国のサボーターがわたしの住んでいた建物の2軒となり (といっても棟つづきだ) に放火する事件があり、あぶないところだった。
今回はドイツなのでさすがに関係ないだろうとおもっていたら、さにあらずで、18日からのパリ出張の切符がたいへんとりづらかったのは、フランスゆきまでもが乗りかえ便やついでの観光客でこの時季にしては異例の混雑だったからだ。

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投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:29 | コメント (0)

2006年06月04日

京王線バトン

つぎのひとにまわさない主義のmoro さんから、勝手にうけとったバトンです。
(ほんとうはこんなことをしている場合ではないのですが、作業効率がおちてきたところだったので、息ぬきです)
わたしは小田急沿線に住んでいるので、京王線とはとくに縁がふかいわけではありませんが、週に1度、白百合女子大に出講するときに利用しています。

●「京王線」バトン
Q1:どの駅が好き?
ひろびろとした多摩センターが好きです。

Q2:調布でうまく乗り換えられる?
そのままのりつづけていることが最良であるときに、のりかえようとおもってうっかり降りてしまうことがあります。
おそらく、「のりかえの達人」は、「よけいなときにのりかえない人」でもあるのでしょう。

Q3:準特急って必要?
「必要」を「他の方途がいっさいない、不可欠なもの」という厳密な意味に解すると、「必要」な種別は各駅停車だけになってしまいます。
そんなこたえではいじわるだといわれそうなので、とりあえず、はやそうでおそそうな煮えきらない名まえをあらためたほうがよいのではないでしょうか、とでもいっておきましょう。

Q4:女駅員のアナウンスがハイテンションなのはどう?
これは女性の駅員ではなく、自動でながれるあらかじめ録音されたアナウンスのことをいっているのではないかと推測します。
あたかも満面の笑みをたたえて、よろこびに躍動するかのような発声なのですが、つかれているときは、かえってあてられる感じです。
ひとといっしょにいたときに、おもわずいちど、「電車が来るのがそんなにうれしいか、来るほうがあたりまえやないか」とつっこんだことがあります。

Q5:都営新宿線に切り変わるときどんな気持ちになる?
新線新宿には片手でかぞえるくらいしか行ったことがありません。
ん? 笹塚ではなくて、新宿できりかわるのですよね?

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:52 | コメント (0)

2006年05月27日

文事に沈潜するつもり

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朝からずっと、つめたい雨がふっています。でも、わたしとしては、きょうくら いの冷涼さが好きです。
きょうは午後、某委員会の委員長業務のひきつぎのため、早稲田に往還しまし た。これでようやく、すっかり肩の荷がおりました。

いいかげんで来月の研究発表の準備もしないといけないので、今週末 (の今後) は 文事に沈潜するつもりです。
ネット上のたちより先には不義理をいたしますが、ご諒承ください。きょうの記 事もこれにておしまい。

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投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:28 | コメント (0)

2006年05月07日

ボヴァリスム

脳みそがとろけそうな連休も、きょうまででおわりだ。

ジョルジュ・パラントが縁で知り合ったステファヌ・ボーさんから、11月にソルボンヌでボヴァリスム (bovarysme) にかんする研究会があるというお知らせをしぱらくまえにいただいていた。
が、それはいくらなんでも、19世紀フランス文学を専門にしているひとのしごとだろうとおもって、参加は遠慮したいという返事をした。
11月の研究会は、今月ソルボンヌの大学出版からジュール・ド・ゴルティエの『ボヴァリスム』(「ボヴァリスム」という観念は、この書物のなかではじめて明示的に提唱された) が復刊されることを記念し、かつ『ホヴァリー夫人』がはじめて公刊されてから50周年になるのを記念する機会でもあるという。

パラントは、いうまでもなく『ボヴァリスムの哲学』をあらわしており、それがパラントとボヴァリスムの接点である。
しかし、この書物はむしろ、ゴルティエにたいする評論として書かれたものであり、ボヴァリスムは、かならずしもパラントが直接にとりくんだ主要なテーマではないのではないかと思う。
ただ、『ボヴァリスムの哲学』は、パラントの著書のなかでももっとも難解な1冊であり、わたし自身、とても理解しているとはいいがたい。よく理解していないものについて、「主要なテーマではない」といってしまうのは、なんとも気がとがめる。わからないから周辺的なあつかいをするのか、といわれれば、かえすことばがない。
そのようなわけで、『ボヴァリスムの哲学』は、何年かごとに読みかえしたいとおもっている。

ああ、それより、目前の懸案 (複数) にとりくまなければ!

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:24 | コメント (0)

2006年04月22日

辻潤を文體模冩してみやうか

▼新年度の繁忙、さうして、轉任にともなふ繁忙で4月ももう3週間がすぎさつてしまつた。けふ(土曜)も文學會の幹事會で恵比壽にいつてきた。5時間つづく會議はつらい。
▼心身ともに疲勞してをり、いつものやうにここに駄文をつらねることもままならない。休載宣言などしてしまひたいが、もとが怠惰な人間であつてみれば、そんなことをしたらそれこそ永久に書かなくなりさうなので、ここは辻潤かなと(はあ?)。
▼しかし、いくらなやんでみたところで、どうせなにごともうまくゆくはずはないのだ。このさい、ただひらきなほつてしまふほかにすべはないではないか。べらんめえ。べらべらのぎむげむ。
▼このあひだ大學の教室で、「わたしは1987年に大學に入學しました」といつたところ、「わたしはそのとしにうまれました」といふこたえがかへつてきて、衝撃のあまりわたしはあしもとにくずれてしまつた。
▼わけもなく、やたらにとしをとつてしまつたといふことだ。ときははるかにたちすぎてしまつたといふことだ。このやうなことは、どうしたつてとりかへしはつかない。
▼しかしそのやうなたどうしやうもないわたしに對して、學生たちはなんと清く、なんと純粹なのだらうかとおどろくばかりだ。
▼とりわけつくばの學生はこちらが申しわけなくなるほどの純粹さだ。わたしの方がつくばをはなれて十餘年、こちらが「頽廢の都塵」にそまつてしまつたかとおもふくらゐ(いや、實際そまつてゐるのだが)。
▼これがつくばの美風だらうか。しかし卒業してから、狡猾きはまりない世間にでてゆかなければならないとすると、きびしいおもひをすることになるのではないかと心配してあげたくもなる。
▼先週、ガイダンスで教員がかはるがわる話をする場にいあわせたが、「數年まえまでは上級生にガイダンスをしてもらつてゐたのですが、履修などのうらわざの紹介に終始して實がないので、教員がするやうになりました」と司會の先生がおつしやつてゐた。
▼その規範性に對する反動といふわけではないが、わたしはおもはず、ある授業の初囘で、みづから、ほかならぬ「うらわざ」を傳授してしまつた。
▼かならずしも邪道をすすめるといふつもりではない。制度を熟知するためには、その限界的ケースがどのやうなものかを知つておくことは、むしろ必要なことではないか。
▼いやいや、わたしは教訓をたれるやうながらではない。たんなるアンテイテーズだとおもつてください。
▼ところで、つくばエクスプレスの電車が淺草驛にはひると、地下ふかいはずのプラツトフオームから車内にまで、うなぎのにほひがただよつてくる(かうして話がとぶのが辻潤的かと)。
▼辻潤は、日本にはうなぎがあるから佛蘭西にゆくことなど問題ではない、などとのたまつてゐたが、うなぎのにほひに食欲をそそられるうちは、まづ元氣なのだとおもつてまちがひはない。
▼こちらがおとろへてきてゐると、うなぎのにほひはむしろ強すぎて、あてられるといつたかんじだ。 けふも、なにもたべたくない。夜になつてから、やつと食事らしい食事をとる。
▼いつたいなにを書いてゐるのか、そんなものはちらしのうらにかいておけ、といふのが2ちやんねるで「反復される言説」 (discorso ripetuto、コセリウの用語) だが、しかし、辻潤はどこか2ちやんねる的で、「ちらしのうら」的なのではないか。
▼これが辻潤の現代性だといつたら、信者からおこられるだらうか。いや辻潤に「信者」なんてゐたら、こんどはその「信者」こそが、辻潤からおこられるだらう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:51 | コメント (3)

2006年04月13日

筑波大学でのはじめての平常授業

くもっているが、蒸し暑い。梅雨のような空気だ。電車にはクーラーがはいっていた。
夕方には雲が地上におりてきたような霧がかかる。

祖父母の命日。
もうなんべんもはなしているが、祖父母はぐうぜん、べつのとしのおなじ日に亡くなった。

筑波の平常授業 (のうち、わたしが担当するもの) が開始される日。
ふたこまの授業をつとめる。
とりたててつよい帰属意識もないつもりなのに、自己紹介をするとき、くちをついて出てきたことばは、「わたしもみなさんとおなじ、筑波の人文学類出身です」といったことばだった。
かつて、わたしじしんも専門の授業をうけた、そしてそこから「巣立った」つもりになっている教室で授業をしていると、円環がとじたような、ふしぎな気分になる。
これまでも筑波大学で非常勤講師をしたことはあったので、筑波でおしえるのははじめてではない。
ただ、以前非常勤で担当していたのは共通科目のフランス語 (いわゆる一般教養科目) だったので、わたし自身もいた人文学類の授業を担当するのははじめてだ。
筑波の学生は、そしてとくに人文学類の学生は、20年ちかいときをへだてても、なんとなく、わたしが学生だったころの学生たちと同質の、独特の「純粋さ」 (これはかならずしもたんなる讃辞ではない。純粋さはまた、社会的にあまりこなれていないこととべつのことではないので) をもっていて、個人的な偏愛でいうと、たいへん好ましい印象だ。
「非=実学」に敢然ととりくもうとする学生たちだから、おのずからそのような雰囲気になるのかもしれない。

そして、息子にとっては、きょうが幼稚園のはじめての平常通園日。
きのうの入園式とちがって、きょうは、この子もほかの子と同様、母親からはなれて、園の送迎バスにのらなくてはいけない。
あまえっ子のこととて、予想どおり、母親からはなれたくないといって、しばらく泣いていたという。
幼稚園の先生が電話で状況をお知らせくださったが、園でもかなりの時間泣いていたらしい。
しかし、かえりには機嫌よくなり、「ボール遊びがたのしかった」などといっている。
このさきどうなることやら。なんとか園でもたのしみを見つけて、軌道にのるとよいが。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:21 | コメント (2)

偶景

小田急線の電車で、多摩川をわたるとき、「あっ、ほら、あそこが小学生をなげおとす殺人事件があった中野島のマンションよ」といっているおばさんがいた。


[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや@モバイル | 投稿時刻: 16:46 | コメント (2)

2006年04月04日

あれやこれやと、ときを劃する春

個人的なことですが、この4月は、なにかと区切りになることのおおい新年度です。

すでに言及しておりますように、本日でわたしのウェブページは4周年、そして先日4月1日で、この moblog は2周年をむかえました。
そして、いつも年度当初ということで多忙ななかでもけっしてわすれるまいとおもっていることは、4月3日が、いとこの知見くんの命日、そして13日が、わたしの祖父母 (ふたりは偶然にも、べつの年のおなじ日づけに亡くなった) の命日であるこということです。

それはまいとしのことですが、ほかにもいろいろ、ことしに特異なことがあります。

これもまた、すでに随所にしるしておりますように、新年度からわたしは勤務先が変わりました。
そして、息子は今年度から幼稚園児になります。
親子ともに、それぞれの意味で、(ある種、必要悪としての?) 未経験の社会的制度のなかにあらたに飛びこんでゆくわけですが、 (とくに子どもにかんしては、わたし自身にかんして以上に) 今後のあゆみがやすらかであることを祈念せずにはいられません。

ところで、国立大学法人のせいか、わたしのあたらしい勤務先は、たいへん事務手つづきが煩瑣で、きのうの初出勤以来、さっそく書類の山になやまされております。
おなじ新規赴任でも、前任校にくらべて、必要書類に3倍くらいのちがいがあるのではないかと思います。
あくまで一例として、住宅手当の申請。前任校では、借家に住んでいようが持ち家に住んでいようが、「世帯主である」との事実だけで住宅手当がもらえたのですが、こんどは、持ち家の場合、申請書のほか、添付するべき書類として、法務局から登記簿謄本をとってきたり、売買契約書をコピーしたりしなければなりません。どうしてこんなに、、、
ま、これは完全に愚痴ですね。

さて、この春は、もっとながい目でみると、わたしがうまれて19歳までをすごした大阪をはなれてから、まる19年という、おなじだけの時間が経過したことになります。
これからは、生地をはなれてすごした年月のほうがながくなります。
このことをおもうと、なにやら、「はるばるも来つるものかな」といった感覚になります。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:33 | コメント (3)

2006年03月31日

退職

きょうづけで退職しました。
午前中、退職辞令をもらってきたのですが、「願に依り其の職を解く」という文面で、そのことばだけでも、メタフォリークな (ということにしておこう) 解放感はなんともいえないものです。
ちなみに、「依願退職」というときの「依願」は、「願に依り」とよみくだす、あいだにレ点がはいる語形成で、「依頼」のような juxtaposition とは構造的にことなるようですね。

出版部まえのさくらは、ことしもうつくしく咲いていました。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:30 | コメント (0)

2006年03月27日

才は拙

うすぐもり。あたたかくなる。

先月末応募した研究発表に関係する論文を、先週から書こうとしていたが、きのうはめずらしく筆がすすんだ。
専門のこととはいえ、論文を書きすすめられるかどうかは、なかなかおもうにまかせない。いちにちぢゅう呻吟していることもある。それだけに、閑適が必要不可欠になるとおもう (それはもちろん、わたしの拙なる才のしからしむるところでもあるが、そんなことははじめから棚にあげている (`∀´#) )。
あいにく1週間後からは新年度がはじまってしまい、いそがしくなるだろう。いまのうちにペースをあげて、書けるだけ書いておきたいのだが、ペースを調節できるくらいならはじめから苦労はしないのだった。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 14:39 | コメント (2)

2006年03月24日

無為不作

きょうは彼岸明けの日。

わたしが翻訳したパラントの 『個人と社 会の対立関係』にかんして、のんきちさんがかねてより書いてくださってい た書評が掲載された、『アナキズム』 誌第7号がようやく発売されたとのこと。
のんきちさんが書評を書いてくださったことじたい友情ゆえの処遇だし、しかもその対象は わたしの著書ではなく訳書にすぎないので、なんらわたしの自慢にはならないが、それ にしてもパラントの存在が知られる契機がすこしでもあるのはよろこばしいことだ。
パラント「主義」を「伝播」しようとする意図からそうおもうのではない。どこかにまだいるかも しれない潜在的な読み手が、ぐうぜん目にするならば、それは幸運なであいだろう。
わたしじしんも、ほんの4年まえまでは、まさにいまいった意味での「潜在的な読み手」に ほかならなかった。

先日の学会誌の校正につづいて、次号の『トスキナア』に (これまた、パラント について) 書いた4ページほどの記事の校正をおくりかえす。
最近なんだか、校正づいている。
といっても、きょうはなにをしたわけでもない。
たとえばもし、痛飲飽食でもしていたならば、それはそれで、なにかをしたということになるの だろうが、そのようなこともない。
風船とけんめいにたわむれているこの子のほうが、よほど「生産的」ではなかろうか。

同業者のともだちから、「ぬあー春らー漏れは春が嫌いら新入生であふれかえるキャンパスとか最悪らー鬱」というメールがきて、「禿しく同意」する (藁)。

♯ 追記 : のんきちさんのブログの関連記事にトラックバックしました。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:35 | コメント (0)

2006年03月21日

校正

春分。晴れてあたたかい。
きょう、東京、横浜などでさくらが開花したとのこと。しかし、じぶんの目ではまだ一輪もみていない。

ほぼ終日、学会誌の校正。
ゲラ刷りの「ゲラ」は、ガレー船と語源をおなじくするということを、さいきん、ろしーたさんのブログではじめて知った。
わたしが担当している、刷りあがりで24ページにおよぶ記事の校正の作業ははてしない。これをガレー船の漕役囚のごときくるしみだといえば、いかにもおおげさだが。

くるしみといえば、きのう、引っ越しのちからしごとをした余波が、腰、腕、脚、首にのこっていて、からだぢゅうがいたい。


[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:17 | コメント (2)

2006年03月20日

研究室の引っ越し

掃いたような快晴。朝はさむく、日中はあたたかい。

午刻、玉川学園前へ。
常同症的に≪朱鞠≫で昼食。しかし、ここでたべるのも、もう最後かもしれない。

10個のダンボール箱を、3階の研究室から1階の事務室まで自力でおろす。
文学部校舎にはエレヴェイターがなく、重荷をになって階段をなんどもおりるのはつらいが、たまにはからだをうごかしたほうがよかろう、とじぶんをなっとくさせる。
大汗をかき、腰や腕がいたくなる。

リース物件の返却、研究室のかぎの返却をすませ、集荷を待つ。
荷物をおくり出したら、もう、しごとはなにもない。

6年間の玉川大学勤務が実質的に終わった。

[ Posted via CALA-MOBLOG-MT ver 1.30 rel (2006.Mar.07) ]

投稿者: じゅんや@モバイル | 投稿時刻: 15:47 | コメント (0)

2006年03月03日

退職をひかえて、あれこれ

午まえに玉川学園前へ。
れいによって、≪朱鞠≫で昼食。昼食は胃に憂鬱なかたまりをかたちづくる。胃がよわっているのに肉をたべたことをすこし後悔する。

年度末に退職をひかえて、研究室に分置している図書館の蔵書を、2月以来すこしずつ、文学部校舎事務室の返却用キャビネットにいれるかたちで順次返却していたが、すでにかえしたはずの書物が1件だけ、2月末現在未返却分のリストにはいっていたので、図書館に再確認を要求するメールをだす。
「(書誌情報をしめしたあと) これは青いハードカバーの、9巻ほどにまとまった学会の報告集でしたので、分割することなく、全部を同時にキャビネットに入れたと記憶しております。他の巻がそちらに戻っていて、これだけが戻っていないというのは考えにくいので、申しわけありませんが再確認していただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。」
しかしいまのところ返事はないので、どこかに行ってしまったのか、と気をもむ。キャビネットは巨大な引き出し式で、満杯に入れたときには脇の高さがじゅうぶんではなく、出し入れのときにぽろりとこぼれおちたりしたのだろうかとか、ときどきキャビネットから図書館員がはこび出しをしているのを見ていたときに、無蓋のトラックにいささか無造作に積んでいたのをおもいだして、トラックが段差ではねたときに落ちたのではないかとか、してもどうにもならないたぐいの心配をする。
[♯ 3月6日追記 : 図書館から返信があり、いったん不明とされた図書はたしかに返却されていたとのこと。やれやれ ]

13時30分より退職者説明会。住民税が1年半遅れて徴収されるから、一昨年度分は退職金から一括源泉徴収するけれど、昨年度分は6月以降、自分で対応しなさいとか、なんとかかんとかいう話(<あまりわかっていない)。
ともかく、3月31日に「職を解く」としるされた辞令をもらいに来て、健康保険証を返して、それでいまのつとめ先とは縁がきれるというはこびだ。2000年の春いらい、6年間つとめたことになるが、わたしにとっては、なかなかいい時期だったような気がする。
(ちなみに、4月以降どうするかは、この場ではまだ明示できません。すみません)

説明会のあともういちど文学部校舎にもどって、研究室のかたづけをする。20日には研究室をあけわたさなければならないので、それまでに不用品は捨て、引っ越し荷物は荷づくりを終えなければならない。
自宅にもちかえる私物は、キャスターつきのバッグにつめこんで、ひっぱってかえる。しかし16時ころから、にわかに空がくらくなり、ふりかたはまばらでも、夏場の夕立のような大粒の雨がふってきたので、いそいで大学を出て帰途につく。さいわい、傘はなくてもたいしてぬれずに帰宅した。しかも、あまり急がなくても結果はかわらなかったような感じだ。
しかし、あとでおもえば、研究室においてあった傘をさしてかえればよかったのではないか。はるかにぬれずにすんだだろうし、研究室の荷物を減らすことにもなるのだから。われながら、なんという愚かさだろう。

あした・あさっては連続して学会業務のため慶應三田にゆく予定。
あさってについては、原稿の割り付けなので、わたしが担当している文献目録の原稿をもっていかなければならないが、一部データが不均一なことろがあることがわかり、あわてて修正する。

はかにもたいへんに憂鬱な雑務があるが、手をつける余裕がないので来週にまわす。(ああ、このことを想起するだけでまた胃がいたくなりそうだ。ぐずぐず)

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:28 | コメント (2)

2006年03月02日

『美は乱調にあり』と『諧調は偽りなり』

ここ数日は、くもったり、雨がふったりで、気温もひくく、閉居しがちだ。
空がくらく、寒いと、からだが自然に冬眠のような状態になるらしく、ここのところ夜は子どもがねるときにもう一緒に寝てしまい、睡眠はじゅうぶんとっているはずなのだが、きょうなどは、子どもの午睡の時間になったら、はじめだけ添い寝のつもりが、そのまま夕方まで寝てしまった。
こんななかでも、メールでうっとうしい雑務がいくつも来ているのだが、対応する気力もなく、半分は懸案のままにしている。

まだ読んでいないことじたい基礎教養の欠如だろう、といわれそうな気もするが、ここ4日ほどでようやく、瀬戸内晴美『美は乱調にあり』と『諧調は偽りなり』を (文藝春秋刊、伝記小説集成第4巻で) 通読した。
ふたつの小説をあわせると680ページにもなる大部だが、読みやすい文体のせいか、とてもすらすらと読める。なんの関係もないが、「ながれゆくエクリチュール」というデュラスのことばをおもいおこす。

『美は乱調にあり』は、色恋沙汰と痴話の連続で、性描写もなかなかになまめかしく、「伊藤野枝」、「辻潤」、「大杉栄」、「平塚らいてう」といった固有名詞がなかったら、たんなるエロ小説ではないかといったところ。とくに、上野女学校でおしえていた28歳の辻潤と、当時17歳のおしえ子だった伊藤野枝との恋愛の描写は、もえあがるようだ。
もっともそれには、恋愛がこのんでえがかれただけではなく、じっさいの題材が色恋にみちていたという理由があろう。また、作者自身が書いているように、完全には像がさだまっていなかった大杉虐殺 (じっさい、大杉虐殺から53年たった1976年に新資料が出たりしている) をえがくより、1916年の日蔭茶屋事件まででいったん断筆することをえらんだという事情がある。

15年後に続篇として書かれた『諧調は偽りなり』は重厚な大作で、関東大震災のあとの混乱に乗じて、憲兵大尉甘粕とその部下数人が大杉栄、伊藤野枝、そしてわずか6歳の橘宗一までもを虐殺した事件にいたりつくまでの時代をえがいている。
おなじ事実を、大杉の視点、辻潤の視点というように、ことなる人物の目で、重複と差異をふくみながら重層的にたどりなおしていることもあり、よけいに長くなるが、読むほうとしてはそれはまったく苦にならない。
『諧調は偽りなり』のほうでは、それぞれの人物像がいっそういきいきと、きわだたしくえがかれている。
わたしにはとりわけ、大杉栄に伊藤野枝をうばわれたはずの辻潤が、かえって魅力的にかんじられる。
もともと思想的には、辻潤にはわりあい近さをかんじていたのだが、それをおいても、かれの戯作的な、それでいて根源的な問いをふくんだ文 (『諧調は偽りなり』にも効果的に引用されている) や、シュティルナーの訳書をだした前後の情熱と自負のいりまじった情態にも共感をおぼえる。
また、宮嶋資夫がじつはたいへんはげしい性質で、日蔭茶屋事件のあと伊藤野枝と大杉栄にむかって激昂している場面があったのは意外だった。
ほかにも、 (もともとこのあたりの知識にとぼしかったこともあり) あらたに知ったことも多く、ゆたかな収穫があった。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:29 | コメント (3)

2006年02月19日

文事繁忙

くもりのち晴れ。

雑誌『トスキナア』の次号にのせていただける、パラントにかんする4000字弱の文をひととおり書きおえる。
しかし、題名がおもいつかない。まのびした雑文をなんと題してよいものやら。

いっぽう、3月に慶應義塾大学出版会からでる予定の COE 論文集、Cognition et émotion dans le langage によせた、フランス語書きの原稿の校正刷りがとどく。
担当の編集者のかたがすでに赤をいれてくださっていて、そのしごとぶりが一見してたいへん几帳面なので、こころづよい。
けっきょく、出版社のよしあしはこのあたりできまるような気がする。

6月の発表要旨はすでにしあげてあるが、あれこれ、にわかに文事で繁忙になった。
おなじ繁忙でも、雑務の繁忙より百倍ましだが。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:05 | コメント (0)

2006年02月15日

春陽燦麗

晴れ。きのうにもましてあたたかく、東京の最高気温は19.9度。4月下旬なみ。
午前中から夕方まで、家ぢゅうの窓をあけはなつ。
冬のあいだとめていた、冷蔵庫の自動製氷を作動させはじめ、氷水をがぶがぶのむ。

窓 あ け て 窓 い つ ぱ い の 春

(種田山頭火)

という句をおもいだす。

午前、図書館から予約図書の到着をつげるメールがきたので、自転車で丘をのぼり、うけとりにゆく。急坂をのぼりきると、汗ばむほど暑い。
午後、おもいたって、午前とおなじくらい遠くまで自転車で走ってゆき、4月からの子どもの幼稚園でつかうもののうちのひとつを手配してくる。
こんなことをしていると連想するのだが、なんべんもいったりきたりして、すばやくさかんにうごいては用をたしてくるひとをみて感心するときに、愛媛のひとが発する形容詞が「いそしい」だ(しかし、どうしてここで愛媛方言がでてくるのか)。
わたしは生来まったく「いそし」くないほうで、なにごとも大儀なのだが、きょうのようににわかにあたたかくなると、生命そのものがはねまわっているようだ。

まいとし、2月はかならずといっていいほど鬱鬱悶悶としていて、わたしにとっては最悪の月だとおもっていたが、どういうわけかことしは例外だ。かろやかで、たのしい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:02 | コメント (0)

2006年02月14日

春風駘蕩

晴れ。あたたかい。冬のジャケットをきていると暑いくらい。東京の最高気温は18.5度と4月中旬なみだった。
学園前の≪朱鞠≫で昼食をとったあと、大学にいたり、あいついでふたつの会議に出ると夕方になる。学期中とちがって、学内は閑散としていて、そのせいか、にが手なたぐいのしごとをしてもあまりストレスを感じないですむ。
かえりみち、夜風もなおなまあたたかくかんじる。冬のあいだぢゅう逼塞していた嗅覚が風のなかからもどってきて、花のかおりでもない、葉のかおりでもない、ただ春のかおりとしかいえないようなかたちをとってよみがえる。春は夜にくる。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:18 | コメント (0)

2006年02月10日

ことし最後の入試業務

快晴。明け方は氷点下なのに日中は12度以上と、日較差がおおきい。
4時間くらいしか寝ていないのに、なぜか早朝から、不必要にはやく目がさめてしまい、それいじょう寝られなくなって起きてくる。
(わたしの担当範囲では) ことし最後の入試業務のため出勤。とくに変わったことはなくおわり、ほっとする。

帰宅後にみた夜のニュースが、ニホン時間で明日の未明からはじまる冬季オリンピックの報道いっぺんとうになっていたので、すでに、はじまるまえからオリンピックに飽きてしまった。

いやむしろ、すべてに飽きているのかもしれない。ヴェールがかかったように、世界がいろあせている。
わずかに、おさない子どもをかきいだくときにだけ、たしかな現実を感じる。

3日に言及した発表に応募するかはまだわからないが、応募する場合に送るべき要旨をとりあえず書いておく。決心がついたあとに書きはじめたのでは間にあわないかもしれないので。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:38

2006年02月03日

節分

6月にパリでの研究会で発表しないかというおさそい (おすすめ) をいただくが、小心翼翼、今月末までかんがえることにする。

乾燥肌がとてもかゆいので、あとさきかんがえずにひっかいていると、右腕に無数のみみず腫れができていた。当分はうでまくりできない。
そういえば12月には、おなじ理由で顔をひっかいてしまって、かなりはずかしかったなあ。「ねこにひっかかれたのですか、それとも奥さんにひっかかれたのですか」といわれたり。

節分の恒例により、煎った大豆で、子どもといっしょに豆まきをする。
としのかずだけ豆つぶをたべると胸やけしそうなので、てきとうにたべる。

以下は、「たこ焼き村の掲示板」に投稿したものを自己引用:

投稿者:じゅんや 投稿日: 2月 3日(金)22時30分46秒

「恵方巻き」、関東でも急速にはやってきましたね。きょう、買いものにたちよったスーパーでは、特設のコーナーがつくられていて、ひとだかりができていました。

わたしは大阪市うまれで、19歳まで大阪にすみつづけた関西人ですが、じつは「恵方巻き」なるものはいまだにたべたことがありません。
しかしあれは大阪が発祥地だそうで、寿司屋の組合には戦前から「恵方巻き」を売りだした記録があるそうですね。
ところが当の大阪でも、かつてはほとんど知られていなかったと思います。「言い伝え」や「しきたり」といったものではなく、「都市伝説」の部類にはいるのではないでしょうか。
わたし自身は、小学生のころ (つまり30年まえ)、「圭ちゃん寿司」なる関西のチェーン店の寿司屋の店先ではじめて見て、ふしぎにおもったものです。近所のまともな (個人営業の) 寿司屋にはありませんでした。
両親も「えらいけったいなもんが出てきたなあ」「『丸かぶり』やて。下品な」といった反応で、見むきもしませんでした (笑)。
なにしろ当時は「恵方巻き」なる上品な由緒ありげな名まえではなく「節分には巻き寿司の丸かぶり!」という宣伝文句がながれていたのです (「丸かじり」を「丸かぶり」というのは関西方言でしょうか)。
そしてそのモノはたんに「巻き寿司」として売られていました。
天満宮の境内では「恵方をむいて、無言で」といったルールがあったのかもしれませんが、「巻き寿司の丸かぶり」といっていたころは、そこまでこまかな指定はききませんでした。

あと、「巻き寿司」でおもいだしましたが、「太巻き」という名まえもまた、当時はきいたことがありませんでした。
「生揚げ」も「厚揚げ」というようになったし、なんだか「太い」だの「厚い」だの、量感を強調する呼称をだんだんよくきくようになってきたのは、商業主義がひろがってきたからか、というのは深読みにすぎるでしょうか。

結論はありません。なので、ねんのために言い添えますが、恵方巻きをこしらえたりたべたりするひとをわるく言っているわけではありません。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:52 | コメント (3)

2006年01月27日

ささやかな慰藉

期末試験の採点もどうにかおわり、きのう最後の成績報告を大学の事務に提出してきたので、きょうは冬休み明け以来はじめての平日の休み。

天気もいいので、子どもといっしょに2度外出した。
1度めは手をつないであるいて、川べりの道をえんえんとあるいて (おどろくほどよくあるく)、かもの子を見たり、たちよった公園のぶらんこであそんだりしてくる。
あまりとおくに行ってしまったので、バスにのってかえってくる。それにも子どもはよろこぶ。
しかし、家にかえりついたとおもったら、玄関にもはいらないで2度めの外出を要求される。
こまつき自転車を子どもが自分でこいで、わたしはうしろからそれを押してあるいて、近所の保育園の園庭開放へ。
園庭開放には、近隣のおさない子どもがあそびにくることができるが、冬場はとじこもりがちになるのか、来園者はすくなく、きょうはわれわれひとくみだけだった。
保育園児の6歳のお兄ちゃん、お姉ちゃんたちがおなじ園庭にいたが、声をかけてくれて、よくあそんでくれた。
ちいさなふたつのうつわに、それぞれ南天の葉と実をいれて、水をはって凍らせたものを屋外でつくっていて、それを見せてくれる。童心そのものが結晶したようで、きれいだ。

2度の外出で4時間くらいかかった。すこしでもすわって休んだのは、バスにのっていた数分だけで、ひどく疲れた。

14時ころにかえってきて、おそい昼食をとったら、わたしも子どもの日課の昼寝につきあってしまった。
おかげで、きょうはトータルでは寝すぎになってしまったようで、頭がいたい。自分の無計画と虚弱がなさけない。
しかし、子どもとたっぷりつきあえたので、よかったとおもうことにしよう。
ながいこと精神は低調なままで、しかも週明けにはひとつ、特別な困難が待っていて、うんざりするほど気が重い (そのため、外出にカメラをもちだすこころの余裕もなかった) 。しかしこのようなときにこそ貴重な、ささやかな慰藉を得た。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:41 | コメント (0)

2006年01月16日

最後の授業

玉川大学での今年度の平常授業はきょうでおわり。きょうはわたしは、これまでの月曜と同様、1年生の初級フランス語の授業をした。しかしきのうのその授業はまた、わたしが玉川で担当する最後の授業ともなった。
最後ということで好きかってなことを話したかったが、こなすべき予定があり、淡々たる授業、いやむしろ、時間が足りなくていつも以上にあわただしい授業になってしまった。もっとも、そのほうがわたしらしくていいかもしれない。
すでに時間も超過していたので、おしまいに早口であいさつをした。
「、、、なお個人的なことですが、今年度いっぱいでわたしは玉川をやめることになりました。きょうまで、わたしのつたない授業に耳をかたむけてくださり、ありがとうございました。去年入学なさったばかりの、この学年のみなさんとは、みじかいつきあいでしたが、みなさんがとくに熱心にまなんでおられたことは記憶にのこると思います。今後もひきつづき、語学だけでなく、いろいろな分野を積極的にまなんでください」
拍手がおきた。おどろきの表情をうかべているひとがおおかったが、なかには、わたしの見まちがいでなければ、涙をうかべているひともいた。
しかしわたしのほうでは、無能で怠惰な教員でありつづけたことでの自責の気もちしかなかった。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:49 | コメント (3)

2006年01月02日

正月の風邪、あるいはペシミズム

精神的にはもうなにがなんだかわからない状態ですが、こんどはからだが不調をきたしているようで、きのう (元日) から風邪をひいてしまいました。もはや余儀なき寝正月です。昨夜、夕食後すぐに就床して寝つづけ、すこしばかり気分がよくなったところで、これを書いています。
よりひろい意味あいでいうと、わたしにとっては、あらゆる意味で最悪の状態で2006年がはじまってしまいました。見なおすと、去年の正月、≪MIXTURA≫には「もの憂い」と書いていましたが、いまおもえば、そのような感情はむしろ牧歌的なものだったのです。いまではもう、ちがう世界に出てきてしまったという感です。

ところで、テレヴィや新聞では、正月といえば条件反射的に、希望と夢にみちあふれているという形容がなされ、これはわたしをうんざりさせます。
もちろん、だいじなあいての幸運を祈願することはとても自然な感情で、儀礼にもかなっていると思いますが、そうではなく、あたらしい年を全般に希望の色にそめあげる、明白な嘘を嫌悪しているのです。
その種の、「判断力のご祝儀相場」のなかには、去年がいかにわるい年だったかを枚挙したあとに、唐突な「しかし」を介して、あたらしい年の希望をのべたてる、といった変種も存在します。とくにことしはこの変種をよくみるようです。それはもはや、まったきオプティミズムが成立しないことをみずからあばきたてているとともに、それでもなお、無理にでも前むきな態度をみせておくことが、実利にむすびつくか、もっというと道徳的にこのましいことであるとでも言いたげです。

パランティアンを自称するわたしは、せいぜい、率直な、しかし冷静なペシミズムを保持しようとおもっております。

すでに何年も前に書いたこの研究を、世に出すために読みなおしてみて、私は、この研究が、まさに今日の好みに合わないことを、認めざるをえない。
 このペシミズムと個人主義の心理学は [...] 多かれ少なかれ率直に、行為、あるいは信仰、あるいは社会的利益に関する要求を第一とする哲学がもてはやされているなかで、 ”非現実的” なものとして、はやらなくなりつつある。
------パラント『ペシミズムと個人主義』、原序、久木哲訳。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 10:34 | コメント (2)

2005年12月27日

論文目録の共同作業

精神的には若干回復して、ようやく、いつもの落ち込んでいるときにちかいペース (ふだんからたいして明るくはない)。

きょうは、学会誌『フランス語学研究』の「海外雑誌論文目録」を作成する作業のため、早稲田大学中央図書館へゆく。
一昨年までは、早稲田大学の語学教育研究所図書室にゆけば足りるしごとだったが、昨年から語学教育研究所図書室が廃止され、中央図書館に統合された。「語学」や「文学」と名のつくものは、なんでも縮減、廃止されるご時世だ。
8時30分ころ自宅を出て、早稲田にむかう。小田急ののぼりの急行電車で多摩川の橋梁をわたるとき、丹沢のやまなみのむこうに、いつになくくっきりと富士山がみえて、目がさめるようだった。
9時20分ころ高田馬場につく。高田馬場から早稲田の中央図書館までは徒歩 (早稲田駅からはかえって戻るようになるので)。
昼食休憩をとちゅうにはさんで、10時から16時30分ころまで作業をつづけ、ようやくひととおりおわる。まいとし、これがおわると年末をむかえることができるといった気分になる。
17時ころから、共同作業参加者のほとんど全員とともに、大隈会館の「楠亭」で、ビールとワインをのむ。そういえば最近はほとんど酒をのんでいなかったが、意外にすんなりとのむことができ、身体的にも回復してきているのかとおもう。
19時ころから二次会として、西早稲田の「源兵衛」でのみつづける。こんどは日本酒の熱燗を、かぞえきれないほどのむ。さすがの酒豪 (もちろん、わたしのことではない) も、千鳥足になっていて、わらってしまう。
西早稲田のバス停からでる、新宿ゆきの最終バス (21時41分発) にのって帰途につく。バスのなかで酒豪氏のとなりにすわって、無意識に鼻うたをうたっていたら、裏声でわらわれた。

それでもどうにか帰巣本能によってかえってきて、やっと、これを書きました。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:39 | コメント (3)

2005年12月22日

暗澹

月曜の朝、しごとのうえでこれまでに経験した最大の問題がふりかかり、当面の解決さえ得るにはかなりの時間がかかりそうな気配だ。なぜこのようなことになったのか、ことばをうしなう。

甚大なストレスで、電池がきれたようにからだが思うようにうごかない。日曜まで、ネットの掲示板などを介してたのしく話していたのがいまでは夢のようで、にわかに遠い楽しみのように感じられる。「ああいうのは、よほど精神に余裕のあるひとがやっているのだ」とひとがいっていたのを、いまではひしひしと感じる。
食欲が減退し、日中どうしても食べる気がせず、きのうまでのところ夕食だけを摂っている (最近やや過食ぎみだったので、これはむしろ好ましいかもしれない)。緊張のせいか、のどがかわくので、水分はたっぷりとっている。酒は論外。すでにしくしくしている胃が本格的にいたくなりそうなので。
月曜と火曜は予定どおり授業をしたが、その前後にはぐったりしていて、学生にも「どうしてのですか」といわれる始末。
きのうの水曜は、白百合ですでに授業はなく、クリスマスパーティーがあるだけだったので、そちらは休ませていただき、ながい時間寝つづけた (ちなみに、平常授業が白百合は20日まで、玉川はなんと26日まで。なぜこんなに差があるのか)。それもあって今朝ははやく目がさめ、いまこれを書いている。

問題への対処はつづけているが、相手もあることなので、おもうようにはゆかない。というより、相手に諒解してもらい、うごていもらうことでしか当面の解決にはいたらないので、依頼したなら待ちの態勢にならざるを得ない。これもまたストレスだ。
わたしのがわの当事者が、解決をむしろ当然の状態とおもっている (わたしも月曜までそう思っていたのだから、無理もない) ことも重圧だ。

こちらのなすべきことをしておけば、あとは考えつづけない (問題こそ起きていないが、ほかにもなすべきことはあるので) のが、精神的にも、効率的にも正しいことで、おなじ問題ばかりにたちもどってただ悩んでいるのは意味がないことは理解しているつもりだが、甚大な問題には固有の引力があるらしく、必要からべつのことをしていても自然に精神がそちらにひきつけられてしまう。
こうした困難な問題をおおくかかえて、現実にきりぬけているひとは世のなかにはいるのだろうが、わたしにはそのような特異な能力はない。ただくるしんで、呻吟しつづけているばかり。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 06:22 | コメント (4)

2005年12月12日

リバータリアニズム (3)

11月26日、27日のつづき。

読みおわって2週間くらい放っておいたら、つかずはなれずのほどよい解釈ができるようになる。
いや、そんな啓蒙書のような話はどうでもよくて、リバータリアニズムの話だ。

正直にいって、わたしがリバータリアニズムに興味をもったのは、それと語源をおなじくする、フランス語でいうリベルテール libertaire (絶対自由主義者) からの連想だった。しかし、内実はかなりちがうものだ。

のんきちさんがつぎのような指摘をくださった。

リバタリアニズムは、原初は確かにアナーキズムみたいな感じれしたし(ヨーロッパとアメリカでも違うよね)じゅんやさんのいうとおりだと思うのれしゅが、現在のいわいるリバタリアニズムって経済優先の「俺の金儲けをじゃまするのなら国家や政府、法や憲法もいらねえぜ」みたいな変テコなリバタアリニズムが多いように思いましゅ。まあ、これらもオーストリア学派の影響なのかもしれませんが、本来はじゅんやさんがいうように、国家の廃絶を目指す絶対自由なイデオロギーだと思いましゅ。
でもね、例えば、一部のエコノミストのあいだではラムズフェルトはリバタリアンといっている人もいるようで(笑)今回のタミフル騒動でも彼はロシェ社の大株主で実際には「効くかもしれない?」程度のタミフルを政府を煽って大もうけしたというような噂もありましゅ(ただ、インフルエンザに有効な薬も他にはないことは確かでしゅが)。たしかネオコンの元はトロツキストとかいわれてましたよね。現在の潮流はトロツキズムからリバタリニズム(経済優先のでしゅ)に変化して、誤解されたリバタリアニズムになりつつあるようでしゅ。反グロ運動ではグローバル化とともにリバタリニズムを攻撃するブラック・ブロックみたいなグループ(グループというよか「一時的自律ゾーン」でしゅが)もあるようれしゅ。
というような感じになっていて、ぼくはリバタリアニズムって、なんかいまいちだったりしましゅが。

この理解に、わたしもおそまきながらに追いついた気がする。
つまり、標準的とされるかたちのリバータリアニズムは、詮ずるところ強者の論理にしかならないのではないかとおもう。これがなによりも大きな問題だろう。
「いっさい自由にしていいよ」といわれても、もともと存分にうごく条件をもっていないひとはどうするのか。恒常的に介護や介助が必要なひとはどうするのか。こどもはどうするのか。
『自由はどこまで可能か』は、いちおうひととおりこうした疑問にこたえてくれてはいるのだが、しかしそれにしても、そもそもこういう疑問をひきおこすような思想であることはみとめざるをえないわけだ。

また、自由競争を徹底するとはいっても、経済的条件などによって、あらかじめついている差はどうするのか。
これについても同書は、たとえば相続の制約ないし廃止 (つまり遺産には高率ないし全額の相続税を課する) という回答を出してはいる。
しかしそれは、ひろくみれば、リバータリアニズムがほんらい否定しているはずの、国家による再分配機能の一環 (ネガディヴなかたちではあるが) ということになり、矛盾をかかえてしまうのではないか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:29 | コメント (0)

2005年11月30日

息ぐるしいシラバスと、笑いへの転換

ことしは最初歩の全学対象の教養科目の語学の授業をひさしぶりに担当しているのですが、以前同様の科目を担当したときに、課題にした練習問題を当時の学生たちがさっぱりやってこなかったのをおもいだして、わたしは、すべての練習問題を毎回授業のはじめで提出させる、そしてそれを成績に直接反映するという、たいへんに息ぐるしいシラバスを今年は組みました。添削がたいへんですが、ここまで義務づけるとよく勉強してくれているようにおもいます。

授業外学習のじゅうぶんな量を担保すべしという理由 (づけ) により、玉川大学では3年ほどまえから、シラバスの各回の「テーマ」「内容」にならんで「授業を受けるにあたって」の欄もすべて埋めよとの要請がなされています。シラバスを学生に公開するまえに、各欄をもれなく記入しているかを教務担当教員が全科目についてチェックするという念の入れようです。
しかたがないので、わたしは、このシラバスでは、15回の授業のすべてに、「練習問題はすべて課題となるので、毎回かなりの時間の授業外学習をしなければならない。提出課題は回収直後に解答例の確認および解説をはじめるため、遅れての提出は受けつけない。」と反復して書くという暴挙に出ました。ほとんどひらきなおりのように、「見ろ、全部の欄を埋めてやったぜ」というさけびが行間から漏れてくるような書きかたをしているわけです。

そのはなしを、たこ焼き村さんの掲示板でしたところ、たこ焼き村さんはたいへん気のきいた返信をしてくださいました。
霧消させるにはあまりにも惜しいので、以下にコピーして保存しておきます。

全部の欄が埋まってさえいれば

第1回
練習問題はすべて課題となるので、毎回かなりの時間の授業外学習をしなければならない。提出課題は回収直後に解答例の確認および解説をはじめるため、遅れての提出は受けつけない。

第2回
練習問題はすびて課題となるのど、毎回かぬりの時間の授業外学習をしなけらばならのい。提出課題は回収直後で解答例に確認および解説なはじめるため、遅れてと提出が受けつけつない。

第3回
練習問題はすびて課題となるにど、毎回ぬかりね時間の授業外学習なしねければなろのい。提出仮題は回収直列で怪盗例の確認を予備解説なはじめれてめ、遅つてと提出が受けつけつけつ。

第4回
練習門題はすびん課題となろにど、毎口ぬかりね時問の産業外学習なしねけれのころほい。堤出仮題は国賊直列で怪盗列の確忍を予備解脱なはにひぬてめ、置つてと是出が受けつけつけつ。

第5回
練習門題はすびん過大となろにど、母口ぬかりね寺問の産業外子羽なしねけれのころほい。堤出仮頁け国賊直列ご怪盗列の石忍を予備解脱なはにひぬてめ、置つてと是山が愛けつけつけつ。

第6回
糸白門是は十びん過大くなろにど、母口ぬかりね寺問の産業外子羽なしねけれのころほい。堤出仮頁け国賊直列ご怪盗列の石忍を予備解脱なはにひぬてめ、置つてと是山が愛けつけつけつ。

第7回
糸白門是な十びん過大くなろにど、母口ぬかりね寺問の産業外子の羽のしねけれのころほい。提出仮頁け国賊直列ご怪盗列の石忍を予備解脱なはにひぬてめ、置つてと是山が愛愛けつけつけっ。

第8回
糸白門是な十びん過大くなーろにど、母口ぬかりね寺問の産業外子の羽のしねけれのころほい。提出仮頁け国賊直列ご怪盗列の石忍を、予備解脱なはにひぬてめ、置つてと是山が愛愛けつけつけっ。

第9回
受白門是な十びん過大くなーろにど、母口ぬかりね寺問の産業外子の羽のしねけれのころほい。土是出仮頁け国賊直列ご怪盗列の忍を、予備に解脱なはにひぬてめ、つてと是山が愛愛けつけつけっ。

第10回
受白門是な十ん過大くなーろにど、母口ぬかりねヴァ問の産外子の羽のけれのころほいし。出仮頁け国賊直列ご怪盗の忍を、予備に解脱なはにひよてめ、つてとなら山が愛愛けつけっけっ。

第11回
受白門是な十ん過大くテーろにど、まま母口ぬかりねヴァ問のよ外子のんのこれのころほいし。出仮頁たけ国賊直列極怪盗を、予備に解脱なはひよめ、なら山が愛愛のけつけっけ。

第12回
受白要是な十ん大くテーろにど、まま母口ぬかりねヴァルなのよ子のんのこほいころほいし。出仮たは国賊直列け極怪盗、予備に解脱なはひよなら山が愛愛のけっけっけ。

第13回
授白要是な十んくテーにど、まま母口にかりネヴァルなのよのんのこほいかころほいし。仮たは国賊直列しけ極悪、予備に解脱しなはひよなら愛愛のけっけっけ。

第14回
授白要領なんかテーにど、思いのまま口にカルナヴァルなのよ。のんのこほいかころほいしゃ。あんたは国賊直列しけ極悪、予備に解脱してひよなら愛愛のけっけっけ。

第15回
授業要領なんかテキトーに、思いのままにカルナヴァルなのよ。のんのこほいしゃかころほいしゃ。あんたは国賊あたしは極悪、すぐに解脱してさよならバイバイのけっけっけてなもんだ。

・・・と書いても大丈夫なのでしょうか。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:10 | コメント (2)

2005年11月27日

リバータリアニズム (つづき)

体調はかなり回復した。

きのうのつづき。『自由はどこまで可能か』を読了。
政治、司法、経済、社会のさまざまな面にわたって、リバータリアニズム (のうちのひとつのヴァリアント) が構案するありかたがコンパクトに、しかしくわしく解説されており、総じていえば説得的だった。

たとえば、民主制をいちばんましな制度とみとめながらも、つぎのような留保をつける。

...しかし、民主制もへたをすると権威主義的独裁をもたらすおそれがある。民主制の主権者は全体としての国民であって、基本権の持ち主である個々の国民ではないから、基本権が民主的決定によって侵害される可能性は否定できない。それを妨げるための制度として、政治的決定によっても変えられない人権宣言や、権力分立の制度がある。要するに、民主主義や人民 (国民) 主権以上に、基本的人権が重要なのである。
--------同書 pp.129-130、強調原著者。

20世紀を席捲したさまざまな全体主義 (ファシズム、スターリニズムなど) や、それがひきおこした戦争や弾圧への批判にたつならば、もっともな主張であり、いわゆる個人主義者ならずともこれには賛同するだろう。

しかし、リバータリアニズムが個人の自由を尊重するといいながらも、徹底して「個人主義」というわけでもないようにみえる部分もある (もちろん、「個人主義」をどう解するかにもよるが)。
たとえば、国家と社会との明確な峻別を強調し、その際、市場経済と、それに随伴する、民間どうしの人間関係 (それを「協力」や「共同体」としては、目的を共有する連帯といった色あいがつくので、同書 (p.106) では「社交」とよんでいる) をあわせたものを国家に対置する、つぎのような論をみてみよう。

結局リバタリアンにとって重要なのは、市場と非市場の区別ではなく、市場と社交の両方を含む、民間の領域と政府の領域との区別である。なぜなら、民間の領域は自己所有権に基づく個人的自由が発揮される領域だが、政府の領域はそれが (時には不正に) 制限される領域だからである。
--------同書 pp.107。

しかしながら、「個人主義」が徹底されるならば、「社交」にかくもあつい信頼をおくことはできない。公的権力を背景にしていない「民間」の関係であるからといって、個人的自由への制限がなくなるわけではない。
このあたりは、「社会」を否定するはずのシュティルナーにおいて、なぜ「エゴイストの連合 Verein von Egoisten」なるものが可能になるのかという問題と似ているかもしれない。

リバータリアンな法秩序や市場経済、さらには家族のありかたの祖述を、理想社会の青写真であるとみなして、とりわけその実現可能性の高低を論ずるといったありがちな批評はしたくない (それをいうなら、各種の「理想社会」のなかではむしろ実現可能性は高いほうだろう。すでに実現しつつある部分さえあるかもしれない)。
しかし、どうしても青写真としてみえてしまうことは否定できない。そして、細部にいたるにつれて、青写真はぼやけてきて、誠実であろうとすればするほど判断を留保せざるを得なくなってしまう。たとえば、家族における未成年のあつかいをどうするか、など。
こうした不明確さをあらわにしてでも、あえて社会の諸側面にたちいって論じていることには、著者が法哲学の研究者であることも作用しているとおもう (ちなみに、どういうわけか、こんにちの日本で、個人主義的思想を真剣に検討しているのは、ほとんど法哲学者しかいないようだ)。つまり、リバータリアンな社会のありようをささえる法理のみちすじをつけることに注意が集中しているのではないか。

わたしとしては、そうしたみちすじよりも、思想としての基本発想 (「自己所有権」にかんする議論がそれにあたるということだろうが、わたしの目にはこれとていくつかの法的事例にかんする議論にみえてしまう) を焦点化したいとおもってしまう。
もちろん、それはたんに関心のむく方向のちがいというだけで、批判にあたいすることではないし、この書物に価値があることは変わりない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:22 | コメント (0)

2005年11月26日

かぜ、サルトル、リバータリアニズム

かぜをひいたようだ。体温計が高い数字をしめすとよけいに気分がわるくなるので体温ははからないが、おそらく熱がでている。あたまがふらふらする。
そういえば、きのう「1年次セミナー」の中間試験をしたが、34人中6人が欠席していた。かぜがはやっているのかもしれない。

閉居し、手にとりやすい新書版を2冊よむ。

ことしから個人的にもお話しする機会ができた澤田直先生がお書きになった『新サルトル講義』(平凡社新書、2002年) を読み、ひきこまれるように読了。
かつてよく知られていたサルトル像とはかなりことなる、あたらしい一面を教えられる。教科書的な「実存主義者・サルトル」しか知らなかったわたしにはなおさらだ。
また、コミュニケーション論の点でも多くの示唆があたらられる。コード化・脱コード化という、電子通信的なコミュニケーションモデルに批判的なわたしにとっては、共感できることがおおい。

つぎに森村進『自由はどこまで可能か』(講談社現代新書、2001年) を読む。すでに読んだ『リバタリアニズム読本』(勁草書房、2005年) の編者でもある著者によるリバータリアニズムの解説書。なかなか役にたちそう。
わたし自身、ジョルジュ・パラントを通じて個人主義のことなどを考えているので、リバータリアニズムのこともおそまきにお勉強しようかとおもって読みはじめたが、いままだ半分くらいしか読んでいない。
(ちなみに、「リバータリアニズム」の名のもとにあつめられる思想家は、英米系が圧倒的におおく、ことばとしてはおなじフランスでいう「リベルテール libertaire」たちとはまったくちがう)

以下は自分のための断片的なノート。

私がリバタリアニズムの立場からも奴隷契約を認められないと考える理由は次の通りである。短期的な労働契約と違って、奴隷契約や長期的な労働契約の場合、契約をする当事者とそれによって将来拘束を受ける当人とは、ある意味で他人といえる可能性がある。なぜならその将来の人物は、奴隷契約を結んでしまったことを後悔して、重大な点で価値観が変わってしまっている可能性が強いからである。すると奴隷契約は、現在の契約者とは別人になってしまった将来の当人の基本的な自由を侵害するものだから、その禁止は正当化できる。
---------同書pp.61~62。
しかしながら、この事実と、デカルトやシュティルナーがあらゆる契約を否認しているときの論拠とのあいだに、本質的なちがいはない。
それなら、長期的な奴隷契約のみを限定的に否定する根拠はなにか?

さて、つづきを読もう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:17 | コメント (0)

2005年11月24日

3年まえの宿題

記録にのこすため、べつの掲示板にもかいた内容を以下にもしるします。
わたしの旧掲示板で3年まえ、つぎのような宿題をいただいておりました。

123 / FIFA / たこ焼き村 2002/05/31 22:31

FIFA の正式名称は Fédération Internationale de Football Association というそうですが、フランス語としては、ちょっとヘンじゃないでしょうか?

124 / Re:FIFA / じゅんや@管理人 2002/05/31 23:20

たこ焼き村さま:
たしかにフランス語としては、おかしいですね。でも、どうしてこんなおかしな名まえになっているかは、宿題にさせてください。
同時並行で、「裏ふぃーふぁ」の「かいちょ」のハリネズミさまと、「ふくかいちょ」のグルルどのにもおたずねしたいと思います。

わたしは前回のワールドカップのとき、留学期間中でパリ在住でしたが、応援用の屋外ヴィジョンが設置されたシャン・ド・マルス公園のちかくに住んでいたため、ずっとそうぞうしく、しかも午前3時に、自宅のとなりの建物に放火されるという恐怖の体験をしたので、浮かれた気分にはまったくなれません。

125 / Re:FIFA / カミツキハリネズミ 2002/06/01 00:21

> FIFA の正式名称は Fédération Internationale de Football Association というそうですが、フランス語としては、ちょっとヘンじゃないでしょうか?

すっごくへんです。
たこ焼き村様こんにちは。ホームページ楽しく拝見させていただきました。私はリーガ・エスパニョーラのFCバレンシアをこよなく愛するドイツ在住のハリネズミです。
でもお答えすることできません。ごめんなさい。

このことですが、サッカーというスポーツの正式名称が Football Association (英語では Association Football ですが、FIFA の公用語はフランス語なので、語順がかわります) であるから、というのが答えです。
3年まえは、「Association は Fédération の註釈的同格か? それにしても語順がおかしいな」となやんでいたわけですが、なんのことはない、Football Association でひとかたまりだったわけです。

、、、しかし、だんだん、無知を宣伝するようになってきたような気がします。まあ、いいか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 00:03 | コメント (4)

2005年11月23日

「翻訳者おぼえ書き」に加筆

「勤労感謝の日」で休日。やさしく、あたたかく晴れ、行楽びより。

高尾山口にあるそば屋か、青梅線沢井の「澤乃井」にゆく計画があったが、主催者の先生が体調をわるくされ、延期になる。
そのため、午後子どもと庭であそんだ以外は閉居。

「『個人と社会との対立関係』翻訳者おぼえ書き」に加筆した。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:44 | コメント (0)

2005年11月21日

≪Froid ? moi, jamais !≫、あるいは、ももひきのとしごろ

「さむいかって? わたしはけっして!」
とでも訳することのできる標題のフランス語の発話文は、主語・動詞という統辞的な「文」をうらぎる形式をそなえており、現実の伝達においてはむしろ主題構造のほうが重要であることをいきいきとしめしている発話文であるがゆえに、言語学者のお気にいりだ。
しかし、もとをただせば、防寒下着をうりだしているダマール Damart の宣伝文句だ。

その、いきいきとした発話文のおおもとであるダマールからのダイレクトメールが、きょう、初めて、わたしのところにも送られてきてしまった。
これはたいへんなショックである。ようするに、らくだのシャツや、ももひきを着ると判断されるとしごろにさしかかったということではないかと (もちろん、「ウォームビズ」を商機とみなしたという推測もなりたつが、こんなところでつとめて楽観しようとするのも見ぐるしかろう)。
じっさい、けさなどはたいへん寒く感じた。以前はいまよりずっとやせていたにもかかわらず、ひと冬ぢゅう、さむいともおもわなかったものだが、いまのように肥って、肉布団を着こんでいてもなお、しみこむように寒いのだ。冬眠でもしたくなる。

しかし、天気はよかったので、おもいきって自転車通勤した。
文学部のうらの急坂をのぼりきると、ようやくからだがあたたかくなった。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:12 | コメント (0)

2005年11月20日

「生きるといふことを知つてゐるだらうか」

 一體日本人は生きるといふことを知つてゐるだらうか。小學校の門を潛つてからといふものは、一生懸命にこの學校時代を駈け拔けようとする。その先きには生活があると思ふのである。學校といふものを離れて職業にあり附くと、その職業を爲し遂げてしまはうとする。その先には生活があると思ふのである。そしてその先には生活はないのである。
 現在は過去と未來との間に劃した一線である。この線の上に生活がなくては、生活はどこにもないのである。
---------森鴎外『青年』第10章。

、、、そうであるなら、ほどなく崩壊するかもしれない≪組織≫をはなれ、そのなかでうまく立ちまわったところでいかほどの価値があるやらわかったものでない≪社会生活≫をはなれ、自分をみつめる極私的生活こそがめざされるべき理想ではないか。
そのことは、なにも鴎外を引くまでもなく自明のことであるとわたしはおもっているが、すくなくともいまのニホン社会においては、むしろ正反対のことがますます常識的な通念になってきているようである。
たとえば、こんにち、≪ニート≫や≪ひきこもり≫にたいして無自覚に反復されている浅薄な批判は、ひっきょう、≪社会≫に統合され、≪社会≫に献身することを無条件でこのましいことであると前提してしまっている。もっといえば、とりわけ、賃労働に従事し、現実に収入を得ることが、あたかも人格的自律であるかのように焦点化されている。
しかし、いまいちど鴎外の『青年』をよむならば、そこには、≪ニート≫や≪ひきこもり≫にたいするうすっぺらい批判を根柢からふきとばすほどの問題があるようにおもう。
わかものたちを、なにがなんでもじぶんたちの≪社会≫に回収しようとする者は、じぶんたちの想定している規矩からの逸脱をまのあたりにして、その逸脱が、じぶんたちの規矩の無価値性を逆にてらしだすであろうことを恐怖しているだけではないか。

はぁ、「それならどうすればよいのか」ですって? そのような問いを発するひとこそ、人格的に自律していないわけであって、≪ニート≫や≪ひきこもり≫を批判する資格はないとおもうのですがねえ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 00:05 | コメント (1)

2005年11月18日

きょうもまた、凡庸な1日

晴れ。朝は冷えこむ。

朝から授業、入試業務、博物館見学つきそい、会議の順で、自分の研究室にさえよりつかないで、あちらこちらを経めぐって、解放されたのは19時。
まことに賃労働とは、時間を売ることなのだなあ、といまさらながらにおもう。

午後、廊下ですれちがった先生に、

「むのたけじの「たいまつ」新聞に、「美酒爛漫」や「両関」といった全国的に名の知れたつくり酒屋が広告をだしていたのですよ。秋田って、じつはふところが深いのですねえ」

などと最近の発見を申しあげるが、

( ° Д ° ) ハァ?

という顔をされる。そこで、輪をかけて、

「クリスマスのことを、タガログ語で、pasko というのですよ。スペイン語の復活祭の Pascua からはいってきたのだとおもうのですが、いつのまに意味が「復活祭」から「クリスマス」にかわったのでしょうねえ」

とでも申しあげようかとおもったけれど、一生あいてにしてくださらなくなりそうなので、やめた。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:15 | コメント (5)

2005年11月17日

凡庸な1日

晴れ。寒い。
しかしわたしはこの、晩秋から初冬にかけての太平洋がわの、さえわたる快晴と寒さがいっとう好きだ。

あさいちばんの語学科目で中間試験を実施。
終了後、昼食、帰宅、夕食をはさんで、2クラス分、60枚の答案を、22時までかかってのんべんだらりと採点する。
期末試験と自動加算できるよう、エクセルにつくっておいた名簿に点数を書きこんできょうはおわり。
なんという凡庸な1日だろう。

採点にあきるたびに、辻潤の雑文を読む。
辻潤は雑文しかかいていないとおもうが、その雑文がおもしろい。田中小実昌とあいつうじるものがある。

#あとで検索してみると、おなじ科目の春学期の期末試験を実施し、きょうと同様に採点にあけくれた、7月21日も、きょうとおなじく、「凡庸な1日」と題して書いていた。
採点はつくづく、凡庸な作業におもえるらしい。
ただし、ちがうところは、7月より作業効率がいちじるしく落ちたこと。老耄か。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:21 | コメント (3)

2005年11月13日

性格バトン

雪乃さんからのバトンです。
さりげないようでいて、じつはなかなか重いですね。

■あなたは賑やかな人と大人しい人どっちですか?

かなしくにぎやか (tristement gai)。

■あなたの性格に相応しい単語を5つ挙げてください。

稚拙。剛直。沈滞。懶惰。疎放。
しかし、こうしてならべていると、ひらきなおっているようにしかみえませんね。われながら、くみしがたいやつです。

■好きな友達のタイプは?

ともに語ることのできるひと。

■嫌いな友達のタイプは?

ありのままに差異をみとめないひと。

■立ち直りは早い方ですか?

たいへんおそく、むしろ「立ちなおる」ことはないといったほうがいいかもしれません。
ふるくからの悔恨をひきずって、それが地層のようにおりかさなった結果がわたしの人格だと思います。

■恋人にしたいタイプは?

ともにあるくことのできるひと。

■恋人と一番の親友、選ぶならどっち?

ともだちを「一番の親友」などと分類したくありません。

■バトンをまわす5人を選んでください。

ご自分の性格を明かしてみたいひとがいらしたら、どなたでも。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:15 | コメント (2)

2005年11月10日

サン・ドニ、連想

パリ郊外のサン・ドニ県あたりで暴動、殺人、放火のニュースが出てきて、はじめは例の「荒れる郊外」の問題かと思いきや、一部パリのまちなかや、地方都市にも (あのおだやかなストラスブールにさえ) 暴動は飛び火してきたようだ。
いまさらながら、「荒れる郊外」はもともと郊外だけの問題ではなかったのであって、フランス社会、ひいては西ヨーロッパ社会の矛盾が端的にあらわれていたのだということを思わないではいられない。
フランス共和国の「自由・平等・博愛」は、つよい平準化の精神を政治に反映したものではあるが、それは差別の不可視化でもあって、じっさいにはいうまでもなく歴然たる階級社会だ。郊外に、それも条件のわるい郊外に、低所得者、失業者、移民といったひとびとが集中して住んでいることだけをとってみても、そのことはあきらかだ。
今回の事態は、かかる根ぶかい矛盾が必然的に噴出した結果であるから、それをたんに対処的にしずめるだけでなく、より根本的な解決を目ざすべきである、、、とうったえるのが社会的ディスクールの定石だろうが、そんなことをいってくれるひとはいくらでもいるだろうから、わたしは私的な連想にむかうことにしよう。

おなじサン・ドニ県で、ボンディーというまちに、わたしのともだちのエリザベートが住んでいる。元気にしているだろうか。
ボンディーにいくには、RERではなくて、東駅からでる Grandes Lignes の各停(RERのような敏捷な電車ではなく、うるさい機関車が、ふつりあいに背の低いアルミ製の客車を牽引している)に2駅だけ乗ってゆくところだ。
(あるいは、ときどきはかえりみちだけ車で Mairie des Lilas まで送ってもらって、そこから地下鉄にのった)
そして、みょうにつよく印象にのこっているのは、ボンディーで彼女がすんでいた家の面していた通りの名まえが、アジェンデ通り Rue Allende だったことだ。
ピノチェトによるいまわしいクーデターで、空軍機をつかって官邸にミサイルをうちこむ手口でころされたチリの大統領アジェンデの名まえ(エリザベートはそれを、フランス人らしく、「アリエンデ」のように発音した)が、なぜパリの郊外のまちの通りの名まえにきざまれているのかは、わからない。
パリのまちなかとちがい、2階だてくらいの、赤れんがづくりの同じような家がならぶ、素朴な郊外。
エリザベートをたずねるたびに、わたしはそこを、むしろのどかなまちだとおもってあるきまわったものだ。
どういうわけか、寒い季節にいくことがおおかった。すぐに日がしずんで、大きなガラス窓が自慢の彼女の家にむかえいれられると、こころが底からあたたまった。
いまはあのまちも、放火の現場になっているかもしれないとは、わたしにはなかなか信じられない。

#そういえば、チリのクーデターも9月11日という日づけだった。なにやら、のろわれた日づけのようだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 00:17 | コメント (5)

2005年11月09日

パラントにかんする実際的なおぼえがき

きのう、久木訳をなんとか読もう、というはなしをして、あらためてなかなか入手できないことをのんきちさんとメールでなげきあいましたので、若干情報をおぎないます。
「パラントのページ」の「文献」らんにも同様の情報をおぎないました。

わたし自身は、以前このモブログでも報告したように、幸運にもぐうぜん古本屋でみつけて購入しました。
しかしそうでなければ、一部の図書館で見ることができます。こちらのページには NACIS Webcat での検索結果をのせておきました。
市民図書館への所蔵は、同様の横断的検索はできませんので、ほとんど把握しておりませんが、東京では訳者が狛江にゆかりがあったことから、狛江市立図書館に収蔵されています。
そのうちもっと調べてのせたいです。情報を募集しております。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:36 | コメント (0)

2005年11月08日

パラントにかんする雑然たるおぼえがき

ペギーを研究なさり、20世紀初頭のフランスにくわしい先生が、わたしのパラントの訳書を読みおわっての感想をおっしゃってくださった。
いわく、全体的には内容はきわめて常識的で、なっとくできる。うらをかえせば、思想的に突出したところはみられない。デュルケム批判もたいして激越というわけではなく、この程度で、デュルケム一派がなぜ排除的な反応をしたのかがわからない。
まさにそのとおりだとおもう。パラントは、すくなくとも『個人と社会の対立関係』においては、さほど突っこんだ主張はしておらず、おのれの立場をとるにも、かなり慎重に中庸を意図しているかのようである。
ひょっとするとパラントも、博士論文としてこれを書くときは、学術的なわくぐみにある程度の譲歩をこころみていたのかもしれない。

そのようなわけで、訳者がいうのもおかしいのだが、『個人と社会の対立関係』は、パラントの著作のなかでは、けっして傑出したものではない。
わたしがこれを翻訳したのは、あくまでも、おもな著作のうち唯一日本語でよめなかったからであって、パラントのかいたもののなかでもっとも推尚したいからというわけではない。
もしすこしでもパラントに興味のあるひとがいたら、なんとか久木訳を入手またはコピーして、ぜひほかの著作も読んでほしいともおう。

もちろん、パラントの熱心な「信者」であれば (というのも、思想研究の世界ではいまだに、称讃に終始する「研究」があとをたたないから、あながち突飛な想定ではない)、シュティルナーにたいする批判を、万人がわかちもつと想定されうる唯一性から、思想的な孤高性へとたかめ、徹底しようとしたというように称讃してみせるかもしれない。
しかし、それはどうも無理があるようにおもう。パラントのいう貴族的個人主義は、むしろ、いっさい社会に興味をもたない、無力な微温的極私性にむかう、退行の一歩をふみだしているのではなかろうか。
『個人と社会の対立関係』は、初期の闘争的個人主義から、後期の隠者的個人主義へと、パラント思想が推移してゆく、ちょうど中間点にあるのではないか。その中間性ゆえに、あるいは思想的な特徴がうすまってみえることもあるのではないかとおもう。

いましがた「退行」といったが、もちろんその退行こそをあえて積極的に評価することはできる。
わたしも、やや迂路を介してではあるが、それにちかいことを考えている。

この思想的推移は、パラント自身が著作のなかでえがき出している、「貴族的個人主義」の第1期から第2期への推移に符合している。

貴族的個人主義は、それを代表するほとんどすべてのひとにおいて、順にふたつの段階をふむ。第1は楽観的自信と高潔な熱情の段階、第2は幻滅と失望の段階である。
 第1期の個人主義は、結局、みずからを実現することにたのむところのある高次の愛他主義である。第2期の個人主義は、おなじ愛他主義であるが、かえりみられず、失望した、幻滅した個人主義である。この第1期から第2期への移行は、寛大な欲望、高貴な計画、ひろい希望を世界にもたらしたほとんどすべてのがたどる経歴であり、ヴィニーやゴビノーのようなひとの経歴である。もしニーチェが貴族的個人主義の第2期にいたりつくまえに、あまりにも早く亡くなっていなかったならば、それはまた、ニーチェの経歴でもありえた。
------『個人と社会の対立関係』拙訳 pp.52-53。

ちなみに、この推移にかんする論は、博士論文の副論文としてかかれた『悲観主義と個人主義』にもより詳細にあらわれている (大杉栄がそれを剽窃的にもちいていることはべつのところにも書いた)。
わたし自身はといえば、どちらかというと後期のパラントの、絶望を凝視する思想に魅力を感じる。絶望をみつめることは、絶望そのものではない。
カミュのつぎのようなことばには、そのことが凝縮的にいいあらわされている。

Il n'y a pas d'amour de vivre sans désespoir de vivre (生きることへの絶望なくして、生きることへの愛はない)
----Albert Camus, L'envers et l'endroit.

ミシェル・オンフレー (オンフレーの訳書は昨年度NTT出版でもっとも売れたそうで、いまでは有名になったが) などは、パラントの思想をデュオニソス的で陰鬱なものとしてとらえようとしている。
それにたいして、わたしの訳書にも序文をかいてくださったステファヌ・ボーさんは、パラント翻訳の先人、久木哲氏とおなじく、むしろ生きる力をあたえてくれるととらえている。
以下は、わたしの訳書の「訳者あとがき」のフランス語版にたいたして、ボーさんが紹介的批評をかいてくださったもののなかの一節で、わたしの文にみいだされるとおっしゃってくださっているふたつの意義のうちの第2点。

このあとがきのなかでわれわれが重要とおもう第2の点は、パラントの思想を「爽涼な」ものであるとしていることです。パラントは、抑鬱的な、ペシミストの、そして自殺者の原型のように紹介されることがおおかったので(そこには彼の伝記作家たちがいくらか作用しているでしょう)、かれの書いたものは暗く陰鬱であることとはほど遠いということをわすれがちです。かれの著作は、むしろ逆に、強い生命力をつたえているのであり、それを読むことは、たいてい、四囲の陰鬱さに抗するためのよい刺激をあたえてくれるのです。パラント自身が書いている、つぎのようなことをわすれないようにしたいものです。「芸術的精神においては、ペシミスムは奇妙でうちかちがたい人生への愛とむすびつく。生きることへの厭気は、つよく、深く、強乎な感情、人生における永遠に若いもの、永遠にうつくしく、勝ちほこる、愛するべきものとむすびつく」

こうした相反するパラント像がならびたっているということは、当然ながら、パラントが言っていることから (あるいは、あまり言っていないことや、沈黙していることからさえ)、いちいち解釈をひきだす道すじにさまざまな可能性があるということだろう。
しかしそれをたんに「感性の相違」に回収してしまうことには、いかにもものたりない。まあ、おいおい考えます。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:36 | コメント (0)

2005年11月03日

結婚10周年

フランス語で、≪un temps de Toussaint 万聖節の天気≫というと、いまごろのフランスでよくある、どんよりとくもった、さむい日よりのことをいいます。
いっぽう、日本の (とくに太平洋がわの) 11月は、乾燥した晴天がつづく爽快な日々です。きょう、11月3日は、過去50年で晴れが80パーセントをこえる、気象観測上の「晴れの特異日」としても知られています。
ことしのきょうは、14時ころまでは日本の11月らしい晴天、そしてそのあとはフランスの万聖節の天気というように、両方をたのしむことができました。
ちなみにわたしは、それらふたつの天気は、どちらも大好きです。とくに、外をあるくには、やや寒いくらいが爽快に感じます。

そしてきょうは、わたしども夫婦が結婚10周年をむかえる日です。
なにか特別なことをしようかといろいろ考えていたこともありましたが、けっきょく、去年の結婚記念日とおなじことをしようときめました。めでたいときには、結婚記念日にかぎらず、ほとんどいつも、近所のしにせの洋菓子屋のケーキ、そして、南フランスの赤ワインをもとめてきます。
きょうの赤ワインは、コート・ド・プロヴァンスのシャトー・ラ・ルーヴィエール。さて、そろそろ乾杯です。

つきなみですが、10年はあっという間でした。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:15 | コメント (4)

2005年11月02日

大きな懸案

まったりとつづけてきたモブログ≪MIXTURA≫ですが、ひとつ前の記事で500件をかぞえました。
いっしょに書いてくださっているみなさま、そしておとずれてくださるみなさま、ありがとうございます。

きのう (1日) は子どもの幼稚園の面接でした。
面接といっても、「これなあに?」「ぞうさん」というくらいの、他愛のないものですが、それでも親としては心配なものですね。
そういえばわたし自身は、いまのわたしが過去のわたしの親だったら尋常ならざる心配をしただろうなあと思うようなことをよくする子どもでした。たちばがかわっただけです。

きょう (2日) は、向こう2~3か月の射程での大きな懸案が新たにのしかかってきたことが判明して、ただでさえ繁忙におしつぶされそうだったわたしの精神は、もはや機能停止にいたってしまいました。
かえってきたら、頭もいたい、胃もいたい、そしてふらふらするので、夕食前にたおれるように就床し、子どもに起こされてかろうじておそめの夕食をとり、だらだらとネット渉猟をして慰藉にしようとこころみ、いまにいたります。
短期的課題とのかねあいもあるので、大きな懸案のことは、いましばらく (来週のなかばころまで) あえて忘れておくことにします。

ああ、もっとストレス耐性がほしい (切実)。
でも、こうして愚痴愚痴いうのも、ある種のストレス耐性が発動されていることになるのかもしれません。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:26 | コメント (0)

2005年10月31日

アマゾンに質問メール

のんきちさんの不屈のたたかいには遠くおよびませんが、わたしも先日、アマゾンにどうしてもひとこといいたくなり、つぎのようなメールを書きました。

件名: 商品の発送可能時期

17桁の注文番号: [省略:わたなべ]

コメント: この注文について、今朝、受注側の「アートエイチ」様から、このコメントの末尾に全文引用するメールをいただきました。そのメールのなかで、「これより、在庫調査および梱包作業を開始」と書かれていたことで、非常に気になったことがあります。貴社の「アカウントサービス > 注文履歴 > 最近の注文」のページでは、昨日の段階からすでにこの注文商品は「発送済み」と出ていました。送り出す側の「アートエイチ」様が「これより、在庫調査および梱包作業を開始」というならそれは信憑性があると思うのですが、もしそれを信じるなら、貴社が「発送済み」を打っているのは虚偽であるということになります。なにを根拠に「発送済み」の表記をしているのかをお教えいただきたいと思います。

----- Original Message -----
送信者 : "アートエイチ" [アドレス省略:わたなべ]
宛先 : [アドレス省略:わたなべ]
送信日時 : 2005年10月24日 7:59
件名 : 本、CD、DVD買取販売のアートエイチ/受注データ確認のお知らせ

> 渡邊淳也様
>
> 本、CD、DVD買取販売のアートエイチです
> Amazon.co.jpにてご注文頂き、誠に有難うございました。
> ご注文頂きました商品 [商品名省略:わたなべ]
> につきまして受注確認致しましたことをお知らせ致します。
> これより、在庫調査および梱包作業を開始致します。
> 梱包作業が完了し、発送準備が整い次第再度ご連絡差し上げます。
>
> また、本メール送信後のキャンセルはお断りさせていただいております。
>
> ------------------------------------------
> 本、CD、DVD買取販売のアートエイチ
> http://kosuke.lolipop.jp/page042
> ------------------------------------------

アマゾンからの答え

送信者 : "Amazon.co.jp Customer Service" [アドレス省略:わたなべ]
宛先 : [アドレス省略:わたなべ]
送信日時 : 2005年10月25日 12:36
件名 : Amazon.co.jpへのご注文について

Amazon.co.jpにお問い合わせいただき、ありがとうございます。

このたびは、お客様のご注文につきまして、ご迷惑をおかけいたしておりますことをお詫び申し上げます。お調べいたしましたところ、このたびのご注文 [#番号省略:わたなべ] は、10月22日に承っておりますことを確認いたしました。マーケットプレイスの出品者は、通常ご注文をお受けしてから2営業日以内に商品を発送いたします。なお、商品到着までには、配送時間といたしまして、発送後さらに5営業日ほどお時間をいただいております。

マーケットプレイスでのご注文は、ご注文確定後、クレジットカードの認証作業が開始され、認証が取れた時点でご注文が成立いたします。成立時には、出品者あてに発送依頼の確認メールが送信され、その後は出品者側の発送作業に移行いたしますため、この時点をもって当サイトのアカウントサービスでの表示は、発送済みの注文に移行いたします。 この点についてご理解いただけましたら幸いでございます。お客様からのご意見は担当部署に申し伝えました。この表示により、お客様に大変ご迷惑をおかけいたしましたことを、深くお詫び申し上げます。[強調わたなべ]

なお、ご注文商品の発送状況についてご不明な点がございましたら、恐れながら、出品者:[メールアドレス省略:わたなべ] まで直接お問い合わせいただきますようお願いいたします。

万一、ご注文いただいた日より7営業日後(出品者による発送期日の2営業日+商品到着までの日数5営業日)から起算して3営業日以内に出品者からご連絡がない、または、お客様と出品者との間で問題を解決することができない場合には、当サイトにてAmazonマーケットプレイス保証を申請させていただきます。マーケットプレイス保証の詳細は、以下のURLよりご確認いただくことができます。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/tg/browse/ [以下アドレス省略:わたなべ]


また、マーケットプレイス保証の申請が必要となりました際には、以下のすべての規約を同意のうえ、申請のご連絡をしていたただく必要があります。

・この注文について、出品者に連絡を取りましたが、問題を解決できませんでした。(まだ出品者に連絡していない場合は、アカウントサービスから出品者に連絡し、注文について確認してください。)

・Amazon.co.jpのAmazonマーケットプレイス保証についての諸規定を読み、理解しました。

・虚偽の申請を行うと詐欺等の犯罪行為として重大な刑事罰の対象となる可能性のあることを理解しています。

・この保証請求を申請することにより、Amazon.co.jpの要求に応じて、領収書、支払いの取消し、又は拒絶されたことを示す書類、商品そのもの、その他詐欺的行為を行った者を特定するのに必要なものを提出することなどを含め、この件に関するAmazon.co.jpの調査に協力することに同意します。

・Amazon.co.jpが受けた損害を取り戻すことができるよう、クレームにより私が受け取る返金額分を上限として、詐欺的行為を行った者に対し私が有する請求権をAmazon.co.jpに譲渡することに同意します。

お客様がすべての規約に同意していただけましたら、お手数ですが、同意する旨をご記入のうえ、以下のURLにアクセスしてご連絡いただきますようお願い申し上げます。なお、コメント欄に「同意する」という一文が明確に記載されていない場合には、誠に恐れ入りますが、お手続きを進めることができませんのでご注意ください。

http://www.amazon.co.jp/rsvp-mi?comm_id=[以下アドレス省略:わたなべ]

上記URLのフォームよりご連絡いただいた際には、お客様のご注文状況について調査を行い、問題を解決するために当サイトにてしかるべき対応をさせていただきます。

ご不明な点がございましたら、ご遠慮なくお問い合わせください。Amazon.co.jpをご利用いただき、ありがとうございました。

恐れ入りますが、上記の回答で問題が解決したかお知らせください。

解決した場合はここをクリック:
http://www.amazon.co.jp/rsvp-y?[以下アドレス省略:わたなべ]
解決しない場合はここをクリック:
http://www.amazon.co.jp/rsvp-n?[以下アドレス省略:わたなべ]

誠に申し訳ございませんが、こちらのEメールは配信専用のアドレスとなっておりますため、お問い合わせ等のメッセージを受け付けることができません。恐れ入りますが、上記のリンクから必要情報をお送りください。なお、新規のお問い合わせの場合は、下記のURLからカスタマーサービスにEメールでお問い合わせください。

http://www.amazon.co.jp/contact-us/

Amazon.co.jp
カスタマーサービス
クロージア


なんと、「クレジットカードの認証がすめば『発送済みの注文』に移行する」とは、虚偽の表示をしていることを自白しているのと同じことではないでしょうか。
強調した段落以外は関係のないことばかり (「発送時期」という、選択肢式の件名で送信しましたから、たぶんこのカテゴリーの質問にこたえるときに使いまわす定型文があるのでしょう) です。
しかも、保障制度を利用する方法の説明に、「虚偽の申請を行うと詐欺等の犯罪行為として重大な刑事罰の対象となる可能性」があるなどとしるしてありますが、ああた、「発送済み」などという虚偽の表示をしているのはアマゾンの方でしょうが。

なにをもって「発送済み」の表示を打つのかを質問し、いちおうその質問への答えの情報は返信にふくまれていたので、この回答自体は諒としましたが、「クレジットカードの認証がすめば『発送済みの注文』に移行する」というやり方がおかしいことにはちがいないので、ここに書いておこうと思います。

しかし、マーケットプレイスの場合、アマゾンから直接買うわけではなく、マーケットプレイスを介してつながった相手の業者との取り引きなので、あまり問題はないだろうと思っていたのですが、まさにその、介在者がアマゾンであるという理由で問題はあるのですね。
もちろん、うえで名まえの出た「アートエイチ」さんにはまったく問題はありません。よいものを安く売ってもらえて感謝しています。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 06:46 | コメント (5)

2005年10月26日

ランブルースコ !

きょうは水曜。白百合女子大に非常勤で出講する日。
昨夜の酒宴にもかかわらず、いつも以上にはやく、かつ爽快に目覚め、「なんだ、いけるじゃないか」とへんな自信がつく (あぶない)。
9時まえに出て仙川にむかう。
そして、きのうかいたとおり、「もっともらしい顔をして授業をする」。まあ、それが生業だからしかたがない。
ふたこま授業をおわらせて、学内の屋外に出たら、べつの校舎からもどってこられたフランス人の先生が、Il commence à pleuvoir ! とおっしゃる。
でも、鈍感なわたしは、雨がふっていることにしばらく気づかない。
仙川駅で、直前の授業をとっている学生と偶然いっしょになり、明大前まで話しながらかえってくる。
下北沢で小田急にのりかえ、16時30分ころ、自宅のもより駅についたら、もう傘が必要なほどふっていた。
「夜だけ雨」という天気予報だったが、信用せずにおりたたみ傘をもちだしていてよかった。
はだざむい。まだ季節ではないが、「しぐれ」とよびたいような雨だ。

パリにすんでいたころによく行ったクスクス屋で、このんで飲んでいたイタリアの発泡赤ワインはなんという名まえだったか、おもいだせなくて、ここ数日むずむずしていた。
しかし今夜、べつのかんがえごとをしていたら、とつぜん、あたまのなかに、その名まえ、「ランブルースコ」がひびきわたった。
はなやいだ、それでいてせつないひびき。とおい日の記憶なのに、まるでいま、ここで言ったように、耳もとでひびく。
「ランブルースコ」の記憶をとりもどしただけでも、きょうはいい日だ、ということにしよう。
Lambrusco のサイトも見つけた:
http://www.lambrusco.net

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:58 | コメント (2)

2005年10月25日

ひさびさの学生との飲み会

こんやは、わたしが教員側の実務担当者をしている、学園祭の文学部展委員会の学生のみなさんといっしょに、町田でのんできました。
学生とのむのはひさしぶりです。しかし、わかいのりにひきこまれて (というと無責任でしょうか)、かなり「としよりに冷や水」な飲みかたをしたので、かえりみちがやや心配でしたが、なんの問題もなくかえってきました。いろいろとたのしい思いをしました。
委員会のみなさん、いましばらく、いっしょにがんばりましょう。

あしたも、午前中から、もっともらしい顔をして授業をするのかとおもうと、自分がおかしいです。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:36 | コメント (2)

2005年10月24日

ひさびさの自転車通勤

晴れ。ひさびさに自転車で通勤する。
自転車で通勤するのは、安全のため、(1)晴れた日で、(2)かえりが早い日という条件をみたす日にかぎっているが、最近はいずれの条件もなかなかかなえられなかった。
10月にはいってから先週までは、例外的に雨がおおく、とくに1日から18日までの18日間は、東京では、そのうち14日雨がふるという、異常といってもよい天候だった。
それにくわえて、夜おそくにならないとかえれない日がつづいたりして、うんざりし、そしていささかいらいらしていたのだが、きょうのような日があるとほっとする。
自転車で大学のある丘にのぼり、そして自転車でおなじ坂をかけおりてくると、なんとなくからだが軽くなるような気がする。「気がする」だけだが。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:30 | コメント (2)

2005年10月23日

打ち聞き

先週末は新潟出張で週末返上だったうえに、今週もまいにち雑務ばかりがいそがしく、かえりがおそくなることが多かった。
金曜にはぼろぞうきんのようにつかれたので、今週末こそ休もうかとおもったが、きのうの土曜は慶應 (三田) で研究会があり、怠惰なわが身に鞭うって出かけた。

研究会は盛会で、発表者の先生の大学院のセミネールに出ている院生がおおぜい出ていた。おわったあと、その院生たちがたいへん速く、しかもあたかも隊伍をくむようにして集団で帰途につくのがおかしかった。わたしが院生だったころは、研究会後の酒宴のほうがたのしみだったものだが (いや、いまもそうだ)。
研究会がおわったあと、かえりに田町駅の改札にほどちかいアイリッシュパブ≪Statiun≫(いつも前をとおりすぎるだけで、いちどもはいったことがなかった) で、発表者の先生をかこんでギネスをのむ。フィッシュ・アンド・チップスをたべる。
フィッシュ・アンド・チップスのフィッシュは、ポルトガルや、アンダルシーアでよくたべる、魚の揚げものによく似ている。「てんぷら」の原型がポルトガルにあるというのもうなづける。

ゆうべ、ギネスをのみながらきいた話。
ノルマンディーのスリジー=ラ=サールで、先月、アントワーヌ・キュリオリをかこむ研究会があったとのこと。
どこかできいた名まえだとおもったら、デリダらが『ニーチェは、こんにち?』の討論会をした場所で、それ以前も、多くの重要な研究会があったところらしい。
その会場は村の素朴な宿屋のようなところだそうで、世話人の地元のおばさんが、
「パリのひとは、いそがしすぎて、いそぎすぎる。1週間は滞在して、ゆったりとした時間をすごして、食事もともにし、ゆっくり話しあえばいいしごとができますよ。それでも最近うけいれる研究会は3日程度でおわりにしてかえってしまう。みんな、時間がなさすぎるのよねえ」
とおっしゃっていたとのこと。身につまされる話だ。
「いそいでしごとをする」どころか、その「しごと」さえ、増大する雑務に研究部分は追いつめられて極小化し、どうなってしまうのだろうと思っているわが身には、刺すような現実性をもってせまってくる。

(ちなみにわたしは、しごとのうち、研究部分と、管理運営の部分とは、トレードオフの関係にあるとおっている。
しかるに、管理運営だけにかかりきりになっている教員 (これを、「非研究系教員」とよぶ秀逸な表現がある) にかぎって、「研究は教育とトレードオフの関係にある」などという妄言を吐く。
研究しないということは、教育の源泉が枯れているということだ、とここでいいかえしておこう)

また、学的に重要な研究会がおおくひらかれているスリジー=ラ=サールのその場所が、大学や、大学施設などではなく、素朴な宿屋のようなところだったということにも共感をいだく。
やはり、「大学」などの制度の水圧をいったん忘却したところからでないと、研究はすすめられないのではないかという気がする。

ごいっしょにギネスをのんだもうひとりの先生のお話。
他大学の外部評価のお仕事などもなさっていて、その際に、内部の教員も外部の教員もいいことばかりを書くのではなくて、これを不満解消の好機ととらえてはどうか。
たとえば、「授業は週に7こま、委員会も10件、義務を4割もうわまわる超過勤務をしていて、研究が満足にできますか」などという発言をなさるとのこと。
そんなことを外部評価の報告書で書かれたら、大学の上層部も改善につとめざるを得ないのではないかと。
制度がただにが手なだけで、その制度をうまく利用することなど思いもつかないわたしにとっては、これまた、はっとされられる話だった。

休めないでつづいた、2週間分のつかれが蓄積したままだったので、今朝はひさしぶりに朝寝をしてしまった。
10時30分ころ、ようやく起きて階下におりると、妻が洗濯をおえて干すべき洗濯物を待機させていた。申しわけない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:44 | コメント (0)

2005年10月11日

さらなる波瀾

7時ころ、大学のホームページで確認したところ、

今年度の体育祭は中止となりました。通常授業が行われます。大学入試ガイダンス・玉川学園K-12入試相談コーナーは中止します。

と書いてあったので、H先生に

きょうは、初回のアンケートに「受講理由:他科目の抽選に落ちたから」などと堂々と書いてくる、肝っ玉のすわった学生が多数いるコア科目で、しかも午前中なので、ほとんどだれも来ないでしょう。これで授業をすすめると、欠席したひとははやくも初盤で語学修得に挫折するかもしれず、朝からあたまがいたいです。

と愚痴のメールを出す (送信7時23分)。
そのころには雨はやんでいたが、中止の判断はもっと早かったのだろう。

しかし、ことはそれだけではおわらなかった。
7時40分ころにそのH先生から電話があり、その後のわずかな時間差のうちに、あたらしくホームページにべつの告知が出ているとのこと。
あわてて自分でも確認すると、

小田急線信号故障のため、本日10月11日、大学の授業は5限より開始します。なお、幼小中高は、復旧しだい通学してください。

な、なんなんだ?
この混乱にまきこまれたひとには同情するが、個人的には、「体育祭も中止、授業もなし」という、最高の結果になった。
至急電話で知らせてくださったH先生に感謝。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 07:51 | コメント (5)

2005年10月10日

続・秋霖

やはりきょうも朝からしとしとと雨がふりつづき、体育祭はさらにあしたに順延。
ところが、あしたもほとんどいちにちぢゅう雨という予報がでている。
3日連続して雨で体育祭が流れた場合は、今年度は体育祭は中止し、ふりかえ休日のはずだったあす火曜が、平常授業にもどるという予定だ。
最悪の展開だが、そうなる確率が高い。
しかし、そんなことはめったにないので、火曜がきゅうに平常授業になっても、はたして学生は授業に出てきてくれるのかどうか。

出版社から、はやくも教科書の見本が送られてきたので、来年度のことをすこしだけ考える。
「まったく、今月の授業準備もできてないのに、なにが来年度の計画じゃ。へそが茶をわかすわい」
と、じぶんに悪態をついてみる。じぶんに悪態をつくのは、じつにたのしい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:32 | コメント (0)

2005年10月09日

秋霖

いかにも秋霖らしい、ほとんどいちにちぢゅうふりつづく雨。
きょう予定されていた体育祭はあすに順延になり、きょうは出勤しなくてよいことになる。
しかし、あしたはきょう以上に雨がふりつづくらしく、ますます無理だろう。
最大限あさってまで順延されることになっている。

終日閉居して、すこしたまっていた事務的なメールに返信したり、教材を書きすすめたりする。
ほんとうは12月までの論文を書きたいところだが、風邪の名ごりの咳がしつこく、ひどく落ちつかない。
あまり息ぐるしいので、のどに手をつっこんで気道をひろげたくなる。

きのうまでとはうってかわって、はだざむくなる。
あわてて冬用のスリッパをはく。中国のジャスミン茶をのんで、からだをあたためようとする。
今秋はじめてのみかんをたべる。早生みかんなので甘さはあまりないが、香りはかえって強い。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:24 | コメント (0)

2005年10月08日

某掲示板での会話より

のんきちさんいわく

ホテルのベッドってふとんが巻きつけてあるでしょう。あれがゆるせないので、びゃ~、とめくって寝るのれすが、朝起きると、ふとんが床に落ちて、ねまきもはだけて、ほぼ裸で寝ている状態になっているのれ、いつもホテルに泊まると風邪をひくように思いましゅ。

はりねずみさんいわく

あ、あのベッドのぴしっとなっているのは、わたしもいつも剥きます。冷え症なのに、寝ている間は足に熱がこもって、足だけ出しちゃうの。
だからおふとん、落とすことも多いです。でも裸族じゃないよ(笑)。

ぴーこさんいわく

私のほうは、掛け布団をはがしてシーツがごそごそになるのがいやで、いつも、ビシッと狭いベッドの中でおとなしく寝てます。
犬みたいに丸まって寝入ることが多いので、問題ないのですが。

でも、これって、人としての生き方みたいなものがモロに出ていると思うのは、私だけ?
先天的、本質的にどうかは不明だけれど、シーツを挟み込んだベッドみたいな、世間が決めた「枠」のなかで、自分も世間もだましだまし、よい子で生きてきたような気がするもの。(笑)

するどい! どの程度忠実に反映するかという度合いの違いはあるかもしれませんが、精神性がこうした身体感覚に対応することはまちがいないと思います。

わたしは、だいたいにおいて暑がりなので、足を出したがるほうですが、暑くないときでも、ベッドに折りこまれたシーツが、からだの下に行けば行くほど狭窄していて、足を脚から一直線に水平にしなければならないのがつらくて、すっかり抜きとらないまでも、引っぱって余裕をつくるといったことをしています。
後者の行動は、ぴーこさん型と、はりねずみさん・のんきちさん型の中間ではないでしょうか。わたしは、自分でいうのもなんですが、理想は急進主義にあると思っていながらも、現実にはついつい中ほどで妥協してしまう場合も多く、この精神的傾向と、ベッドのシーツにかんするふるまいが一致していることに感動しています。

ちなみに、わたしもゆかたをおとなしく着つづけられないほうなので、夏場に泊まるときは、はじめからひらきなおって裸族です。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:32 | コメント (3)

2005年10月06日

ただ、うつろなだけ

くもり。あさいちばんの授業が体育祭練習のため休講になる。これさいわいと grasse matinée をきめこもうともくろんでいたが、そのこころがけのわるさがわざわいしたか、6時ころ、風邪の名ごりとおぼしき咳で息ぐるしくなり、しかたなく早起きする。

つぎになにを研究しようかとかんがえるとき、だまってゆっくりとすわっていて、ねむりこみそうになるその境界線上で、よいかんがえがうかぶことがおおい、と若桑毅先生がおっしゃっていた。しかし、わたしの場合は、ただねむくなるだけで、しかもきょうは、のどもとが苦しいから、ねむることもできない。

そのかわり、ひさしぶりにあざやかな回想をした。1996年のことだ。あの年は、よくもわるくも、ことのほかかるがるしかった。無為を意識化して、意図された無感動(フローベール的とでもいえようか)を生きていた。わたしがそうだったから世のなかがそうみえたのか、じっさいに世のなかがそうだったのかはわからない。triste paysage というとき、かなしいのはだれ(なに)か、という問題と似ているかもしれない。

いまも無感動といえば無感動かもしれないが、意識的ではない。ただ、うつろなだけ。

13時からアンケート返却の単純作業。30分ほどでおわり、研究室にもどる。不要になった古い書類がかなりたまっているので、おもいきって一気に捨てる。一気に捨てるという行為は、なぜこんなにここちよいのだろう。

17時から「1年次セミナー」のうちあわせ。といっても、きょうは試験の概略をきめただけで、あとは気らくに話す。

20時まえに帰宅し、子どもといっしょにふろにはいる。子どもとふれあっているときだけは、たしかに生きているという気がする。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:01 | コメント (0)

2005年10月02日

神酒バトン

Cafecriollo さんろしーたさんを経て、「神酒バトン」なるものがまわってきましたので、以下におこたえいたします。

神酒バトン
①今、冷蔵庫に入っているお酒の量は?

まったくありません。冷蔵庫のみならず、家のなかには皆無です。
ふえた贅肉に衝撃をうけた2004年の正月から、「自宅に酒類を常備しない」という方針をとっています。
といっても「禁酒」ではなく、外ではのんでもよいことにしており、また自宅でも特別な機会には禁をとく、ゆるやかな抑制です。

②好きなお酒は?
赤ワイン、ビール、麦焼酎、パスティス、日本酒など。

③最近最後に飲んだ店は?
会議のかえりに玉川学園の「イタリアーナ」で。

④よく飲む、または思い入れのある5杯
南方系の濃厚な赤ワインが好き。産地でいうと、
1 コート・デュ・ルスィヨン
2 バンドル
3 コルビエール
4 コート・デュ・ラングドック
5 コート・ド・プロヴァンス

⑤飲み会でやるゲーム
ほとんどしません。いちどにふたつのことができないたちで、飲むときは酒に没入します。
えっ、こたえがつまらなすぎる? それなら、「佳人に踏みつぶされるゲーム」ということにしておきましょう。はっはは。

⑥ジョッキを渡す5人
わたしのおもいつくひとのうち、はりねずみさんのんきちさんは、すでにろしーたさんから指名されているので、勝手ながらふたり減らして、ゆめさん雪乃さんS谷さん

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 18:44 | コメント (2)

2005年09月29日

ストレス耐性

ここのところ、あちらでもこちらでも、なげいたりこぼしたりしつづけていた、ふたつの問題 (ひとつは学内、ひとつは学外) が、きのうまでにいずれも解決し、ひさしぶりにすがすがしい朝。
きのうまでは、あるくにも自分の重さにたえかねて (いや、もともと重いのだが、それ以上に、心理的に重いのだ)、みえない枷をひきずっているようだったが、きょうはいつもの早足にもどる。

朝ひとこまめの授業をおわらせたあとから、昼食をはさんで15時まで、個人研究費の上半期の決算をする。
書類整理もにが手、計算もにが手、帳票を起こすのもにが手ときているわたしにとっては、この決算は鬼門で、毎回たいへんな苦労をしていたが、はるかに困難なほかの問題をクリアーしたあとのせいか、手早くすすめることができる (といっても、何時間もかかっているが)。いまならすこしばかりストレス耐性ができているようだ。
プリントアウトした帳票はぶあつい束になり、事務室に提出するときは「一気に大量に出します!」と宣言して、すっかりきらわれる。

(じつは去年から、工学部の先生がつくってくださった起票支援ソフトがあり、わたしもありがたくつかわせていただいている。
これで書類内での計算まちがいや、誤記入はさけられるので、すでにかなり楽になっているはずなのだ。
しかし、そこへゆくまでの前提として、ソフトに入力するべきデータがあらかじめきちんと整理されていなければならない。領収書のうちわけ、物品との対応関係など。これがまたたいへんで...)

15時から会議がふたつ。

宵のころ、いくつかの些細なことがきっかけで、ひさしぶりに多幸感 (euphorie) をおぼえる。それは、いまもほのかにつづいている。ねんのためにいうと、酒はのんでいない。
もっと頻繁にこのような感覚が得られればよいかとも思うが、しかし頻繁だと慣れてしまってなんとも感じなくなるのかもしれない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:47 | コメント (0)

2005年09月23日

木ねずみ

秋分の日。午後は晴れて暑くなり、冷房をつける。

「赤面報告」、そんな名まえのテレヴィ番組があったような気がするが、わたしはきょう、またひとつ、おのれのたいへんな無知に気づき、おおきなショックをうけた。
「ゆりかごの歌」。北原白秋作詞の有名な童謡だが、おさない子をひざにのせてこのうたをうたううちに、その歌詞にでてくる「木ねずみ」とはどんな動物だろう、木にすむねずみなのかなあ、とおもって辞書をひいた。
すると、なんと、「りすの別称」とでていた。そんなことは常識かもしれないが、わたしは、はずかしながら、きょうのきょうまで知らなかった。
ついでにひとつおぼえたこと。やまとことばで「木ねずみ」というのに対して、漢語では「木」ではなく「栗」をつかって「栗鼠」として、それを音読みすれば「りす」になる、ということ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:40 | コメント (0)

2005年09月22日

するどい/あかるい

秋学期開講を週あけにひかえて、しごともふえてきたが、きょう、早くもおおきな失敗をしてしまった。
社会的にこなれていない人間とは自覚しているが、わたしはつくづくだめだ。
「こんなやつはつかえないから、いまの役職からはずす」といってはもらえないかなあ。
かつて、「雑用から逃げる方法はね、わたなべさん、おおきな失敗を2度するのですよ。2度ですよ。そうしたら、雑用からはずしてもらえます」とおしえてくれた先生がいた。
しかし世間では、そんなことをしたら、雑用からはずされるばかりか、つとめぐちそのものをうしなう場合さえあるのではないか。その意味で、大学はまだまだ、甘い世界ではある。
そんな甘い世界にさえ、わたしは生きてゆくことに困難をかんじる。

* * * * *

ところで、くちびるを左右にひいて、くちむろのまえのほうで発せられる音のことを、なんと形容するだろうか。
「前方の antérieur」とはそのままの客観的な音声学用語だし、「せまい étroit」では事態の一面しかしめしていない (つまり、せまければ後舌でもかまわないことになってしまう)。
フランス語の教室でよくつかわれることばは、「するどい aigu」という形容詞だ。
これは、つづり字記号の「アクサン・テギュ accent aigu」( ´ ) の名まえとあいまって、つうじやすい。
élément のはじめのふたつの母音 [e] は「するどい [e]」だから、アクサン・テギュをつけるのですよ、というように。
しかしもうひとつ、前舌の母音を形容するときにつかわれる形容詞に、「明るい clair」というのがある。
では、前舌の母音はなせ「明るい」のだろうか。
それは、音の質としてひびきやすく、とおりやすいので、その聴覚を視覚に転移せしめて (つまり、「共感覚 synesthésie senrosielle」的に)、「明るい」といったのだろう。
しかしそれにくわえて、またべつの擬似的共感覚がある。
それは、ひとがわらうときにくちびるをよこにひき、前舌の音をだすことから、そうした音をだすときの精神状態を考えると、印象として「明るい」というつながりだ。

そのことを感じざるを得ないのは、おさない息子がわたしを「パパ」とよぶ場合、かれがとくべつにいい気分のときや、とくべつに甘えたい気分のとき、「ぺぺー?」のようによぶときだ。
「ぺぺ」といっては、ことなる音素をもちいてしまっているが (とくに、フランス語だとすると、pépé は「おじいちゃん」だ)、しかしその危険をおかしてもなお、「明るい」音をこの子はせいいっぱいに出しているのか。

* * * * *

19日、3連休の最終日になってから連休に気づいたというはなしをしたが、あしたは金曜日、秋分の日で休日なので、あしたからまた3連休だ。
おなじ週のはじめとおわりに1度ずつ、3連休がある。なかなかぜいたくだが、どうせなら学期中にこれがあったほうがありがたい。
しかしこんどは、わたしにとっては、連休とは名ばかりで、まんなかの24日にフランス文学会の幹事会があり、午後から夜にかけて、恵比寿まで出かけなければならない。
「ぺぺー?」といってくれる子どもと水いらず、というわけにはなかなかゆかない。

24日の午後から夜にかけて幹事会があることで、幹事会自体の業務的な煩瑣以外に、こまることはすくなくとも3つある。
フランス語学会の例会とかさなって、親しいSさん、Kくんの発表をききにゆけないこと。
颱風がまたちかづいてきていて、このまますすむと、24日の夜に東京を直撃するかもしれないこと。
そして、この日がちょうど子どもの3歳の誕生日にあたるのに、そばにいてあげられないこと。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:06 | コメント (0)

2005年09月21日

幼稚園の比較表

特徴 A幼稚園 B幼稚園
通園 15分、のぼり坂。送迎バスあり。 10分、平坦。送迎バスあり。
規模 1年が2~3組。 1年が10組から12組。
立地 丘の上で爽快。 山のふもとから上まで、斜面を占める。
設備 貧弱。園舎も園庭もせまい。雨がふったら屋内にぎゅうぎゅう詰めかも。 余裕がある。園庭は巨大。屋内プールあり。
遊具 滑り台の下がトンネル。遊具ではないが教室のひとつが電車。 多数。フィールドアスレティック、長いすべり台やどらえもん型遊具あり。消防車あり。
方針 自由あそびが主体。あそびのなかから学ばせる。 プログラムがきまっている。午後は自由あそび。
教員 自由にあそばせるとは言い条、やや疎放的。大勢のあそびの輪のなかには教員はいるが、そうでない子にあまり視線がむかない。 まんべんなく子どもをよくみている。対応が様式的にみえるが、親なら無意識にしていることを規則化しているのかも。
子どもどうしの交流 全園児が年齢のちがいをこえて交流。 基本的にクラス単位で行動。普段はクラスの属する園舎のまえの園庭であそぶ。
親の動員 少ない。遠足同行は年少の春だけ。 多い。遠足は毎回同行。運動会は2日がかり。バザーや交流会など、行事めじろおし。
服装 私服。むぎわら帽子。 制服、かばん、体操着。帽子は組ごとに色ちがいで、名まえの刺繍や、キャラクターの縫いつけなどが自由。
弁当 もたせる。仕出しもあり。 もたせる。
保育料 あまり差がないので比較にあっては考慮外。
安全対策 あまり差がないので比較にあっては考慮外。
時間 14時まで。水曜は午前のみ。あずかり保育18時まで。 15時まで。水曜は午前のみ。あずかり保育20時まで。


投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 12:33 | コメント (6)

2005年09月20日

彼岸の入り

きょうが彼岸の入り。こよみのとおり、すずしくなる。
くもりという予報に反して、午後から、しとしとと秋霖のはしりのような雨がふりつづく。
傘をさして外出する。
雨量にするとほんのすこしで、川の水かさはふえていない。しかし、いつもみかけるかるがもは川にいない。

委員の先生から転送されてきたメールをひらいて、秋学期の体育祭と音楽祭の練習の日程を知る。
そして、それらを理由になんべん休講するかをかぞえて、学生とまったくおなじようによろこぶ。
これにくわえて、10月は、新潟での学会に出張するため、休講することができる 休講せざるを得ない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:26 | コメント (0)

2005年09月19日

ものうい連休

いつのとしからか、敬老の日が移動祝祭日になっていて、きょうまで連休だということに、連休最終日になってから気づいた。
近隣のグラウンドで、きょうも朝からつづく、つかれを知らない少年サッカーの喧噪が、風にのってきこえてくる。

おとといまで涼しかったが、ここ2日つづけてすこしずつ温度があがり、きょうは真夏日になりそうだという。
きのうまで、秋学期の講義科目の教材をつくっていたが、ひととおりできあがったので、読みかえさないで、そのまま大学にメールで送ってしまう。
ほかにも懸案はおおくあるが、わたしがひとりでできることではなく、ほかのひとから出してもらうのを待たなくてはいけないしごとだったり、いったんべつのひとの手にわたって、もどってくるまで待たなくてはいけないしごとだったりするので、こちらにできることは、ただ気をもむことだけだ。
雑務ストレス全般によわいわたしは、この待機ストレスにもよわい。
しごとのできるひとというのは、いわば職業的無感動を身につけていて、なやまず、まよわず、淡々と、しかしたいへんなスピードで、こうした案件を処理してゆくのだろう。
ニーチェが、『偶像の黄昏』で、高等教育は人間を機械にすることであり、その点で完全なのは国家官僚であるといっているが、その「機械性」は、こんにち、ますますつよくもとめられるものであるらしい。
わたしはといえば、こうして、詮方のない愚痴をうわごとのようにくりかえすばかりだ。『偶像の黄昏』の延長でいうと、まちがいなく、高等教育がそなわっていない部類にはいる。
なお、皮肉なことに、ニーチェが高等教育の範としているのは、フィロロジーだった。わたしの感覚では、フィロロジーの純粋さと豊饒さは、むしろ、雑務とは正反対のような気がするのだが。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 11:00 | コメント (0)

2005年09月14日

ぶつぶつ

快晴。きのうにつづいて、真夏にもどったような暑さ。東京のきょうの最高気温は33度。箱根の山をこえてきた西風がつよく、フェーン現象で湿度はひくいのがわずかな救いだ。
講話のオーガナイザーのしごとは春学期いっぱいでお役ごめんのはずだったが、なりゆきでそのしごとがまたまわってきてしまい、書類などの処理をするためだけに大学へゆく。
きのうもべつの会議が午前・午後ともあったので、きのういっぺんにすませればよかったが、あいにく、わたしに問題のしごとがまわってきたことを知ったのはきのうの帰宅後だった。

わずかなあいだにたまっていた、べつの雑務もかたづける。雑務は雑草のようにつねに繁茂しつづけているので、たゆまず苅りとらなければならない。「雑務の繁忙」と「雑草の繁茂」との対句的アナロジー。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:18 | コメント (0)

2005年09月07日

おなじ日づけ、おなじような颱風

颱風14号が日本海をとおりすぎ、周期的に風雨がつよくなる。
去年のちょうどきょう (9月7日) も颱風がきていて、そのせいで夜の予定を午後にくりあげて、のんきちさんと会ってきたのを (この moblog のおかげで) おもいだす。
1年をへだててまったくおなじ日に、おなじような颱風がくるのが不思議だ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:09

2005年09月02日

パラントの選挙論

我田引水ながら、パラントは選挙にかんしてもなかなか示唆的なことをいっている。
まるで、日本の今回の総選挙を論評するために書かれたのではないかと思えるほどである。

 普通選挙は、世論の標準をしめすが、そのなかで、わたしの意見はあたかも埋没し、無化されるかのようである。わたしの政治的自由は、わたしがえらんだのではなく、わたしのあずかり知らない委員会によって押しつけられる候補者のひとりに4年に1度投票するだけのことにされてしまう。しかも、争点はわたしの興味のないことであるかもしれない。わたしの興味をひくであろう問題は、普通選挙では問われないのである。
 政党の分類は、すでにできあがったかたちでわたしに押しつけられる。もし、どの政党もわたしの希望にあわなかったら、残念ながら、どうしようもない。まさに、おおくの場合つくりものの、人工的な問題にかんして、畜群 (Pecus) の用に供せられる壮大な目くらましにかんして、有権者を2つか3つの旗のもとへとふりわけるのである。それらの旗は、スウィフトの「大靴党」と「小靴党」をあまりにもありありと想起させる。オストロゴルスキー氏が、政党の体系にかんして、「それがうちたてる形式主義によって、市民の独立性や、かれの意思の強さ、かれの意識の自律をはばむ」 ことをしめしているのは、まったくただしい。
------パラント『個人と社会の対立関係』拙訳 pp.111-112、一部改変
投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 18:26 | コメント (4)

2005年08月29日

良寛のうた

良寛のうた、

身をすてて世を救ふ人もますものを草のいほりにひま求むとは
が、木村荘太の文に引用されており、したがってこれは、おのれの閑居にともなう微量のうしろめたさをうたったものだとばかりおもっていた。
しかしじっさいには、このうたは相聞歌で、貞心尼にむかって、
わたしがこれだけ求愛しておるのに、なんでたずねて来ずに、ひきこもったままなのか
とよびかけているものだということを、最近ようやく知った。何年ものあいだ誤解していた。
無知とはおそろしいものだ。うっかり閑適をかたる文脈で引用しなくてよかった。
そして、良寛はつくづく、油断ならない老人だ。隠者でありながら、じつになまなましい。しかもエゴイストだ。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 10:38 | コメント (1)

2005年08月16日

地震と雹とプリンタードライヴァー

正午まえに地震がおきる。
ふり幅がおおきく、ゆっくりとした、船のようなゆれがつづく。
宮城県で震度6弱だったらしい。

いただきものの≪浜名湖山吹≫のうなぎを昼食にたべる。おいしい!

息子をつれて近所の公園にゆく。
13時すぎ、にわかに空が黒い雲におおわれ、はっきりと空気がいれかわったように、風が急につめたくなる。
あそび足りない子どもを、「雨がふりそうだ、ほら、たいへんだよ」とどうにか説得して、おおいそぎで帰宅する。
ほどなく大粒の雨、さらに雹がふってきた。

15時ころからまた晴れて、蒸し暑くなる。
いったん休んでいたセミも、またなきだし、いまもさかんにないている。

* * * * *

ところで、あるソフトウエアーのサポート終了にともない、OSをWindows2000にしたところ、ALPSのプリンターのカラー印刷の画質がにわかに低下し、新聞よりも粗い網目状 (もっとも初期のカラーFAXのような荒さ) になってしまった。
Z くんのご教示によると、ロイヤリティーの関係で、Win2000にもともとついている範囲のプリンタードライヴァーでは、機能が不完全にしかはいっていないので、そのままでは使いものにならないとのこと。
こちらでドライヴァーを購入することにして、いちおう一件落着。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:28 | コメント (0)

2005年08月13日

≪ワンダーランド≫

12日18時に経堂でKさんとまちあわせて、経堂駅からあるいて5分ほどのバー≪ワンダーランド≫にゆく。
Kさんとはいつものちょうしで話すが、なんと≪ワンダーランド≫はきょうが開店30周年の記念日だそうで、花束やプレゼントをもったひとがぞくぞくとおとずれ、たびたびシャンパーニュでの乾杯の声があがる。
わたしはKさんとふたりで、米焼酎のボトルをほとんど1本あけてしまう。
こんな日にはじめて来たわたしは、なんとも申しわけない気分になるが、常連客のみなさまがたいへんあたたかく、たのしい思いをしてかえってくる。

日づけがかわってから、さきほど帰宅したばかり。やっと、これを書きました。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 01:04 | コメント (6)

2005年08月05日

パラント歿後80周年

ひどく暑い日でした。きょうの東京の最高気温は35.8度。

きょうでちょうど、ジョルジュ・パラントの歿後80周年にあたります。
この日にあわせて、パラントの著書『個人と社会の対立関係』の拙訳が出版されました。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:38 | コメント (2)

2005年07月21日

凡庸な1日

9時から10時まで試験を実施。
昼食をはさんで、17時の拡大教授会開始直前まで、えんえん66枚の答案を採点。
研究室のとびらのガラスごしに、わたしに手をふってとおりすぎる、みどりの服をきた快活な学生が唯一の救い。
あまりにもつかれて、拡大教授会では仮死状態。
会議がおわったあと、T先生の研究室で愚痴愚痴大会。
かえりみち、中華料理店によって、なまビールを3杯のんで、生きかえる。

ああ、なんという凡庸な1日だろう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:26 | コメント (2)

2005年07月15日

授業終了

長かった春学期も、平常授業はきょうで終わり。あとは試験4つを残すのみ。
ことしからの新設科目、「1年次セミナー」にまつわる学期末の雑務も、おおきなひとつをすでにかたづけた (この科目にかんする文学部での委員をしているので、じぶんのクラスのことだけではない、全体のしごとがくる)。

しかし、まったくべつのしごともある。海の日までの連休返上でおこなわれる高校生むけの「キャンパス説明会」でわたしがプレゼンテーションをすることになっている。
そのため、授業終了のよろこびをあじわうこともなく、プレゼンテーションの準備をはじめる。
しかし、からだはだるく、あたまはもうろうとしていて、まったく能率があがらない。しかたなく、これを書いている。
疲労物質がからだぢゅうにわだかまっているように感じる。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:54

2005年07月06日

Le seul moyen de supporter la vie

« La vie est chose tellement hideuse que le seul moyen de la supporter, c'est de l'éviter. »
    ------Flaubert, Correspondances, troisième série

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:15 | コメント (0)

2005年07月02日

ひとえに、こころやさしい若いかたがたに依存しているダメ教員です

えっと、いちおう顧問(学内呼称は「部長」)をしているギターアンサンブルのみなさんとの「七夕飲み会」にいってきました。学園祭のとき以来、半年以上のごぶさたでした。
さいきん、冗談をいうとすべるなど、一般的にわかいひとたちとはジェネレイション・ギャップを感じることが多かったのですが、きょうはとても楽しい思いをしました。
でも、となりにすわってくださったかたは「おじさんキラー」のKさんだったし、話題は子どものことなど、ジェネレイション・ギャップを積極的にのりこえたわけではけっしてありません。
ひとえに、こころやさしい若いかたがたに依存しているダメ教員です。はい。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:38

2005年06月29日

酔生夢死

朝、はげしいにわか雨。ひるから暗いくもりぞら。
白百合の非常勤の日なので仙川にゆき、ふたこま授業をするが、いちにちぢゅう、ねむ気がふりはらえない。
帰宅後、なんども寝入りそうになりながら、パラントの翻訳の手なおしをどうにか終え、夜、添付ファイルで入稿。
訳書はパラントの歿後ちょうど80周年にあたる8月5日に刊行の予定。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:14 | コメント (2)

2005年06月28日

言ふまじと思へど今日の暑さかな

晴れて、真夏なみの猛暑にみまわれる。
東京の最高気温は36.2度で、6月としては観測史をぬりかえる新記録だという。
午前中ふたこまめの授業をつとめ、おわったあと町田に出て買い物をする。
お中元も買っておくべきだったが、暑さでふきとんで、わすれた。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:47 | コメント (0)

2005年06月23日

とりとめもない打ち聞き

ひどくつかれがたまっているらしく、全身がだるい。

たえがたい溽暑だが、冷房は28度にならないと、おおもとでのスイッチがはいらないので、きょうはぎりぎりアウト。汗だくになって授業をする。
温度だけの問題ではないことはあきらかで (じっさい、これまでで冷房のはいっていた日で、体感的にはきょうより涼しい日もあった)、たとえば不快指数のようなものを基準にしてもらうことはできないものか。

テニスをしている女子学生の話では、日焼けで頭皮がいたくなるそうだ。シャワーでお湯をかけるととびあがりそうになるという。
ながい髪の毛でおおわれていても、紫外線のほうがまさってしまうらしい。
きっと、からだにもわるいだろう。

きのうお目にかかった、個人的に尊敬している先生が、わたしのホームページをごらんくださったとのことで、ひとにみせるためにつくっているはずなのに、逆説的にはずかしくなる。
はじめのページのあひるの絵が、わたしに似ているとおっしゃってくださる。
「かいたひとに似るというのは、なにをえがいても、けっきょくは自分をえがいているからですね」とおっしゃったので、たしかにそのとおりだとおもう。

脈絡もなく、とりとめもなく、このような話を書いているのは、もちろん逃避である。いつくもの仕事、いつくもの問題、いつくもの煩累からの逃避である。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:49 | コメント (2)

2005年06月21日

夏至

夏至。たまたま梅雨の中やすみにもなり、とても暑くなる。東京の最高気温は28度。しかし湿度のせいか、さすような強い陽ざしのせいか、それ以上に暑く感じる。
午前中ひとこまだけの授業をおわらせ、はやばやと帰途につく。火曜はらくな日だ。
かなり寄り道をして、あれこれ買い物をする。必要なもの、必要ではないがほしいもの。ふだんあまり買わないものを買うと気分がいれかわる。

わたしがいま住んでいる家を一昨年わたしに売ってくれた (つまりまえのもちぬしの)、わたしの親の世代の夫婦に偶然行きあう。なつかしさのあまり、こちらから声をかけ、しばらく話した。
こちらからは、その後とくに問題もなく住んでいることをいい、相手からは、お子さんはかなり大きくなってきたでしょう、などといっていただいた。
しかし、考えてみればこのような関係の場合、ふつうは名のりをあげたりしないものなのだろう。
これもまた、わたしの十全ならざる社会性のあかしで、相手によっては当惑させてしまうのだろうなあ、とおもいかえす。

帰宅してみると、子どもは、もうすっかり夏の生活パターンになっているようで、午後はほとんどずっと昼寝をしていた。

パラントの翻訳の出版を相談している出版社から、夜、返事があり、ささやかなかたちでも出せることがはっきりした。
さっそく、フランスでパラント研究をしておられるステファヌ・ボーさんにメールを書き、序文を依頼する。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:44 | コメント (0)

2005年06月18日

日常的な土曜日

つゆの中やすみの晴れ。あつくなる。

きょうは学会にゆくはずだったが、子どもがじんましんを出し、皮膚科にて受診。最近、乳製品 (とくにヨーグルト) を過剰に摂取しているというと、おそらくそれが原因だろうという診断になる。まるでこちらが診断を誘導したようだ。しかし、アトピーなどではないとのことで、たいした問題ではなさそうだ。
そういえばこの子は以前、ほうれんそうでもじんましんを出し、それいらい、小松菜にきりかえたのだった。アレルギーのもとになりそうなものは、さけるにこしたことはない。

そのことからの連想で、「発がん性のものは、いっさい遠ざける」とおっしゃって、とてもお好きだった酒類もすっかり絶たれた知り合いの先生のことをおもいだす。

スーパーで買いものをする。ヨーグルトのつぎにこの子がすきな、ふじりんごを買う。大好物のヨーグルトをまったく絶つことはできないので、りんごをまぜて増量する作戦。
店さきに、ふじりんごとおなじような色のトマトがならんでいたので、これも買う。独身のころ、トマトを買ってきては、冷蔵庫でしっかり冷やして、まるごとかじっていたのがなつかしくなり、ひさしぶりにそれをしてみたくなったから。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:47 | コメント (0)

2005年06月16日

ワッフル屋で

今夜、ひさしぶりにたちよったワッフル屋で、かつて奥の壁に書かれていたふるいカンツォーネ「セレナータ La Serenata」の詩句と、入り口にちかい壁に書かれていた「理想のひと L'Ideale」がすべて消され、あたらしい絵がかざられているのに気づいた。また思い出がなくなったような気がして、さみしくおもった。
「過去をたしかめるためにいるのではない」と截言するだけの精神の強さは、あいにく、わたしにはない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:50

2005年06月15日

バスで調布に

いちにちぢゅう雨。

白百合女子大に出勤するとき、いつもとちがうルートをとりたくなり、かなり早めに出発して、鶴川街道をのんびりとはしるバスで調布に出てみる。
鶴川街道は、稲城市をまるごと縦貫している。
稲城はあたらしいまちで、とくに中心街は、まあたらしい道路が碁盤の目のように整備されている。
しかし、その碁盤の目のなかに配置されているのは、なしの果樹園が多い。新興住宅地ととなりあって、果樹園があるのはなかなかおもしろい。
バスが矢野口にちかづくと、まちなみはふるくなる。多摩川の右岸にそって、細長くふるいまちがつらなっている。
多摩川をわたると、ほどなく調布についた。電車にばかりのっていると、はやいことははやいが、迂回しているので、意識のうえでは空隙になっているところがある (小田急沿線から京王沿線というように、ことなる沿線にゆくときは、とくにそうだ)。バスにのると、じつは平面でつながっていることをおもいだす。

白百合では、ちょうど講演会のある日で、先生がたも学生のみなさんもいそがしそうだった。
非常勤で出講すると、大学への帰属からいちおう自由になって、気らくで、解放された、おおらかな気分になる。もちろん気分だけの問題だが。
ふたこまの授業を、いつもどおりつとめる。やすみ時間に階段ですれちがったまじめな1年生が、早くも期末試験のことを問いあわせてきたので、あわてて考えてその直後の授業で予告する。

かえりは、これまたいつもとちがう経路で、新宿にでる。
出版社のかたとまちあわせて、パラントの翻訳の出版について相談する。
さっそく体裁、発行部数、価格などの具体的なシミュレーションをしてくださることとなる。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 17:12 | コメント (0)

2005年06月11日

ふたつの郷愁

わたしは大阪にうまれそだった。しかし、両親はともに愛媛の出身で、瀬戸内海にめんしたちいさなまちが、夏には「コンブレー」のようにかえってゆくところだった。
それなので、わたしにはふたつのことなる郷愁がある。大阪にたいしてと、愛媛にたいして。

新幹線で新大阪につき、在来線にのりかえて、かならず関東より暑い大阪の空気を感じ、腹から声を出して話す大阪人たちの声をきくと、酔うような熱い気もちになる。
たとえていえば、ナポレターナの『太陽の国 'O paese d' 'o sole』だ。多弁で、圧倒的な情熱がおもてだっている。

Ogge stò tanto allero
 きょうはめっちゃうれしい
ca, quase quase me mettesse a chiagnere pe' sta felicità.
 しあわせで ほとんど泣いてまいそうや
Ma è vero o nun è vero ca so' turnato a Napule?
 ほんまにナーポリにかえってきたんやろか
Ma è vero ca sto ccà?
 わしがここにおるのはほんまか
'O treno stava ancora int' 'a stazione
 汽車がまだ駅にとまっとるときから
quanno aggio 'ntiso 'e primme manduline.
 マンドリンがきこえてきよった

Chisto è 'o paese d' 'o sole,
 ここが太陽の国や
chisto è 'o paese d' 'o mare,
 ここが海の国や
chisto è 'o paese addò tutt' 'e pparole,
 ここやったら どんな言葉かて
sò doce o sò amare,
 甘うても 苦うても
sò sempre parole d'ammore.
 なんでも愛の言葉や

それにたいして、愛媛にゆくと、おだやかな海がすぐそばにあって、それに見あうように、ひとびとものんびりしている。
これまた、たとえていえば、カルロス・ジョビンの『ジェット機のサンバ Samba do avião』だ(ブラッサンスの地中海ものも近いものがあるが、さきにうかぶのは『ジェット機のサンバ』だ)。
曲も、ボッサ・ノーヴァだけあって、はねあがるようなナポレターナとはちがい、しずかで、しかし潮がみちてくるように徐々に高まってくるよろこびをあらわしているようだ。

Minha alma canta
 ぼくのたましいはうたう
Vejo o Rio de Janeiro
 リオ・デ・ジャネイロがみえる
Estou morrendo de saudade
 ぼくは郷愁で死にそうだ
Rio teu mar praia sem fim
 リオ、おまえの海、果てしない浜
Rio você foi feito pra mim
 リオ、おまえはぼくのためにできている

Cristo Redentor
 キリストの像が
Braços abertos sobre a Guanabara
 グアナバーラ湾にむかって腕をひろげている
Este samba é só porque
 このサンバがあるのは、ただ
Rio, eu gosto de você
 リオ、ぼくはきみがすきだから

ふたつの郷愁のあいだでまよったあげく、ことしの夏は、息子をはじめて瀬戸内海でおよがせるために、愛媛に行こうときめた。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 15:47 | コメント (2)

2005年06月09日

教育的不寛容

教員はだいたい、教育的不寛容の仮面をかぶらなくてはいけないものらしい。
ただでさえそんなことはにが手なのに、語学技能をおしえる科目をいくつかもっていると、なおのこと、勤業の美徳をかたるひとにならなくてはいけない。
いうまでもないことだが、わたしにはそれがたえがたい。
しかたがないので、なるべくなにもいわない。
しかし、逆方向のこともなるべくいわない。
それによって、勤業が奨励されているとかってに解釈してくれるひとがいればそれはそれでよし。
そうはおもわないひとがいれば、それは、、、やはり、それでよしといわざるを得ない。
だって、もともと、勤業が美徳だと証明できるわけではないのだから。
大学4年間が、長い夏休みだとか、なまあたたかい寝床だったとしたら、いったいどうしたというのか。問題はそこにはない。
教育的不寛容の言説は、やれ授業には規則的に出席しましょうだの、課題はこつこつとすすめて毎回提出しましょうだの、些末かつ表面的なところに向かいやすい。
こうした「教育」がつもりつもって、大学は小学校化し、社会は学校化しているのではないか。
できるだけ、そこにははまりこみたくない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:23 | コメント (2)

2005年06月07日

のびやかでかろやかなことば

油谷耕吉先生に先日お目にかかったとき、先生のお書きになった雑誌記事をいただいた。
堀口大学による訳詩の文体の変化を例にとって、どのような文体がよいのかをあざやかに示しておられる。
本当は全文紹介したいくらいだが、それをすると著作権・版権の問題がありうるので、言及のための必要最小限を引用する。

 アポリネールの『動物詩集』(1911)に≪猫≫という詩がある。この堀口大学訳は七通り刊行されているが、そのうちのふたつを並べてみよう。
  「私は希望する私の家の為に
  理性のある一人の女と
  夫(それ)なしには春夏秋冬
  私の生きて行くことの出来ぬ友人と、
  書物の間を歩きまはる一匹の猫とを」
  「わが家に在って欲しいもの、
  解ってくれる細君と
  散らばる書冊のあいだを縫って
  踏まずに歩く猫一匹、
  命の次に大切な
  四五人ほどの友人たち。」
 前者は大正八年(訳者二十七歳)、後者は昭和五十三年(訳者八十六歳、なお、この三年後に堀口氏は他界された)に、それぞれ刊行された訳詩集に収められている。この違いはどうだろう。勿論、後のものが格段によく、それは一読してお分りのことと思う...
 [中略]
 「彫心鏤骨」というが、その訳業に、詩人堀口氏は骨身を削って言葉を探した。そして私は、氏が死の床から示したという次の詩の「軽さ」に打たれる。
  「水に浮かんだ月かげです
  つかのま浮かぶ魚影です
  言葉の網で追いすがる
  百に一つのチャンスです」
--------『こころを耕す』11、p.21

やはり、こころをつたえるには、ある種の軽さ、引き算によって得られるような、むだのない爽涼さをおびたことばが必要なのだとおもう。
堀口大学が老境でたっした、のびやかでかろやかなことばに、わたしもなみだが出そうな共感をおぼえる。
そしてまた、この油谷先生の雑誌記事の、達人というべき文章の呼吸にも、まなぶところが多かった。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:34 | コメント (3)

2005年06月04日

教育(者)的悪夢

教壇にたっている夢を、けさがた、ひさしぶりにみた。
その種の夢は、かならずといっていいほど悪夢だ。しごとであるというだけでもつらいのに、夢のなかでは、かならずといっていいほど立ち往生するのだ。
けさがたの夢は、フランス語のディクテをさせるのだが、題材となる文面がどこにもなく、しかたなく記憶にたよって口述して、しどろもどろになり、学生たちから(適切にも)ブーイングがおきるというものだった。

...正夢にならないよう気をつけよう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 10:36 | コメント (0)

2005年06月03日

ネクタイは日本の気候にあわない

愛読している田中小実昌から引用します。
これは、のんきちさんのところに書き込みしたものですが、じぶんのところにのせておくと、また引用したいときに見つけやすいので、いわば再掲です。

 女性の服装や化粧や流行について、悪口をいう男性がいるが、そのために、自分が被害をうけているのならともかく、女性たちがどんなかっこをしようが、どうだっていいではないか。
 太腿むきだしのわかい女のコの、ぶっちぎりのジーパンの悪口をいうのなら、自分のネクタイ姿の暑くるしい感じを反省するべきだろう。
 まして、夏いくら暑くても、キミ、服装だけはきちんとしなきゃだめだよ、と衛生にもわるく、また見ただけで汗がでそうな服装を部下や後輩に強制するおじさんたちは、まさに、世に害悪をながすものであります。
 こういうおじさんたちが、きちんとした服装を、夏の暑いさかりでもやるために、会社も役所も、冷房費がかさむ。おじさんたちは、その冷房費を自分で払うわけではないから、平気だろうが、それは商品の値段のなかにはいっていたり、税金だったりして、ぼくたちのふところにひびいてくる。
(中略)
 女性は流行によわくて、と男どもは悪口をいうけど、ネクタイだって、流行ですよ。ニホンの気候にむかないネクタイなんて流行を、しかも、十年一日どころか、なん十年一日のごとく、ばかばかしくつづけている。
 ネクタイだけでなく、クルマも流行品で、これはまた、金がかかり、公害のもとであり、ときには、ひとをぶっころしたり、けがをさせる、ぶっそうな流行品だ。
 男性の流行品は、クルマみたいに実用品づらをしたものがおおく、女性も、男性自身もだまされている。
 ぼくたちのまわりには、気がつかない流行品が、じつにおおいのではないか。たとえば、靴なんてのも、西洋からはいってきた流行品だろう。
  西洋は寒いところもおおく、靴は実用品だったかもしれないが、ニホンでは、靴は流行品だ。
(中略)
  靴だって流行品で、戦争も、やはり流行みたいなものだろう。
---------『また一日』pp.73-75.

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:27 | コメント (0)

2005年05月31日

ドラギチェスコによる学校論

100年ちかくまえに書かれたものをよんでいると、いまではほとんどよまれなくなった文献(わたしが読んでいるものもかなりの程度それにふくまれるのであるが)がさかんに引用されていて、本棚の色あいがいまとはまったくちがったのだということがわかる。逆に、100年よまれつづけたものは、今後もずっと残りつづけるだろうと思う。
「いまではほとんどよまれなくなった文献」のなかにおそらくはいるのが、ドラギチェスコ Draghicesco の 『社会的決定論における個人 L'individu dans le déterminisme social』だ。ドラギチェスコは、ほかの点ではともかく、学校を論ずるときにはするどいようにおもう。拙訳でお目にかける。

ひとがまいにち学校にゆくのは、一定のしかたで規定された、論理的といわれる連鎖をもつ、一定の質の観念を模倣するためである。あなたは、本質的なものはなにも変えてはいけない。ただ、こまかな些末だけがあなたの自由になる。もしあなたが、さだまった諸観念の連鎖の精確な前後関係をまもらないならば、不快な結果があなたをまちうけている。逆に、あなたがじゅうぶん注意ぶかく、たとえば歴史の時間などで、諸観念のただしい論理的前後関係、時間的前後関係をまもったならば、かなりの満足感がえられるであろう。学校は、学年末試験、入学試験、バカロレアなどにおいて、あなたの精神がどれほど忠実であるかに応じて、あなたのとりあつかいをきめるであろう。あなたに模倣が要求される諸観念は、それら自体のあいだで、それら自体どうしで、たいへんことなっていることもあれば、たいへん似かよっていることもあり、たいへん調和していることもあればたいへん対立していることもある。学校はそれらの諸観念を、みずからしらべることではなく、そのまま身につけることをあなたに要求するのである。
 それとおなじくらい重要な、諸観念の連鎖のもうひとつの要素は、反復である...古代からいわれているように、「反復は学問の母である」。注意力が学校の産物であるのと同様である。学校はまた、諸概念の差異にも類似にも依拠しているのではなく、本来的で精確な前後関係に沿って模倣される諸観念をまもらないひとたちにあたえる制裁に依拠しているのである。まさにそのようにして、学校はわれわれの考えの形式をすこしずつ固定してゆくのであり、われわれに、まったく精確にまったく同一のカテゴリーによって考える用意をさせるのである。こんにち学校はたしているやくわりをかつてはたしていた教会では、信者共同体にむかえいれられるために、まず公教要理を暗誦しなければならないのであるが、忠実な信者をひきとめる方法は学校の方法とちがっておらず、紐帯のありかたはどちらでもたいへん似かよっている。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 20:36 | コメント (1)

2005年05月28日

渉外委員会

明けがた、赤や黄いろのふとい帯がからみあった、巨大な竜巻の夢をみた。

8時30分ころ自宅を出て、立教大学にゆく。
10時から、フランス文学会の渉外委員会。
今日から1年間、渉外委員会の委員長をつとめることになってしまった。
さっそく、あすの午後、幹事会にでないといけない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 13:57

2005年05月26日

最近にまれな幸運

雑務まみれの、あいかわらず多忙な1日。
しかし、最近にまれな幸運があった。しるして私的な紀念としたい。

ねぎ坊主 わたしにもうれしいことがある (種田山頭火)

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 19:57

2005年05月09日

職場のちかくの急坂

連休明け。晴れ。かえりがおそくならない日で、確実に天気がいい日という「自転車通勤の2条件」に合致するきょう、ひさしぶりに自転車にのって出勤。
距離にするともう大学から目と鼻のさきにあたる金井町は、文学部のうら手の住宅街だが、そこからがいちばんの難所で、一気に急な坂をのぼらなければならない。とちゅうからはいくらペダルをふんでもうごかなくなり、いつものように、手でおしてどうにかいちばん上までのぼる。
ごみを出してもどってきた近所の老婦人が、肩で息をしているわたしに、「いってらっしゃい」と声をかけてくれる。
住宅街の圏域をぬけるところで、「いってらっしゃい」といわれると、ここからさき、公的な(社会的な)領野におもむくのだという気がする。

しかし、さいわい、たいした問題もなくしごとはおわる。かえりみち、おなじ急坂を自転車でかけおりるのは、風をきるこころよさにくわえて、急速にしごとから離脱することをも意識できて、たいへんいい気分だ。
急坂がしごとをへだてている。その急坂は、ますます急にかんじる。それはあたかも、かわり目での落差をおおきくかんじる「マッハ効果」のようなものか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 22:06 | コメント (1)

2005年05月08日

「社会人」というおぞましいことばをめぐって

いまさらいいふるされたことではあるが、「社会人」とは、いくえにも不愉快なことばだ。
あらゆるひとは、どれほどいやでも社会に「強制加入」させられている(ほんとうにつかわれることばとしてある年金の「強制加入」もまた、まさしくその事実の一環としてある)のであるから、「社会人」ということばじたいは、ほんらい「白い雪」とおなじくらい剰語的なはずだ。
が、その剰語性が、おぞましい解釈に介入する余地をあたえてしまったようだ。たいへん奇妙なことに、じっさいには、賃労働に従事していなければ「社会人」とはよばれない。しかし、賃労働がそんなにりっぱなものなのか。企業倫理の堕落や、役所の腐敗ばかりが目立ついま、賃労働に従事することがむしろ、害毒をたれながすことと同義になる局面さえあるではないか。
それはさておくとしても、「社会人」なるものを、あたかも対概念のように「学生」と対置する範列はいやというほどみせられている。しかし、まさか学生が社会の一角をなしていないなどと言うつもりではなかろう。

こうした問いへの対処としてあみだされたのかどうかはわからないが、「実社会」というべつの剰語がある。なんの意味があるのか。「実社会」と対置するべき「虚社会」があるとでもいうのか。そんなものがあるのなら示してほしい、わたしはむしろそこで生きたいから。
かくして、「実社会」とは、経済や政治など、社会の動因とみなされている領域にかかわるもののみをかこいこみ、それへの実利をもたらさないと(じつはたいした根拠もなく)おおかたに断じられたものを排除する仮想団体である。
大学教員で、しかも言語学という(これまた、じつはたいした根拠もなく)「非=実学」とみなされている学にたずさわっていると、これはもう「実社会」からは遠い、世間ばなれした人間であって、「社会人」であることはいちおうみとめるにしても、かなり周縁的な成員であるとみなされるらしい(ことなる職業をもつひとたちとの遠慮をおかない酒席で、「カタギではない」という素朴で愉快な形容をちょうだいしたことがあった)。

ここで、「実社会」観念をおぞましいといいながらも、排除を不当だといっているおまえ自身は、「実社会」へ編入されたいのか、されたくないのか、混乱しているのではないかという反問が予想される。
もちろん、されたくない。されたくないから、じっさいに、「実社会」と一般に想定されているものからは遠ざかるようにこころがけ、その仮想団体の外側か、かなり周縁部に棲息しているつもりだ。
しかしそのようにして質問にこたえること自体がまずいかもしれない。実利的であるとみなされている範囲が、幻影にすぎないのであるとしたら、それにくわわりたいといっても、くわわりたくないといっても、無根拠な前提をともにみとめることになってしまう。

もっとも、つごうよくじぶんたちの棲息する擬似的空間を表象するために、「実社会」のようなメタファーがあるのだとすれば、うらがわからもそれをつごうよく利用させてもらうこともある。
たとえば、学生の就職指導を大学教員にもとめられる場合、学的なキャリアーだけをもっている教員は、「実社会」の経験がもっともとぼしい人種であるから、企業就職などを指導するにはもっとも適しないといって逃げるわけだ。ほんとうは劃定できないものであるからこそ、つごうよくつかわせてもらうこともできる。

「社会人」「実社会」ということばを、わたしのようにあくまでも反語法的言及をあらわす括弧つきでしかつかえないひとと、当然のようにつかえるひととのメンタリティーのちがいは、たいへん大きいようにおもう。
「社会人」「実社会」ということばをあたりまえにつかえるひとは、明示的にせよ暗示的にせよ、「実社会」の現働化にちからをかしていることが「生きがい」であり、多かれ少なかれ貴いことであるようにおもっているひとが多いように思う。しかし、それが自己過信であることは、しばしば事実によって証明される。
たとえば、企業につとめるひと、とくに男性で、病気や育児休暇などの理由でしばらく休職して、職場に復帰したとき、自分のいない間にも会社がさしつかえなくまわっていたことを知り、自分はいなくてもよかったのかとショックをうけた...という話を、いくつものちがうところで耳にした。
しかしそんな話は、きいているこちらのほうが、ショックがおおきい。そんなことを本気でおもっているのだろうか。わたしなら、みとめられて休んだのなら、そのあいだのことなど知ったことではないし、かりに責任を感じるとしたら、むしろうまくまわっていたことをよかったと思うほうだ。
些末な例のようだが、あんがいこんなところに根柢的な考えかたのちがいがあらわれているのではないかとおもう。

...「公共の利益」、「一般意思」、「全員の幸福」といったイデオロギーも、おなじ幻影の原則、精神を魔法にかけ、社会的法則に従属させる最終的調和の見とおしにもとづく。これらすべてのイデオロギーの根柢に、おなじ詭弁、おなじ循環論法がみられる。すなわち、「真の利益」「真の幸福」は、社会のために役立つことであると証明する際、とわれていることを前提にしてしまっているのである。そこから出発して、さらに、ちがったふうにふるまうあらゆる個人は、「いつわりの幸福」をおいもとめているにすぎず、そのようにして他者にも自分にも害をおよぼすことをやめさせなければならないと宣言するにいたる。「一般意思」、「公共の利益」、「連帯」もまた、同様のイデオロギー的妄想であり、個人を、うたがわしい影でおいまわし、支配するのである。それらの妄想はまた、ルクレティウスのいう「宗教の亡霊」にも似る。
------G. Palante, Les antinomies entre l'individu et la société, p.160. 拙訳。
投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:31 | コメント (4)

2005年05月07日

子どもを相手に大人の関係になんかなれますか

べつに、なんの寓意もないけれど、気にいっているくだりなので引用。

「彼女ももう大人ですからね。わたしたちは大人の関係です」
布川さんのいうことは、いちいち気にいらない。なにが大人の関係だ。いいかたが気にくわないだけでなく、そんなものがあるものか。女と男の関係に、大人の関係などない。
とくに、パスカルとのあいだに、大人の関係など考えられない。パスカルがメチャ子どもだもの。子どもを相手に大人の関係になんかなれますか。

------田中小実昌『きょうがきのうに』192ページ

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 16:42 | コメント (0)

2005年04月27日

Fluctuat nec mergitur ?

たあいもない(しかし、魅力的なかたがたとなのでたのしい)雑談のなかで、「意気銷沈したとき、精神をたてなおすためにどうするか」というはなしになった。
その場では、「てんぷらをたべる」という結論にいたった。
すばらしい! 「おちこんだら、てんぷらをたべる」のか! 思いもよらなかった! これだから、世のなかはあなどれない!

わたしはその場で、個人的にどうするかきかれて、「そもそも精神をたてなおそうとしない」とこたえた。
おちこんでも、ただそのまま、低空飛行をつづけるだけ。ああ、いまのわたしの状態のことか。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 21:28 | コメント (4)

2005年03月31日

悔いばかり

あちらにも、こちらにもめいわくをかけ、悔いることばかりで、消え入りたいような年度末だ。
明日から新年度だが、なかなか気もちをきりかえられそうにない。
しかし、へんにきりかえてしまわないほうが、かえっていいかもしれない。
そのぶん、ことしは、後悔に見あうだけの慎重さと冷静さをもって、新年度のもっとも多忙な時期をすごしたいとおもう。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: 23:26 | コメント (0)

2005年03月29日

非人間的な、あまりに非人間的な

あと3日で新年度にはいる。
ことしも例年どおり、4月は1日が会議集中日で終日出勤、2日が入学式。2日の入学式直後から、翌週にかけてガイダンスに参加し、連日過密な日程をこなさなければならない。
季節のかわり目のせいか、心身ともに不安定になることが多いこの時期に、復活祭の休暇がくるというのは、やはり、ヨーロッパの伝統的な叡智の深さをみるような気がする。
それにたいして、このつらい時期に、よりによって新年度・新学期をはじめる日本は、あまりに非人間的なことをしているように思えてならない。

投稿者: じゅんや | 投稿時刻: