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| 解散後、ちょうどまる1年まえにいった江ノ島水族館を再訪。この子はさめやいるか、あざらしのいるところをおぼえていて、再会をたのしんでいました。 |
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| 海岸で地びき網に参加しました。幼稚園児たちが綱をひくお手伝い。魚をねらって、とんびがたくさん集まってきていました。とれた魚はもちかえり。いわしが多くて、あじが混じっていましたが、さっそく帰宅後の夕食でおいしくいただきました。 |
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| きょうはこどもの幼稚園の遠足につきそいでした。熱血幼稚園(笑)なので、保護者同伴が義務です。現地集合・現地解散。行き先は江ノ島。 |
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金曜からきょうまで、フランス語学会とフランス文学会の春季大会が青山学院大学(青山キャンパス)でありました。 金曜はフランス語学会で例会の司会をつとめました。そしてフランス文学会のほうでは、きょうから1年間、常任幹事をつとめることになってしまいました。わたしごときに声がかかるとは、よほどたのむひとがいないのかなあ。研究のためにはいったはずの学会で、気がついたら運営のしごとばかりしているのも、なんだか釈然としないことです。 おもしろくないはなしは、これでおしまい。 さて、旧聞にあたいしますが(わたしは渋谷にはめったに行かないので)、宮益坂に≪ラーメン大戦争≫なるビルができていました。間口はせまいですが、ビルの各階にすべてラーメン屋がはいっています。看板にアニメっぽいキャラクターがあしらわれていますが、だれでしょうか。ぜんぜんわかりません。 わたしはラーメンは冷涼な季節にしかたべないつもりで、ことしはもうやめていたのですが、このビルをみるといてもたってもいられなくなり、きょうの昼食時に、≪ラーメン 二郎≫に着想を得ているとされる≪麺屋 梵天≫にはいりました。 ラーメンは並盛りも大盛りもおなじ値だんなので、一瞬かんがえたのですが、きょうは様子見で並盛りをたのみました。野菜とにんにくをのせてもらいました。写真のようにてんこもりです。 ≪二郎≫に似て塩辛く(≪町田家≫より塩辛い)、くせのある味ですね。ネット上には「野菜が水っぽい」という悪評がありましたが、むしろ野菜で塩辛さが中和されるというくらい。れんげで野菜にスープをかけながらたべるとちょうどいいぐあいでした。しかし、このくせのある味がやみつきになるひとの気もちもわかります。 (ちなみに≪二郎≫は、わたしは15年ほどまえの大学院生のころ、三田の本店が慶應の正門にむかって右がわから左がわに引っ越す以前に行ったことがあるだけで、あまり親しんでいません。) |
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5月10日に本欄でも予告しましたように、きょうはつくばでマリー=アニック・モレル先生の講演会がひらかれ、無事終了しました。
わたしが通訳兼指定討論者を (かろうじて) つとめました。こういうことを担当したのははじめてで、よい経験になりました。
テーマになっていた会話分析はわたしの専門分野からはなれていて、知識もほとんどなかったので、1週間ほど付け焼き刃で勉強してのぞみました。
おかげさまで講演会は成功のうちにおわり、来場者のかたがたからも、モレル先生からも感謝していただけました。ほっとしました。
モレル先生はたいへん親切なかたで、より小規模なかたちで午後に開催したセミナーでは、つくばの大学院生にも文献を教えてくださったりしていました。
一昨年12月、発表者として行ってきたことのあるチュニジアのスース大学での国際学会が、ことしは11月あたりにあるという。詳細はまだわからないので、行けるかどうかわからないが、なるべく発表者として応募して行きたいとおもっている。
海外出張が研究のためになることは当然で、それを目的としてゆくわけだが、利点はそれだけではない。ニホンにずっといると、おもわずしらずこの極東の島国のみの自明性を生きているといった情態になるので、研究から生活にいたるまで、万般がしぼんでくるような感がある。日程などの点で多少無理をしてでもときどき海外に出ておくのは、≪療法的 thérapeutique≫だという気がつねづねしている。
しかし当面はニホンでのごちゃごちゃしたシゴトがつづくのだなあ。慰藉をもとめて You Tube をみるうち、≪ラ・グーレットでのひと夏 Un été à La Goulette≫という映画の主題歌部分を発見した。なんとも旅情をかきたてられる。
ラ・グーレットはチュニスにいちばん近い地中海岸のみなとまちで、ナーポリゆきやマルセイユゆきのフェリーが発着している。漁港もあり、海産物をたべさせるレストラン(ギリシアふうに、≪プサロタヴェルナ≫といいたくなるふんいきの店が多いが)がのきをならべている。
みなとまちのつねとして、多民族的なまちだ。アラブ人、ユダヤ人、イタリア人、フランス人などなど。その多民族性・多宗教性はまた、映画、≪ラ・グーレットでのひと夏≫のテーマにもなっている。
あらためて考えてみると、チュニジアという国全体が、もともと混淆的なアイデンティティーをはぐくんでいる。カルタゴ(ひいてはフェニキア)、ベルベル、アラブ、ユダヤ、そしてフランス。
チュニスからラ・グーレットにゆくには、チュニス湖の北岸をとおってカルタゴをまわってゆく道と、チュニス湖の南岸をとおってゆく道がある。後者のみちすじに沿って、≪ラ・グーレットでのひと夏≫の時代も現在も、近郊電車 TGM が走っている(TGM はなんの略か、TGV に似た語形から Train...? と考えがちだが、そうではなく、たんに Tunis-Goulette-Marsa の地名のかしら文字をとってつないだだけ)。
チュニス湖は、南まわりでラ・グーレットにゆく道(と TGM) に区切られているが、その南はまたすぐ海で、チュニス湾だ。チュニス湖とチュニス湾をわける位置に、Θ の字のまんなかの横棒のような、ひとすじの糸のような、ほそながい陸地がつづいている。わたしはこれを天の橋立のような砂州だとおもっていたのだが、ちがうかもしれないという気がしてきた。道路や鉄道をとおすため、人工的に天の橋立のような地形をつくる、「海上築堤」というものもあるらしい。
というわけで、どなたかご存じなら、チュニスからラ・グーレットにゆく道が砂州なのか海上築堤なのか、おしえてください(笑)。
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きょうは専攻会議終了後、4月から学内他組織に転出された先生方の歓送会を兼ねた懇親会でした。 わたしは今年度、懇親会の幹事にあたっているので、懇親会には、 行かざるを得ないものですし、ひとたび酒宴の席に顔を出したなら、 飲まざるを得ないので、嬉々として、あ、いや、まちがえた、やむを得ず、鯨飲馬食してきました。はっはは。 やっとこれを書きました。 3月にこどもがうまれて以来、飲酒頻度が極端にさがっていたので、よい発散の機会になりました。 |
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上のポスターのとおり、パリ第3大学教授、マリー=アニック・モレル先生の講演会を開催します。関心のある方はどなたでもご来聴ください。
日時: 2008年5月20日 10時30分から12時
場所: 筑波大学 人文社会学系棟 B519
題目: « Structure des échanges a l'oral en français. Analyse de la fonction des différents indices de structuration: Morphosyntaxe, Intonation, Mimique-gestuelle »
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連休最終日。「ゴールデンウィーク」とは言い条、ほんとうに休みがつづいたのはここ4日だけだ。この程度で「ゴールデン」とは貧しい。 きのうまでは天気がわるく、まいにちすこしずつは雨がふっていたが、きょうはようやくすっきりと晴れて、暑くなる。しかし風は乾いていて、ここちよい暑さだ。きょうの東京の最小湿度は10%と、5月としては観測史上最小。 こどもといっしょに庭にでて、クローヴァーの球根を植えたり、芽がでてきたアサガオのようすをみたり、雑草をぬいたりする。 堆肥をつくるために埋めてあったジャガイモの皮から、いつのまにか芽がでてそだっていて、ちいさなジャガイモもできていたので、こどもは大よろこび(写真1まいめ)。 赤ちゃんは、すやすやとねむっている(写真2まいめ)。 この子たちのおかげで、いくらかは充電もできたと思う連休でした。 |
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ことしは連休がばらけていて、連休の谷間はしごとでした。中途半端に休んで、ストレス耐性の閾値がさがっているので、すでにハラホロヒレハラな状態です。フランス文学会でもまた新たに大役をひきうける予定になりましたし。きょうからふたたび連休に入るのが唯一のよろこびです。 ヨーロッパのひとは、ついこのあいだ Pâques の休暇だったとおもったら、こんどは Pentecôte の休暇だそうで、うらやましいかぎりです。 この連休は、3月にうまれた赤ちゃんがまだ小さいので、お出かけの予定はありません。胃がいたくて酒類にも手がだせないので、朝から晩までうすめのコーヒーばかりのんで論文を書きつづけるという、低血圧的な生活です。 かたづけるべき用件も山積みなのですが、まとまった閑暇は6日までしかないので、5月末しめきりの論文を書こうとしています。連休前半に書いた部分とあわせて、きょう、いちおう最後まで到達しました。あとは直しです。 論文執筆もふくめた研究こそは、本来もっとも中心的なしごとのはずだったのですが、いそがしくなると、研究はむしろ救いをもとめてまぎれこむ場所のようになってしまっています。これをしているあいだだけは自由だ、というような気になるのです。 パソコンで論文を書いている背後には、いつもインターネットエクスプローラーがたちあがっていて、すきなページをみたり、ミクシィをのぞいたりします。それなので、ミクシィのログイン記録はいつもあたらしくて、よほどひまと思われるかもしれません。 そういえば、2002年に博士論文を出したときも、夏休みに執筆の追い込みをかけたときには、パソコンで論文を書いている画面の背後にいつも掲示板があって、ほとんどチャット状態だったものです。なつかしい思い出です。 ラジオの深夜放送などをききながら勉強することを「ながら族」などといわれ、中学教師から指弾された世代です。しかし本人としては、こどものころから、適度のノイズがあったほうがかえって落ちつくと思うほうで、それはいまもかわりません。 |
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