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1月27日の記事で言及した、しょうがの砂糖づけ(ドライフルーツ)を、ふるいともだちの S くんが、律儀にも、最近タイに行ったときにおみやげに買ってきてくれました。 しかも、カップ入りと袋入り(つめかえ用?(笑))の両方。ありがとうございます。 さっそく食べてみたところ、とてもおいしく、さすが本場で仕入れただけのことはあります。 ここのところ、寒暖の差がはげしくて少し風邪っぽかったのですが、元気になりそうです。 しょうがが好きでしょうがない、、、(。_°☆\(- - ) バシっ! |
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ヴラディミル・ヴィソツキーの『われらのたましいを救え』。海底にしずみ、たすけをもとめてさけぶというその歌詞は、(いまのわたしの心境にすこしばかり似ているということは置いておいて (苦笑)) あたかも、ヴィソツキーの歿後20年以上経ったあと、厳寒のバルト海でおきた潜水艦≪クルスク≫の事故を予言していたかのようです。
★Владимир Высоцкий - ≪Спасите наши души≫
つぎのヴァージョンでは、とちゅうでギターの調弦がくるってしまったので、演奏をやめています。しかしとちゅうまではいい感じ。
ヴィソツキーの曲の弾きかたを教えてくれるヴィデオも You Tube にあがっています。しかし、よくみると、ロシア式の7弦ギターではありませんか! orz
アルジェリア人の Zaho とチュニジア人の Tunisiano(って、そのまんまの名まえじゃないか)のデュオ。
歌詞がちょっと教育的すぎるような気もするけれど、売れ筋のようだし、マグレブ好きとしては、ま、いいんじゃない? という感じ。
このライヴ版では、Tunisiano がとちゅうで失敗して、はじめからやりなおしているのがかわいい。
Zaho et Tunisiano ≪Citoyen du monde≫Mes origines
Mes couleurs
Je les ai pas choisies,
N'essayez pas d'me changer
Prenez-moi comme je suis.
Si la souffrance de nos coeurs
Nous est pas réunies
Khalouni n'Rani pour les enfants de tout l'pays !!Je suis enfant de la Terre,
Fils de tout pays. (tout pays)
Moi, si fier de qui je suis (qui je suis).
Quoi? Un adolescent entré I (entré I)
Voit, un volcan à Pompéï (Pompeï)
Je suis, une épidémie,
Un parfum de défaite.
Je suis, fruit des colonies,
L'esclavage aboli, qui resonne dans nos têtes.
J'ecrit, l'histoire et récits,
Décrit les facettes,
D'un pays en fête.
Je vis, dans cette harmonie,
Passe des larmes aux rires,
Qu'ont les gens honnêtes.Rani, wéld è'blèdyia
Notre culture RRahi ralyia
Kimétnè toujours Hèlyia
Assmah Assmah kif è'nn rènyia !!Mes origines
Mes couleurs
Je les ai pas choisies,
N'essayez pas d'me changer
Prenez-moi comme je suis.
Si la souffrance de nos coeurs
Nous est pas réunies
Khalouni n'Rani pour les enfants de tout l'pays !!Ma culture vaut de l'or,
Vaut de l'or !!
Il faut dire qu'ils ont tort,
Qu'ils ont tort !!
Ma culture vaut de l'or,
Vaut de l'or !!
Mais pardonnez mes torts,
Mais encore... !!Ok...Ok
Je suis fils d'Algérie.
Fille de Tunis !!
Parfum d'épices,
Jasmin et tulipes
Fils des Comores
Fille du Mali !!
Ceux qui nous honorent,
Fierté, famille.
Nous sommes ceux que nous sommes,
Femme ou bien homme,
Le mélange sonne
Comme voyelle et consonne
Nos voix qui résonnent,
Tomber dans l'oubli !!
Beaucoup pour un sol,
Ont dû payer le prix.
Trop souvent, bléssés
Dur d'encaisser,
Trop rabaissés,
Trop souvent, stréssés
Trop opréssés,
Ca doit cesser !!Rani, wéld è'blèdyia
Notre culture RRahi ralyia
Kimétnè toujours Hèlyia
Assmah Assmah kif è'nn rènyia !!Mes origines
Mes couleurs
Je les ai pas choisies,
N'essayez pas d'me changer
Prenez-moi comme je suis.
Si la souffrance de nos coeurs
Nous est pas réunies
Khalouni n'Rani pour les enfants de tout l'pays !!Ma culture vaut de l'or,
Vaut de l'or !!
Il faut dire qu'ils ont tort,
Qu'ils ont tort !!
Ma culture vaut de l'or,
Vaut de l'or !!
Mais pardonnez mes torts,
Mais encore... !!Enfants de la terre.
Sans passeport ni visa.
Au-delà des critères,
Et de ceux, qui dévisagent.
Multi-paysage.
Richesse du métissage.
Citoyens du monde...
Juste un citoyen du monde.VOICI LE MESSAGE :
Rani, wéld è'blèdyia
Notre culture RRahi ralyia
Kimétnè toujours Hèlyia
Assmah Assmah kif è'nn rènyiaaaaa !!Mes origines
Mes couleurs
Je les ai pas choisies,
N'essayez pas d'me changer
Prenez-moi comme je suis.
Si la souffrance de nos coeurs
Nous est pas réunies
Khalouni n'Rani pour les enfants de tout l'pays !!Mes origines
Mes couleurs
Je les ai pas choisies,
N'essayez pas d'me changer
Prenez-moi comme je suis.
Si la souffrance de nos coeurs
Nous est pas réunies
Khalouni n'Rani pour les enfants de tout l'pays !!Zaho !! OOOOOOooooh !!
Zaho !!
Tunisiano !! OOOOOoooh !!
Tunisiano !!Citoyens du monde,...
Citoyens du monde... Oh Oh...Enfants de la Terre,
Sans passeport ni visa.
ここのところ、なにかと災難つづきで、ため息がでる。きのうは通勤途上、雨でぬれたタイルのうえですべって、幼稚園児のように膝をすりむいてしまった。厄年とはこういうことなのか。
今朝、そとに出ようとしたら、いまの家に引っ越してきて以来愛用していた磁器の傘立てが、強風でたおれて割れていた。これはもう、力なくわらうしかない。
颱風のようなつよい風雨。そのせいではなく、「車輛点検のため」に電車が遅れ、遅れたあとにさらに「運転間隔調整」といっては止まり、しごとをはじめる時間に間にあうかひやひやする。
つくばエクスプレスにのりかえるとき、あわてたせいか、ぬれたタイルのうえで派手にころんで、まるでこどものように膝をすりむいてしまう。しかし服は無傷。つくばにはなんとか間にあう時間につく。
新年度の雑務の繁忙で、授業をはじめるまえと、3こまの授業のあいまにも書類と挌闘する。ま、科研費が採択されたから増えた書類もあるので、その分についてはよろこんでおくべきだろうが。
しかし金曜の夕方、5限までの授業をおえると、学内はすでに週末モードで閑散としている。この雰囲気だけは好きだ。
かえりみち、おそい昼食のために≪むつみ屋≫によったら、「全メニューが大進化!」としるされたポスターが目だっていた。
白みそラーメンを所望したら、変化はチャーシューが巻いたバラ肉になったことと、もやしがのっかったことくらい。ラーメンそのものがよくなったかというと微妙。そして、値あげしていた。小麦など材料が値あがりしているので、それ自体はしかたがないが、値あげのためのメニュー改変ではないか。
きょうのような冷涼な日ならいいが、暑がりのわたしは、ことしもそろそろラーメンの季節はおわりだ。
くもり。祖父母の忌日。祖父は十七回忌という年にあたる。
1992年4月13日、祖父は亡くなった。このとし、わたしは大学院に入学したが、3月、大学院の合格通知をもって帰省したのが祖父と話したさいごの機会だった。祖父は通知を見て、「ようがんばった」と、「が」だけがきわだたしくたかい愛媛ふうのアクセントでほめてくれた、その声が、いまも耳もとにのこっている。さきも見えず、なにをしようとしているのか自分でもわかっていなかったわたしを、なにもいわずに目をほそめて見まもってくれていた、慈愛にみちた祖父だった。めだかかれいを「めだか」と略してよび、魚市場からもとめてきては、自分で煮魚にこしらえて、じつにおいしそうにたべる、根っからの愛媛人だった。まいばん、ひとしく、わずか100ml ほどの冷酒を、おなじさかづきで計量してのむ、しずかな規則性のあるひとだった。今夜はわたしもひさしぶりに祖父母の霊前にさかづきをかたむけよう。
ぐうぜん、祖父が亡くなったちょうど3年後の、1995年のおなじ日に祖母が亡くなった。祖母はくも膜下出血でたおれ、意識がないまま半年ちかく病床にあった。それなのに、まるで祖父とおなじ日を待っていたかのように、4月13日に亡くなったのだった。これは、祖父母のあいだにかよっていた愛情によってもたらされた奇蹟だったとわたしは信仰している。おだやかで、なかのよかった祖父母に、あらためていのりをささげる。ヴァレリーがねむるセートの「海辺の墓地 Cimetière marin」によく似た、瀬戸内海にちかい墓のしたにねむる、わが祖父母に、永遠の安謐あれかし。
きのう、わたしにあらたに今年度から科学研究費補助金が交付されることが判明しました。
3年連続で応募したうち、昨年まで2度連続で不採択だったこともあり、今回もほとんど期待していなかったので、その知らせをいただいたときは、「ほんとうですか!?」とききかえしてしまいました。
べつの課題で、わたしの同僚が代表者をしている科研費には、昨年度から研究分担者として「ご相伴」させていただいておりましたが、今回きまったもののように、わたしが代表者というかたちでの科研費にありついたのは、特別研究員時代以来9年ぶりです。
以前は競争的研究費には無頓着だった(2000年から2005年までは応募さえしなかった)のですが、いまや、経常的研究費が激減し、そのなかにさえ「外部資金獲得に比例する部分」が設けられるなど、競争原理が貫徹されるようになったので、拱手していては研究の基盤的な条件さえうばわれかねません。
それでここ3度ばかり応募したわけですが、ようやく今回採択された研究課題が向こう5年間のものなので、まさに旱天の慈雨です。当面は首がつながったかと胸をなでおろしております。
ただ、煮えきらないことをいうようですが、いま、よろこびでいっぱいというわけではありません。
ほんとうは競争を意識せず、安謐のなかで研究できるなら理想的だという思いはかわりません。
でも、そんなかんがえかた自体がアナクロニスムとしてうちすてられる時代にわれわれは生きているようです。
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| 3月17日に掲載した白水仙に20日ほど遅れて、拙宅の庭の黄水仙の花もひらきはじめました。この黄水仙は八重咲きのせいか、まいとし遅めにひきらます。まだつぼみもあります。 |
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ドメニコ・モドゥーニョの『コーヒー讃歌』がYou Tube にあがっていましたので、なつかしく聞き入りました。
伝統的な舞曲の形式、「ナーポリ風タランテッラ Tarantella napoletana」にのっとっていながらも、その形式が現代も生産性を失っていないことがよく示されています。
いや、もちろん、これが好きだった大学生のころはそんな知識はもちあわせておらず、ただただ血沸き肉踊っていただけですが。
で、「東洋のナーポリ」(笑)ともいうべきわが故郷大阪の方言的ヴァリアントをもちいて以下に翻訳してみました。
もとの歌詞もコテコテのナーポリ方言やさかいに、「こんなもんイターリア語とちゃうやんか」とは言わんといてや。
≪'O ccafè≫ (D. Modugno e R. Pazzaglia)'O latte è buono e a ciucculata è doce
e pure a cammumilla bene fa.
牛乳はうまいし、チョッコラータは甘い
カモミーラもけっこういける
Rinfresca ll'orzo e 'o vino fa felice
e sulo ll'acqua 'a sete fa passa'.
大麦糖はさわやかやし、ワインはしあわせになる
水だけでも乾きは癒える
Ma nu milione e ggente
'e Napule comm'e mme,
せやけどな、わしのような
ナーポリの百万人は
nun vonno sape' niente
e campano c''o ccafè.
なんも知らいでも
コーヒーといっしょに生きとるんやAh, che bellu 'o cafè,
sulo a Napule 'o sanno fa'
ああ、コーヒーはええもんや
ナーポリのに限るで
e nisciuno se spiega pecché
è 'na vera specialità!
「なんでや」とはだれもきかへん
ほんまの名物や
Ah, che addore 'e cafè
ca se sente pe' 'sta città
ああ、コーヒーのええ薫りが
まちぢゅうを漂うとる
e 'o nervuso, nervuso comm'è
ogni tanto s'o va a piglia'.
神経が立ったら
いつでもコーヒーを頼むんやQuanno nasce tu siente 'o bebè
che dice "nguè nguè, nu poco 'e cafè"
赤ちゃんがうまれたら
「おぎゃーおぎゃー、コーヒーちょうだい」言いよるで
e l'inglese se scorda d'o thè
se viene a sape' 'n' espresso che d'è.
イギリス人かて、紅茶のことは忘れて
エスプレッソがどんなもんか味見に来よるAh, che bellu 'o cafè,
sulo a Napule 'o sanno fa'
ああ、コーヒーはええもんや
ナーポリのに限るで
e accussì s'è spiegato 'o pecché
ca pe' tutta a jurnata
'na tazza, poi 'n'ata, s'accatta, se scarfa,
se beve 'o cafè.
そういうわけやから
いちにちぢゅう
1杯、また1杯と、コーヒーを
買うたり、ぬくめたり、飲んだりしとるんやPe vevere 'o cafè se trova 'a scusa
io offro a 'n ato e 'n ato offre a mme.
コーヒーは生活のええ口実や
おごったり、おごられたり
Nisciuno dice "no" pecché è 'n'offesa,
so' già sei tazze e songhe appena 'e tre.
だれも「要らん」とは言わへん
もう6杯も飲んどるで、さっきまで3杯やったのにMa mentre faccio 'o cunto,
'n'amico me chiamma: "Ue'!
わしが勘定をたのんでたら
友達がわしを「おーい」と呼ぶ
E fermete nu momento
e vevimmece nu cafè"
「ちょお待ってえな
コーヒーもう1杯飲もや」Ah, che bellu 'o cafè,
sulo a Napule 'o sanno fa'
ああ、コーヒーはええもんや
ナーポリのに限るで
e nisciuno se spiega pecché
è 'na vera specialità!
「なんでや」とはだれもきかへん
ほんまの名物や
Ah, che addore 'e cafè
ca se sente pe' 'sta città
ああ、コーヒーのええ薫りが
まちぢゅうを漂うとる
e 'o nervuso, nervuso comm'è
ogni tanto s'o va a piglia'.
神経が立ったら
いつでもコーヒーを頼むんやQuanno nasce tu siente 'o bebè
che dice "nguè nguè, nu poco 'e cafè"
赤ちゃんがうまれたら
「おぎゃーおぎゃー、コーヒーちょうだい」言いよるで
e l'inglese se scorda d'o thè
se viene a sape' 'nespresso che d'è.
イギリス人かて、紅茶のことは忘れて
エスプレッソがどんなもんか味見に来よるAh, che bellu 'o cafè,
sulo a Napule 'o sanno fa'
ああ、コーヒーはええもんや
ナーポリのに限るで
e accussì s'è spiegato 'o pecché
ca pe' tutta a jurnata
'na tazza, poi 'n'ata, s'accatta, se scarfa,
se beve 'o cafè.
そういうわけやから
いちにちぢゅう
1杯、また1杯と、コーヒーを
買うたり、ぬくめたり、飲んだりしとるんや
Che bellu 'o cafè !
コーヒーはええもんや!
年度があらたまり、恒例のメッセージを書きこむときがきました。
本日、このモブログ≪MIXTURA≫は、開設から4周年をむかえました。
そして、母屋のサイト≪わたなべじゅんやウェブページ≫は、3日後の4月4日で6周年をむかえます。
ごらんくださっているみなさまの、日ごろのご恩顧に感謝申しあげます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。